第3話 サルタ
「このあたりだが」
立ち止まって心の触手を伸ばしてみると、かすかに反応を感じた。商店街から離れて、瓦礫の転がる道路に入ると、左手の家屋の屋根に深緑色の金属構造物が突き刺さっているのが見えた。ヘリコプターの機体の一部のようだ。この中に心を感じる。サクヤと共に中に入る。天井が大きく破れ空が覗いている。元は飲食店だったようだ。ヘリコプター墜落の衝撃でテーブルや椅子が弾き飛ばされて転倒している部屋の中に、誰かがうつぶせに倒れている。黒い服を着た背の高い男性、サルタ(猿田)だ。
「サルタ大丈夫か」
背中を揺するとうっすらと目が開いた。
「いてえ」と声を出す。
おそらくタケルたちよりも酷い落ち方をしたのだろう、上着が大きく破れている。サルタが身を起こすとシャツに大きな血痕があるのが見えた。意識を探って見ると、激しい痛みを感じる。タケルはサルタの痛覚をブロックする。
「タケルか、おおきに、楽になってきたわ。ホンマよう寝た」
少しよろけながら立ち上がる。サルタはかなり大柄でタケルより頭一つ背が高い。
「いてて、体動かすと、まだ痛い。サクヤもおるんか、難儀やったな、死んだかと思たわ」
「あの高さから墜落したら普通は即死だ。どうやら僕たちは力に守られていたらしい」
「力?何の力なんや?そんなら、俺らは不死身ちゅうことかな」
「それはわからない、京都では仲間が何人も死んでいるし」
サクヤが言う「昨日、ヘリコプターで私はミキさまの隣に座っていました。ミサイルが当たって、大きな音がしてヘリの壁が裂けてまぶしい光が見えた。その時、ミキさまの心を感じました。その心が私を包むのを感じたんです。ミキさまが私たちを守ってくれたのではありませんか」
そうだ、それはタケルもうっすらと感じていた。ミキは心を閉ざしている。会話もできないし、普段は何を考えているのか心を読み取る事もできない。でも、誰よりも強い力を持っている。
「そうかもしれない。早くミキたちを探さないと、サルタ、もう動けるか?」
「ああ、大丈夫や。行こか」
タケルたちはサルタと一緒に外に出た。サルタの力は移動。テレポーテーションの能力者だ。アマテラスにおいては「足」となる。
「サルタ、僕たちを運べるか?」
「大丈夫やと思う、けど、目標が見えんことには、飛べんけどな」
「だいたいの場所はわかっているんだ。まず、あの上に登ろう」タケルは近くで一番背の高いビルを指さした。
「よっしゃ、じゃあ手、繋いで。」
サルタとタケルとサクヤが手をつなぐと、一瞬、下に落ちるような感覚があった。と思うと、次の瞬間にタケルたちは先ほど見ていた高層ビルの屋上に立っていた。足元には先ほどまで立っていた道路のアスファルトが円形に残っている。サルタのテレポーテーションは彼がイメージした球形の空間を離れた場所の同型の空間と入れ替える能力なのである。
そこはヘリポートになっていて周りに低い柵が巡らせてある。思ったよりも風が強い。ヘリポートの北側に移動して下の様子を見る。旧大阪市街を一望に見渡す事ができる。タケルは中学に入る頃まではノーマルだった。両親と共に大阪市北区で暮らしていたのだ。だから、この辺りの街並みはだいたい分かる。今いるのは西天満のあたりだろう。現在では海面の上昇に伴って、旧梅田駅から北はJR京都線に沿ったあたり、南は四ツ橋筋のあたりまで海が押し寄せている。水深は浅いので、かつてのビルディングはほとんどが水面上に姿を現しているが、ビルの間を通る道路には海水が流れ込んでおり、碁盤目状の川のように見える。建物の破壊度合いは梅田付近が一番激しい。梅田にはかつてタケルたちの仲間の拠点があり、人類軍との戦闘が激しかった地域である。梅田が陥落して、敵はタケルたちが首都としている京都に迫ってきた。京都市内が戦場となるのは応仁の乱以来の事かも知れない。その京都も敵の攻勢で崩壊寸前となっている。全滅を逃れるため、タケルたちを含む、何体かの融合神のグループが、まだ持ちこたえている奈良の拠点を目指して、鹵獲したヘリコプターで脱出したのだ。
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