序、停滞

 涼しい風が網戸を通り抜けて私の肩を撫でる。

 中間テスト前に風邪でもひいたら敵わないと思い、私は窓を閉める。

 外から聞こえていた車が走る音やどこの家かもわからない生活音が聞こえなくなり、ノートの上を元気に動き回るシャーペンの摩擦音が聞こえる。

 ―――ブーッとか弱く鳴きながら机上のスマホが振動する。

 画面をみるとよく見知ったアイコンと「shuya」と名前の表示で彼からの着信だとわかる。

 付き合っている手前おざなりにするわけにもいかず、なにと悪態をつきながら着信に応じる。

 こういうときはめんどうだと感じる。

「なんとなく」

「テスト前なんだからよくわからない理由でかけてこないでよー」

「あー、来週だっけか」

「もうちょっとやる気出したらどうなの?夏休み後から2か月分の範囲だよ」

「やる気出したらまた勝つけど」

「昔みたいになにか賭けてるわけじゃないからいいの」

 付き合い始めてから何回かのテストは学生によくある「なんでも言うこと聞く権利」を賭けてテストに臨んだ時もあった。たしか結果は一勝三敗で彼に勝ち越されてる。

「ま、別に話すことないなら話さなくてもいいから、俺もやることあるし」

 そういうことならと無言を貫き、勉強に戻る。

 スマホからは彼の声の代わりにわずかな生活音が耳に入るが、それが作業用BGMの役割を担ってくれたおかげで集中して勉強ができた。ある程度の雑音があった方が人間の集中力は向上するとなにかネットの記事で読んだような記憶がある。おそらくデマなんだろうけども。

 数十分たったところでなにも変わらず時間は過ぎていく。スマホのバッテリーだけが浪費されていく。

 あのさ、とふいに呼びかけられびっくりする。

「文化祭なんだけど、一緒に回れたりする?」

「うん、大丈夫だよ」

 既に一緒に回ることになっているものだと予想していた。

「よかった」

「彼女なんだから断れるわけないじゃん」

「さすがにいつも一緒にいる人と回っても楽しくないかなと思って」

「それどういう意味」

「ほら、寿司だって毎日食べてたら飽きるだろうし」

「私は寿るめでたい存在じゃない」

 冗談っぽく返せたが、なにか引っかかる。

「それにしても秀矢から誘うなんて珍しいね」

「たしかに」

「もっと秀矢からも誘ってよ、なんていうか…ほら…好きな人から言われると嬉しいよ」

「デートも悠陽からばっかだもんね」

「君からは最初とその次くらいじゃない」

「そうだっけ。ていうか最後夏休みの頭あたりか」

「そうだね。お互いバイトとか部活とかあったし、しょうがないよ」

「でも、文化祭デートってことにしておこう」

「それでいいよ、係の仕事もあるけどね」

 そこから文化祭のことをしばらく話して電話を切ることになった。いつも通り秀矢が寝ると言い出した。

「好きだよ、おやすみ」

「ん」

 秀矢の声に淡々と一声で返す。いつもなら眠気のせいか甘ったるい声をしているのに最近は明瞭な気がする。時刻も日付を超えていないことに気づく。

「悪くはないんだけど、か」

 ふと頭によぎった言葉を復唱してみる。玲菜れいなが聞いた秀矢が私との関係についての言葉。やや含みのある言い方が気になるものの実際そうなんだよな。

 いつの間にやめていた勉強を再開する気にもなれず、ベッドに身をゆだねてみる。ギシッと音を立てて反発する。ほんの一瞬だけ宙に浮く。

 枕元にあるリモコンを使い、LEDの色を変える。日没を彷彿させる薄暗いオレンジ色になった空間を確認してからまぶたを閉じる。


 眠りに落ちる刹那、思い出す。


 ―――私、さっき好きって言ってなかった。

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