第15話 屋敷の仕事

     屋敷の仕事


「氷の弱点って何だ⁉」

 ヘラお嬢様はしつこくそういってくる氷晶の魔人、メルセラ・スタンフォードに、うんざりしていた。

「だって氷って……。水って色々な凍り方をするのよ」

「それは……」

「例えばかき氷には、ゆっくりと安定させた状態で凍らせた方がいい。そうすると分子がきれいに並び、ほどけるときにやさしい口当たりになるから。一方で、大気の中で凍りついても、雪の結晶は様々な形をつくる。空気中にある水分を固めて、飛ばすだけなら気にしなくてもいいけれど、氷魔法を極めたいなら氷の組成まで考えていかないと……」

 かき氷、といわれた時点で氷晶の魔人は唖然とするばかりだ。

 大魔道士ヘラ・リベレットは家でおいしいかき氷を食べるため、氷魔法をつかっており、色々と工夫を重ねている。そんなことに魔法をつかう人間なんて、ほとんどいないはずだ。

 凍らせ方にこだわる、とはそういうこと。お嬢様はそれを、攻撃魔法にも応用しているのだ。

 肩を落として、氷晶の魔人は帰っていく。

「いいんですか? お嬢様?」

 ファリスも心配そうに、そう声をかける。あまりにショックをうけ、相手が帰っていくからだ。

「大丈夫。多分……」

 大丈夫、と言い切れないところが、お嬢様らしい。ボクもそれをみとどけると、先にお屋敷へともどった。何かあったら、助太刀しようと思っていたけれど、お嬢様の対応は完璧だ。

 一応、ボクは学校までファリスとアカミアを送り届けたら、すぐに屋敷にもどっている体なので、お嬢様たちが帰るまでに屋敷にもどっていないとマズイのである。


 こっそり屋敷にもどると、執事のクロードが待ち構えていた。

 それはそうだ。屋敷にもどって仕事をしないといけないのに魔術大会の間、ずっとサボっていたのだから……。

「お嬢様を想う気持ちが強いことは理解しているから、これまでは苦言を呈さなかったが、あまり仕事をサボるようだと……」

 ボクは下僕、召使いとしては一番下の立場。お嬢様のため……といってもこっそりとしていることは、どうしても周りに理解されにくい。

「まぁ、お嬢様の魔術大会をみたかったんだろ? いいじゃないか。クロードもお堅いねぇ」

 ベスはそういって擁護してくれる。両親のいないヘラお嬢様にとって、この二人が親代わり、といってよい。左手が義手のクロードも、足が悪いベスも、召使いとしては落第組だ。召使いとしてあらゆるご主人様の要求に答えなければいけない。それができないからだ。

 初等部しか卒業していないファリスもそうで、知識量が足りないと召使いとしての能力を疑問視される。

 それでも、お嬢様はうけいれ、雇っている。ボクやアカミアもそうで、半端モノであって、本来であれば貴族に仕えることなんてできない立場だ。

 だからこそ、ボクも頑張らないといけない。それはダンジョンに行ったときだけでなく、下僕としての役割も……。


 ボクの屋敷での仕事は、それこそ人の嫌がることだ。屋根や壁の修復だったり、下水のつまりを直したり……。

 溜まっていた仕事を一気に片づけることとなった。

 そして、念願の瓦も準備していた。こっそりと適した土をみつけ、窯を準備していたのだ。問題は焼き始めると、恐らく徹夜作業になること。熱を下げられないので、火の番をしないといけない。

 ちゃんとした窯をつくれば、それほど長い焼成は必要ないのだけれど、何しろ急ごしらえ。屋敷内につくるわけにもいかず、山の中腹までの往復、さらにすべての瓦を焼くには二週間かかってしまう。

 こうして夜は瓦づくり、昼は雑事と休みなく働くこととなった。

 さすがにそのオーバーワークが祟り、必要な瓦を焼き終えるころ、ボクもぶっ倒れてしまう。

 そんなボクの部屋に、お嬢様が訪ねてきてくれた。一応、下僕であっても屋敷内にちゃんと部屋が与えられる。三畳ぐらいの、寝るだけの部屋だけれど、これでも下僕という身分からすれば、良い待遇だ。

「大丈夫ですか?」

 心配そうなお嬢様に、ボクは意を決した。


「お嬢様。やっと瓦ができ上がりました」

 ボクはそういって、試作した瓦をお嬢様にみせた。

「これをつくっていて、少し無理をしてしまいました。元気になれば、すぐにでも葺き替えて、雨漏りを改善したいと考えております」

「ダメです!」お嬢様はそういって、ボクをにらむ。「そんなことのために、無理をするなんて……」

「もうしわけありません……」

「いいえ。でも、雨漏りが直ったら、もう少し屋敷も広くつかえますもんね。早く元気になって下さい」

 お嬢様は部屋をでる間際、「でも、屋根に上がるときは注意してくださいね」というのを忘れなかった。

 こういう心遣いもできる人だ。ただのわがままお嬢様だったら、ボクもここまでする気はないけれど、こういうお嬢様だから頑張るのだ。

 ボクが病気だと、お嬢様もダンジョンに行けない。最近ではボクが一緒に行くことが当たり前となっている。

 早く元気にならないと……。お嬢様のためにも、そう思うのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る