第8話 望まぬ祝福
望まぬ祝福
「冒険に行きましょう!」
お嬢様はあの日以来、ちょっと元気になった。
イジメグループが、謎の事件により学校に来ることが少なくなり、また来ても絡んでこなくなったそうだ。
それはいじめをしていた者が白目を剥いて失禁するなんて、明らかに不自然だし、怖いとも思っただろう。
お嬢様が疑われたみたいだけれど、そんな魔法はなく、関連はない……と結論づけられたそうだ。
友達ができるのは先だろうが、イジメがなくなり、学校に嫌悪感がなくなったのはよいことだ。
今日はアリの巣ではなく、〝滝の城〟にやって来た。
勇者パーティーがアリの巣の深層80メートルを突破し、冒険者たちが集まり易くなっているからだ。
お嬢様は基本、どのパーティーとも会いたくないボッチ気質なので、誰とも会わずに冒険できるところを好む。
滝の城は岩壁に寄り添うよう、岩を積み上げてできた城だけれど、上から水が流れ落ち、水量は多くないものの、それを『滝』と呼んでいる。
前面にある岩城なら、多くの冒険者たちも探索済みだけれど、奥にある洞窟は未踏とされていた。
ヘラお嬢様は元々、そういう未踏まで踏みこもう、といった冒険心はもち合わせていない。
あくまで魔獣を倒し、魔石を得て、生活費に充てるつもりである。
「ショックウェーブ!」
これもオリジナルの、お嬢様の魔法だ。厨二病を患っていそうな、大声の必殺技を叫ぶけれど、その声に反響するように、お嬢様の伸ばした手の先から、波紋のようなものが広がり、それで魔獣が切断されてしまう。
風魔法の応用だそうだが、魔法を放ってもぎりぎりまでそれを手元におき、それを一瞬で解放すると、波状になるのだそうだ。
大魔道士であるお嬢様は、そう簡単に説明するけれど、ふつうの魔法使いでも難しい技である。
ここはトカゲ系の魔獣が多い。パーティーに獣人族の、特にリザード種がいると、こういうダンジョンを嫌がることも多い。
お嬢様にとっては、あまり好き嫌いがないので、ダンジョンならどこでもよいはずだけれど、一ヶ所に決めるとしばらくそこにもぐる傾向もあった。
トカゲ系の魔獣は動きも速くて、力も強め。魔法も幻惑といった厄介なものをつかうので、ショックウェーブのような瞬殺技が利く。
お嬢様は魔石を稼ぐために、どんどん先へとすすむ。
すると、岩城から洞窟へとつながる、その手前に人が倒れているのに気づく。
「し……、死んでいるのかしら?」
お嬢様はプチふるえ、ボクの裾をつかんでくる。こういうところはふつうの女の子で、ちょっとビビりだ。
仕方なく、ボクが近づいて様子をみる。仰向けに倒れ、胸の上で手を組む。死んだときの姿だけれど、ダンジョンでこんなきれいな死にざまはないだろうし、何より血色がいい……。
その人物はガバッと起き上がった。そのとき初めて、女性と気づくが、彼女は辺りをみまわしてボクらを見つけると、がっかりした表情を浮かべた。
「また私、死ねなかったんですね……」
その女性は、アカミアと名乗った。ダンジョン内でボクがお茶を準備すると、温かい紅茶を口にふくんで一息ついたようだ。
「私、天使族なんです。何をやってもうまくいかず、冒険者になろうと思ったんですけど、何の因果か、私には魔獣が近づかないんです……」
そういうと、徐に上半身をはだけだした。驚いてみていると、くるりと背中をみせた。
「翼……」
天使族といってもすでに堕天してから長く、人との交配もあって、翼をもつ者なんていない……はずだ。ただ翼といっても本当に小さく、かわいく、ひな鳥のようなそれだ。
「私、天使の影響が強くでて、それで魔獣が近づかないみたいで……」
「何で、死のうとしていたの?」
「どうせ何をしてもうまくいかないし、こうなったら魔獣に襲われて死んでやろうと思って……」
アカミアはもぞもぞと服を着直しながら、そう語る。
魔獣を遠ざけてしまう、何らかの加護がかかっているのかもしれないが、冒険者としては致命的だ。なぜなら、冒険の目的は魔獣を倒して、魔石を稼ぐことがメインだから。
「でも、魔獣と遭遇しないなら、ダンジョンにもぐったときに、周りの冒険者より深くまでもぐれるのでは? そうなれば、未踏の場所にある宝物を持って帰ることもできるかも……」
「私も考えました。やりました。でも、弱い魔獣は近寄ってこないけど、強い魔獣は襲ってくる。いきなりラスボスと遭遇……、みたいな?」
「じゃあ、護衛役として……」
「何の護衛ですか? 街道にいる魔獣なんて弱いから、二束三文にもならないし、私は経験値も稼げないから、いざ戦おうと思っても激弱なんです……」
ヘラお嬢様と、ボクは顔を見合わせた。もう冒険者を辞めれば? というレベルだけれど、何をやってもうまくいかなかったから、若くして危険な冒険者の道を択んだはずだ。
魔獣が寄り付かないなんて、一見すると幸せだけれど、彼女にとっては不幸のはじまり……否、不幸の最終形態であって、自殺を択んでしまったようだった。
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