第7話 意気地を挫く

     意気地を挫く


 お嬢様の学校――。ボクはそこに潜入していた。

 その顛末はこうである。

 お嬢様は学校に、お弁当をもっていく。勿論、貴族や裕福な町民が通うところなので、食堂も完備するけれど、少しでも費用を抑えたいからだ。

 それなのに、お嬢様がそのお弁当を忘れていった。メイドのベスさんが食事を一手に請け負っており、いつも通りに置いていたが、それをお嬢様がもっていかなかったのである。

 本来、貴族とは接することもできない下僕のボクではなく、ちゃんとしたメイドのファリスが行くべきところ、もうお昼がせまっていることもあり、ボクの足でとどけよう、となった。

 そしてボクは、〝最強〟の足をつかい、お昼のかなり前に学校までたどり着き、こうして潜入するのである。

 高等科といわれるけれど、元の世界でいうと大学に近い。15歳から通えるが、魔法という専門性をより探求するからだ。

 建物はかつてお城だったらしく、魔法学校としての雰囲気は十分。

 潜入して困ったのは、魔法トラップがそこかしこにあること。壁や床など見えないところに魔法陣が描かれ、引っかかると魔法が発動する。部外者は逮捕され、そんなことになったらお嬢様に迷惑をかける。何としてもトラップにかからず、お弁当をとどけないと……。

 そう、ボクのミッションは誰にも気づかれず、お嬢様にお弁当をとどけ、音もなく立ち去ることだった。


 魔法実習の一コマ。

「ちょっと! ヘラさんは下がっていて」

「試技などする必要ないでしょう?」

 そういって、女の子グループからお嬢様が押しのけられた。

 ヘラお嬢様は貴族であるが、元は庶民だ。その中途半端さが周りにとっても異質に映り、またすでに冒険者であって、実践の域にある。そんな妬みも、そうした態度に影響するようだ。

 学校の教師すら、すでに大魔道士として評価されるお嬢様をもて余し、クラスメイトがお嬢様を愚弄しても、見て見ぬふりをするばかり。

 お嬢様が学校から帰ってくると、いつもため息をつくはずだ……。

 貴族は高等科を卒業するもの、という慣習に従って通っているけれど、これではただの拷問だ。

 魔法実習の中、独りぼっちで離れたところにすわる、お嬢様の背後からこっそりと近づいた。

「うわ! どうしたの? 何でここに?」

「お弁当をお忘れになったので、おとどけに」

「あぁ……。ごめんなさい、今日はこの後で、調理実習があるの。だから家に帰ってから食べるから……」

「夕飯が食べられなくなってしまいますよ?」

「夕飯をキャンセルするわ。帰ってベスさんに伝えておいてもらえるかしら?」

 そう語ったときの、お嬢様の表情は引きつっており、何かを隠していることは確かだった。


「あら、ヘラさん。今日はお弁当じゃないのね? また私たちがおいしく味付けしてあげようと思ったのに。オホホ……」

 ヘラお嬢様は女子にかこまれ、それでも言い返さずにグッと堪えている。調理実習などはなく、どうやら彼女たちに嫌がらせされ、まともに食事もとれなくなっているようだ。

 魔力の高さから貴族にとり立てられたお嬢様は、貴族にとって目障りだし、裕福な庶民にとっても、親近感が湧かない。だから独りぼっち、だから狙われる。まさか学校で、学友を相手に魔法をつかうわけにもいかず、切歯扼腕しながらも手を拱くしかない。

 ボクは潜入をつづけていた。お嬢様が苦悩する事情を知りたかったから。そして、知った以上は何とかしないと……。

 イジメグループの女子たちが、トイレに向かう。

 こういうとき、グループのリーダー格がトイレの一番奥をつかう。そういうヒエラルキーができ上がっているからだ。

 ボクは外からトイレに近づく。この世界で窓ガラスはまだ高価で、こうした施設ではつかわれていない。

 小さな穴が、明かりとりと換気のために開いている。そこから柔らかい布を差し入れると、少女の首にかけ、首を絞める。勿論、殺すつもりはなく、柔らかい布は跡をのこさないためと、ゆっくりと締め上げれば気絶するからだ。声すらだせず、少女は昇天した。

 すると、全身が弛緩し、トイレにきた目的を、下着も下ろさないまま果たすことになる。

 そう、お漏らしだ。

 イジメグループの中心人物だった女子は、短期記憶にすらのこさず、トイレで気を失って失禁する、という辱めをうけた。

 これは警告――。

 イジメなんてことをすれば、いつまでも仕返しに怯えるし、苦労すると分からせるためだ。

 後二人ほどやっておくか……。お嬢様に疑いの目を向けさせるわけにはいかないので、魔法ではない……と分からせるにはもう少し、本格的に辱めを与える必要もありそうだ。

 そう、ボクこそ陰湿なイジメの〝最強〟であり、こちらが一人でも相手の意気地を挫くぐらい造作もないのだ。

 お弁当は渡し損ねたし、音もなく……どころか、色々とやらかしたけれど、これでミッションは終了。そしてボクが学校でそんなことをしていたことは、お嬢様にもナイショだ。何しろボクはただの下僕、なのだから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る