第17話 ヘビ退治
ヘビ退治
ボクはお嬢様との間で「戦わない」という約束をかわしている。
それはボクの魔力がゼロ、というこの世界では絶望的な弱さであるからだ。でもボクは〝最強〟の下僕。
何をもって最強か? それは未だに分からない。でも、この大樹をのぼってくるヘビを、お嬢様に気づかれないよう何とかして倒さないといけない。しかも、お嬢様はすぐ真下にいる。
ヘラお嬢様は木登りをできないだろう。魔法はすごいけれど、運動神経はどちらかといえば悪い方だ。
しかも、この枝が複雑に絡み合う森では、大魔法も展開しにくい。つまり、お嬢様のサポートも得られそうもない。
逃げるか? この複雑な迷路で、ヘビの動きには敵うはずもない。
……否! ヘビより最強になってしまえばいいのでは?
ボクは駆け上がった。お嬢様が見えないぐらい、枝が複雑にからみあって、お嬢様の眼にとまらない場所、そこまできた。
このヘビは毒を得意とするようだ。なら、噛む力はそれほどでもないはずだ。
ボクをめがけて、ヘビが這い上がってきた。魔力すら感じないボクを食おうと、その口を開けた。
このヘビの得意な、特異な攻撃は毒の息――。しかし、それは恐らく空気より比重が重く、上にいる相手には効きにくい。
そして、上にいればこういうこともできる。背中に負った風呂敷包みから、ボクは燃えさしをとりだす。お嬢様がティータイムを愉しむとき、その燃えさしに火を点けるのだ。
そして、ボクはお嬢様の火魔法がつかえなくなったときのことも考慮し、火打ち石も準備する。それが完璧な、下僕の役割であるから。
燃えさしに火をつけ、ボクはヘビの口へむかって放り投げた。
口の中を、火で燃やして……なんて、大それたことをするつもりはないし、できるはずもない。
だが、ヘビがその熱さに驚いて、慌てて口を閉じるぐらいの行動はとらせることができる。
ヘビは基本、咬む力は強くても、口を開ける力は強くない。動物は、余計なところに労力をつかわないものだ。
そして、毒をつかえなくなったこのタイミングで、ボクは飛び下りると、ヘビの頭の上にのった。
背中に大量の荷物を背負った状態だ。いくらヘビが自分の体ぐらい、簡単に持ち上げられる力があろうと、その重さに耐えられるはずもない。何しろ、折りたたみ式のテーブル、椅子など、ティータイムを過ごす一式や、もし数日をダンジョンで過ごさなければいけなくなったときの食糧、そのときのお嬢様の着替えなど、何十キロもある大荷物なのだ。
ヘビと一緒に落下していく。ボクはそのヘビの頭の上にのったままだ。スネイク・ライド。
そのまま地面へと墜ちた。ボクはヘビの頭をクッション代わりにして、そこで着地することができた。
ヘビは頭蓋骨を粉々に砕かれ、息絶えてしまった……。
「大丈夫⁈」
ヘラお嬢様が駆け寄ってきた。
「はい。何とも……。ヘビともみ合って一緒に落ちたのですが、ヘビが良いクッションになってくれました」
そう、これは事実――。嘘偽りのない真実であって、ボクはヘビを倒したわけではない。でも、お嬢様がそれを信じてくれない可能性もあって、ボクはしばらくドキドキする。
「よかった……。ヘビが上がっていったときは、どうなるかと……」
「ボクもどうなるかと思いましたが、何とかなるものですね」
泣きそうな顔で、お嬢様はボクに抱き着いてきた。
……え? 無事を知って、安堵した気持ちからだろう。身分の差があり過ぎて、本来であれば話をすることさえできない立場なのに、貴族であるお嬢様が下僕なんぞに抱きつくなんて……。さっきまでのドキドキが、さらに増すのを感じる……。
「お……、お嬢様。早くヘビから魔石をとりだしませんと……」
「あ、そうですね。すいません」
もう少し楽しみたかったけれど、そんなことを言ってはいけない。でも身体を放すとき、ちょっとお嬢様の顔が紅かったのは……?
いかん、いかん。ボクは下僕。そんな貴族のお嬢様と、色恋などという展開は期待すべきではないのだ。
お嬢様がティータイムを愉しむ間、ボクはヘビの解体をはじめた。すると喉の奥に巨大な魔石があった。
「お嬢様、かなりの収穫になりましたよ」
ボクがそれを見せると、ティーカップを手にしながら、お嬢様は「それはアキツのものです」
「……え?」
「アキツが倒したのですから、アキツの取り分です。我が家のお給金では、贅沢などできないでしょう。それだけのお金があれば、少しぐらいは自分の欲しいものも買えるでしょう?」
「私の欲しいものは……お嬢様の笑顔です」
臭すぎるセリフに、お嬢様も「ぷッ!」と吹き出し「はいは」と、冗談とうけとったようだ。
でも、本気でお嬢様はこの魔石をボクに譲る気のようだ。
ボクはこれを家宝にしよう。お嬢様からいただいた、優しさ以外の初めての物質的なものだ。だからこそ、これを崇め、敬おう。そして、いずれお嬢様がピンチのときにつかうのだ。
ボクはその魔石を眺めて、改めてそう思うのだった。
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