君に振られて失恋したい
宮希(ミヤノゾミ)
プロローグ。
残暑なんて言葉は死語にするべきだ。
夏休みが明け、九月も中旬に入ったというのに体を溶かすような暑さが身を襲う。暦の上では秋のはずなのに。
冷風を求めて自然と早くなる足は廊下の床をたんたんと蹴る。近年の猛暑に耐えかねた学校では冷房設備の設置に尽力しているが、さすがに廊下に設置するほどの財力はないらしい。
外から聞こえてくる運動部の掛け声とセミの鳴き声をBGMに階段を上がり、目的の教室に着く。ドアに張られた「文化祭実行委員」の文字を確認し中へと入る。
コの字に並べられた机の上にはクラスを表すプレートが置かれている。
「3年4組」のプレートを見つけるより先に今入ってきたドアの対角線上の位置から高らかとではないが僕だけにわかるように手を挙げる生徒がいる。
「
「金曜は僕たちが清掃当番だって知ってるよね」
「実行委員に間に合わない方が問題だと思うし」
「その理由はたった今僕が間に合ったことで成立しなくなったぞ」
間に合ってないよと言いながら
「―――それでは全員そろったようなので、先ほど説明した役割分担を決めたいと思います」
前言撤回。悠陽の言う通り間に合ってなかったらしい。それどころか進行を妨げていた。
説明を聞いてはいないものの黒板に羅列された文字を見れば役割がわかる。
副実行委員長、美化、会計、記録員、・・・。下に書かれた数字はおそらくその担当人数だろう。この部屋にいるおおよその人数と一致する。
「私らは記録員でいいでしょ」
「いいよ。なにやるか知らんけど」
「えっとね、写真撮ったりするんだって」
「それ仕事に入るのか」
「
悠陽は前に立つ生徒に声をかける。
「うん、他にやりたい人がいなければだけど、どうかな」
瑞月と呼ばれた生徒はぐるりと教室を見渡して確認をとる。
当然、反対するものはいない。―――反対できるものがいない。
今、この教室内に一つの共通認識がある。俺と悠陽が付き合っていることだ。いうまでもなく、校内でも有名なカップルが同じ役割になろうとしている。
これは一種の同調圧力を生む。
当事者としては気をつかわなくてもいいのだが、不思議な空気感が反対を許さないし、わざわざその空気を壊そうとする人なんてもっといない。
こういう流れは好きじゃない。
「じゃあ記録員は決まりだね」
進行を担当する生徒が決定を告げ、会議は再び進みだす。
「早く決まってよかったね」
まったくだ。遅れてきたくせにいちばん最初に決めて暇になった俺の居心地の悪さを考えてほしい。
「俺と悠陽の仕事は当日だけか。準備もないし味気ない文化祭になりそうだ」
「そうだといいね。でも記録に残すのが仕事なわけだからなるべく多くの模擬店行かないとだよ」
「遊ぶには十分すぎる大義名分を得られるわけだ」
なんて会話をしながら当日の情景を頭に浮かべていると瑞月が手を叩き会議の終わりを知らせる。
「はーい、皆さんのご協力でだいぶ早く終わりました。ありがとうございました」
だれが始めたのかわからない拍手に教室は包まれ、お開きになる。
「帰るけどどうすんの」
「ん、部活行く」
おろしていた長い髪を結いながら悠陽が教室を出ていく。いつのまにか上履きからバッシュに履き替えていた。
「じゃあ、また」
返事はなく、代わりに左手を軽く挙げてきた。
後ろ姿を見送るといつの間に横に立っていた同級生の中では小柄な少年から声をかけられる。
「彼女ちゃんバスケ?」
「みたいですね。というか
「陽キャごときが陰キャなめんな、こちとらクラスで浮いてんだぞ」
「それは俺には関係ないだろ」
「これも秀矢と入学式に出会ってしまったことが悪いんだ」
「被害妄想止めろ。だから浮くんだ」
他クラスだから本当に浮いているかは知らないが去年まで同じクラスだったときには浮いていなかったから嘘だろう。
「痛いところつくなぁ、精神的苦痛。訴える」
「わかった。今日はコンビニのから揚げでいいか」
「え?まだ何も言ってないのに奢ってくれるんすか」
「このパターン何回目か考えてみろよ『法廷で会いたくなければ奢れ』っていういつもの流れだろ」
「会話のタイパ良すぎだろ」
「行くぞ」
から揚げを求めて、駅と学校のほぼ中間地点にあるコンビニへ明日になれば忘れるようなどうでもいい会話をしながら向かう。
店内に入ると涼しい風が来店を歓迎してくれる。少しでも冷気を感じていようと思い、レジ横のホットウォーマーには行かずに店内の奥にある飲料が連なる冷蔵庫へ行く。
どうやら同じことを考える人はいるようで商品ではなく手元のスマホに視線を落としている見知った女子生徒を見つける。
「お客様、商品をご購入するつもりがないのでしたら―――」
「あ、すいませnって秀矢かい」
「焦りすぎでしょ」
「いやわかってたよ?乗ってあげたんだよ?」
「一瞬顔を青くしたのが見えたよ、
「ほら第三者による公平な判断が下されたぞ」
指摘されたは、むーっと不服そうにうなっている。
「上崎もジュース選んで、秀矢がおごってくれるから」
「まじで?ラッキー」
「あれれ、出費が増えちゃった」
こうして想定外のところもあったが無事に目的を果たし、三人で駅に向かう。
「悠陽が部活って言ってたんだが、バスケ部って今日練習じゃないのか?」
「Aチームの人だけね。私Bなの」
「ふーん、俺のサッカー部と同じか」
「部活はみんなでやるべきだろ」
運動部で実力に応じて練習日数が変わるのはよくある話だが、帰宅部の金本にはいまいち感覚がわからないのだろう。
「まあ、その方が楽しいんだろうけどね」
「効率は悪くなるよな」
「じゃあAとBの人ってあんまり仲良くないの?」
「女子はそういうのありそう」
「他はどうか知らないけどうちは仲良いよ。それこそ悠陽ともね」
「いつもお世話になってます」
金本には親かよとツッコまれた。
「最近、悠陽とはどうなの?」
「どう?……普通かな」
「その普通を上崎は聞いてるんでしょ」
「まあ、悪くないかな」
「なんか…うざい」
うざいと言われても。実際そうなのだから仕方がない。
「逆に淡々と答える方がさまになっててリア充感すごい」
「そりゃどうも」
「……正直なとこ悠陽のこと好きなの?」
「え…えっと、好きだから付き合ってんでしょ」
「いや、そうだけどそうじゃなくて…」
「はいはい、悠陽のこと好きですよー」
「言い方なげやりすぎだろ」
「ちゃんと本人にも言ってあげなよ」
「わかってるよ」
痛いところを突かれたなと思う。
このときほど早く駅に着いてほしいと思ったことはない。
「校内で有名なバカップルなんだからそんなの呼吸レベルでやってるでしょ」
「バカップルじゃねぇし」
「二人とも目立つよね」
「そうか?」
「顔も性格も良いんだからね、流行りの青春ドラマかって思うよ」
「待って金本、もしかして見てんの?」
「トレンドあがってたし見始めた」
おー!と歓声をあげながら上崎が突然早口でなにか捲し立てる。会話の流れからして今放送してるドラマの話なんだろうと予測する。
流れに便乗して話題をそらしてみる。
「まだ見たことないんだけど見た方がいいかな」
「「とりあえず第一話を今日中に」」
「すっげー、ハモった」
そこから現実のカップルから空想のカップルへと話は変わる。
駅に着くころには一話どころか最新話までネタバレされた。
最寄り駅の方面が違う二人と別れ、ホームで電車を待つ。
ふと隣のビルにある広告板いっぱいに大きく宣伝されたドラマが目に入る。さっき話していたのはこれかと思いながら眺めていると子役と呼ぶには大人びた2人の役者が笑顔でこちらを見てくる。
駅の喧騒に埋もれるだろうと思いつぶやく。
―――カップルってなんだろうな
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