第5話 Anxiety

     Anxiety


 ヘラお嬢様の夜遊び――。

 お嬢様は基本、屋敷でご飯を食べるし、ダンジョン以外ではあまり外出することもない。

 お金がないこともあるけれど、大きな理由は友達がいないから。

 そして、屋敷から繁華街までは距離があることも、体よくお断りする理由となっていたのだが……。

 勇者パーティーからの夕飯のお誘い。しかも奢り……。そこには姉弟子がいて、また食事会はギルドの飲食場という断りにくさに、渋々とでかけていく。

「さすが貴族様ね。従者つきなんだ?」

「執事ですが、ご一緒させてもよろしいですか?」

 そこは下僕のボクではなく、ファリスがお供をする。ファリスはメイド服ではなく外出着でいるけれど、法律はないものの、この世界ではお酒は十五から……と考えられていて、若くてお酒を呑めないファリスを連れていくことで、お嬢様もお酒を回避する作戦だ。

「敬語は禁止! こんなかわいい子なら、全然OKよ。ねぇ」

 ポーラはそういうと、勇者パーティーの面々を紹介する。

「戦士、アゴラ。モンクのリュウ。シーフのエクリー。癒術士のパイル。みんな手練れよ」

 アゴラ(♂)とエクリー(♀)は獣人族、そしてポーラがエルフ族。

 魔法剣士の勇者と、リュウは人族、パイルは天使族だ。天使族とは、天使の血脈を継ぎ、堕天使の末裔ともされる。翼などはなく、姿はほとんど人間である。

「ねぇ、うちのパーティーに入らない?」 

 食事会がはじまると、早速ポーラがそう切り出してきた。

「でも、メンバーはそろっていますよね?」

「私の魔法って、どちらかというと中衛向きなの。あなたの後衛からの大魔法が加われば、完璧になるってわけ」

 ポーラは左手の甲に描いた魔法陣の上を、右手で素早くなぞると、ダーツの的のようなものが描かれた壁に、光の矢が突き刺さった。

 ポーラは体に身体に魔法陣をえがいて、発動を早くするタイプの魔法使いらしい。それだと、大きな魔法はつかいにくい。逆にいうと魔力が低くて、大きな魔法をつかうのを最初から諦めているから、発動が早くて、連発が利くタイプを選んだのかもしれない。


「なるほど、お嬢様を勧誘しに、ダンジョンで待ち伏せしていたのか……」

 ボクはこっそり盗み聞きしながら、そう呟く。

 お嬢様のことが心配で、〝最強〟の密偵となって、実はこっそりと観察するのだ。勿論、お嬢様にもナイショだし、ボクの潜伏スキルは〝最強〟なので、誰にもきづかれていない。

 確かに、大魔道士であるお嬢様がパーティーに加われば、戦力アップがみこめる。だから誘いは多いものの、お嬢様はすべて断ってきた。その理由は分からないが、今回もまさか受けないだろう……と思っていたら「考えます」とヘラお嬢様は応じてしまう。とりあえず、翌日にお試しでパーティーに参加することとなり、食事会は解散となった。

 帰り道のファリスは、おいしい食事にありつけて満足顔だけれど、ヘラお嬢様の表情は正反対に、暗くしずむ。

 ボッチ気質のお嬢様がパーティーに参加したら、ストレスで死んでしまうかもしれない。それに、ボクは必要なくなってしまう。

「ついていきます!」お嬢様の説明に、速攻でボクはそう返す。

「ダンジョンの中で、お茶が愉しめなくなりますよ。スイーツだって食べたいでしょう?」

「う~……」

 大魔道士だって女の子。誘惑には逆らい難く、渋々と同行を承諾してくれた。

 親し気にふるまっていたけれど、お嬢様の態度をみると、姉弟子のポーラに気をつかいこそすれ、親しみを感じている様子はない。ならば、ここはボクが何とかするしかない! そう覚悟を決めて、ダンジョンについていくこととなった。


「あら? 今日もついてくるのね?」

 ポーラはそう声をかけてくるが、直接ボクと話すことはない。貴族の従者とは、身分に差があるからだ。

「皆さんの食事も準備させました。ポーターとしても役に立ちますよ」

「敬語ッ! 魔獣が現れたら、そいつを下がらせなさいよ」

 ポーラはそう冷たく言い放つ。冒険者の方が貴族の執事より立場が上。ボクは恭しく頭を下げ、それを受け入れた。

 勇者パーティーは連携のとれた、手慣れた戦い方だ。ここにはヘラお嬢様を勧誘しに来たけれど、世界を6人で巡ってきており、アリの巣ぐらいのダンジョンでは、力試しにもならない。

「もっと深く潜らない?」

 獣人族のエクリーは積極的なタイプらしい。ちなみに彼女はリカード種、アゴラはウルフ種だ。

「このままだと、ヘラの出番もないからね。彼女の力をみたいのに……」

 勇者ローグもそう応じる。

 パーティーはどんどん地下へと下りていく。80メートルより下はこの辺りの冒険者にとっても未踏だけれど、彼らは気にすることもない。自分たちの実力に、絶対の自信があるのだ。

 しかし、ボクは不安を感じていた。いくら勇者パーティーが優秀とはいえ、これまで未踏だったのは、そこに理由もあるはずだ。でも、ただの下僕に口をさしはさむことはできず、みんなの後に随って階段を下りていった。










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