第16話 稟議の森

     稟議の森


 ダンジョン探索――。瓦を焼いている間も、昼はダンジョンにもぐったりしていたけれど、お嬢様も魔術大会以来、学園でも少々注目度が高まって、中々帰宅することもできず、行く機会が減っていた。

 しかし、このリベレット家はお嬢様が冒険者として、ダンジョンで魔石を集めてくることが収入源となっている。つまりダンジョン探索をしないと、生活費が稼げないのだ。

「今日はたくさん、魔石を集めましょうね!」

 お嬢様の鼻息も荒い。

 転移装置をつかって向かったのは、ダンジョンというより森だ。エリアが広く、魔獣も多いことからダンジョンと認定され、多くの冒険者がそこを訪れる。ただ最近、強力な魔獣があらわれた、という噂で、敬遠されているようだ。

「実際、冒険者がもう六人も亡くなっており、勇者クラスの冒険者でないと退治できない、といわれているそうです」

 ボクが噂をまとめて、そう報告する。

「遭遇しなければいのよ。それに、冒険者が少ないと、色々とやりやすいし……」

 やりやすいのではなく、人見知り全開にならずに済むからだ。

 ただの森、というばかりでなく、大きな木が枝ぶりも立派に生えそろうため、階層化される。

 最近、冒険者が来ていなかったこともあって、魔獣の数も多い。


「魔石がいっぱいですね♥」

 お嬢様もうきうきでそう語った。お嬢様の場合、ほとんど魔力切れを心配する必要がない。

 自身で新たな魔法を考察するぐらい、お嬢様は魔法の知識にも長け、持久戦用の戦い方もできるからだ。

「おやおや、ヘラお嬢様ではないですかぁ?」

 そのとき、声をかけてきたのは五人組のパーティー。以前もお嬢様に因縁をつけてきた〝捨てゴロ〟だ。

 ボクはこの前の通り、靴紐を結ぶふりをして小石を拾い、連中の足にそれをこっそり当てて「魔獣ハチだ!」と叫ぶ。

 魔獣ハチは、大きさこそ小さいものの、魔獣の跋扈する森で生きるため、毒を強化する方向で生き残ってきたハチだ。人間が刺されても死ぬ可能性が高く、捨てゴロは逃げだしていった。

「魔獣ハチがいたんですか?」

「いたみたいですね。足とか、腕とか、露出しているところを狙うそうですから」

 ボクの親指はじきで飛ばす小石を見抜ける者などいない。ただ、あまりやり過ぎるとお嬢様に疑惑をもたれそうだった。


「ここは本当に森が深いですね。道に迷ってしまいそうです」

 アリの巣でもそうだったけれど、この世界で冒険者は協力する体制がない。個人がその能力で、独自の手法をあみだし、利益を独占しようとするのだ。だからマップをつくったとしても、それを共有することがない。

 なので、余計に慣れたダンジョンにもぐり易いのだが、ボクは戦うこともなく、ただの従者として付いていくだけなので、時間に余裕もあるし、こっそりマッピングしている。

 これはすべてのダンジョンで同じだけれど、ボクにとってはこの〝稟議の森〟も同じだ。ちなみに、稟議の森と呼ばれるようになったのは、かつてこの国で反乱を起こそうとの動きがあり、反乱軍がこの森で討議したから、と言われている。魔獣が多くて、一般人が近づかず、国でさえ統治不能な場所に集まったようだ。

 ここは大きな木が枝を張り、階層化される……といっても冒険者は大地を歩くこととなるが、エルフなどがいると、枝をつたって移動し、危険を知らせてくれることもあるようだ。

「ボクがそうしましょうか?」

「え? できるの?」

「木登りは昔から得意だったので」

 そうはいっても、お茶の道具などが入った風呂敷を背負うので、それで木登りをするのは中々に大変である。でも、ボクはそれこそ最強の木登り人となって、するすると登った。


 高い位置だけれど、遠くが見渡せるわけではない。木の枝が絡みあうように伸びているため、地上にいるより少しマシ、というぐらいの見晴らしだ。

 でも、よく見えることに変わりない。そしてボクは怪しい影をみつけた。

「お嬢様! 前方にヘビです! しかも巨大な……」

 大きな木の間を縫うように、蛇が接近してくる。どうやらこれが、このダンジョンに現れた、という強力な魔獣のようだ。それは、この森において最適な移動方法と、攻撃力をもつ。

 お嬢様に狙いを定め、ゆっくりと近づき、口を開けて何か息を吐いた。

「毒の霧がきます!」

 肉食動物は基本、風上から近づくことはない。でもヘビであれば野獣の匂いもさせないし、こうした毒霧によって、近づく前から相手を弱らすことができる。これこそ最適な攻撃力だ。

「アンティサイクロン!」

 ヘラお嬢様を中心として、風が外向きに流れる。つまり気圧の山となって、風向きを変えたのだ。

 ヘビは自分へと、自分の吐いた毒の霧が向かってきたことで、近くにある木に登り始めた。……否、木の上にいるボクに、狙いを変えたようだ。

 ヘビにとって、お嬢様を食っても、ボクを食っても同じこと。だったら、魔力を感じないボクを獲物とすることは必然だった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る