第2話 転移者の憂鬱
転移者の憂鬱
転移――。
ボクはいきなり見知らぬ森に抛りだされ、途方に暮れた。
こういうときはチュートリアルがあるのでは? 女神の導きもなく、いきなり魔獣と遭遇して戦ったり、木の実を食べたり、色々と困難なことをくぐりぬけているうちに、ステイタス画面が開けるようになった。
レベル1――。ほとんどのステイタスは1か0。二進法? デジタル画面に愕然とする。
しかしスキルのところに不思議な言葉があった。
〝最強〟――。
ステイタスが1か0なのに、最強もくそもないものだ。
しかも、わざわざ強調のための〝 〟をつけなくともよくないか?
転生特典としてもアバウト過ぎ……。
やっと人族の町にたどり着く。
これまでも樹上で暮らすエルフや、洞窟を根城にするドワーフなど、森の中で亜人種の姿はみかけていた。でも人族との関係が分からなかったし、下手に近づいて攻撃されても嫌なので、スルーしてきた。だけど、人族ならいきなり殺されることもあるまい。何よりボクは転移者であって、異世界では元の世界の知識を生かして活躍するものだ!
…………言葉が通じなかった。
それに、この世界では魔力の多寡によって、人の価値がきまってしまうらしいのだが、ボクの魔力は0……。
つまり最底辺――。身分が低すぎて誰も助けてくれないし、言葉が通じなくては何もできない。詰んだ……。そうボクが絶望の淵に立たされたとき、現れたのがヘラお嬢様だった。
「この者が、言葉すら話せず、身元も不明ということですか?」
その冷たい瞳に、ボクは処刑されるのかと思ったけれど、ヘラお嬢様は意外な提案をしてきた。
「うちで働きなさい。ちょうどお屋敷で下働きを一人、雇おうと思っていたところですから」
言葉は分からなかったけれど、そう言った時のお嬢様の目の優しさは、一生忘れることがない。
その日から、ボクはリベレット家の下僕となった。
魔力がない以上、この世界では最底辺の〝下僕〟に甘んじるのは仕方ない。お嬢様の屋敷には、ボクの他に三人の召使いがいるけれど、その中でも一番下、だから人の嫌がる仕事がその担当だ。
執事のクロードさんは高齢だけれど、身のこなしは達者で、長く執事という仕事をしてきただけに、色々と知識もあった。ただ左手は義手で、力仕事は難しい。メイドのベスさんはふくよかな女性で、左膝が悪くて足をひきずって歩く。
もう一人は、ベスの姪っ子のファリス。要するに縁故採用だ。ボクより年下だけれど、歳が近いということもあって、言葉もふくめて何も知らないボクの教育係となっている。
ヘラお嬢様は貴族であるけれど、決して裕福ではない。
代々地盤を引き継ぐ土地もち貴族であれば、そこから上がる税で数十人と召使いを抱えることもできるが、お嬢様は一代貴族――。いわゆる魔力の高さによって貴族となったけれど、土地もなければ、貴族としての地位を代々引き継ぐことができる保証もなかった。
なので、自らダンジョンにもぐって魔石を集め、それを換金することで生活を成り立たせている。
しかもパーティーを組まず、冒険するときは一人で……。
そこでボクが「お供します」と申しでた。
渋い表情をしていたヘラお嬢様だったけれど、ボクが粘り強く、しつこく懇願すると「じゃあ、魔獣があらわれたら隠れていること。いいわね!」と何度も、何度も念を押された
こうしてボクも冒険をする、そして抜群の気配り、それはダンジョンの奥深くでもお茶会の準備をするなど、できるパートナーとして随行するのである。
絶対に〝戦わない〟という約束で……。
ヘラお嬢様は、この世界でも五本の指に入る、大魔道士だ。
この世界で、魔法は三つの経路によって発動される。それぞれ見てみよう。
1.無機物に魔法陣をえがく
トラップや、巨大魔法を発動させたいときは主にこの手法が用いられる。
2.自分の体に魔法陣をえがく
発動するまでが速く、確実で、魔術師の多くがこれをする。
3.脳内で魔法回路をくむ
発動は速くて、効果も高いけれど、失敗することも多くて使いにくい。
お嬢様は、魔法回路を脳内で組むやり方をとっている。わざわざ魔法の名前を叫ぶのは、イメージしやすいためらしい。魔法回路を組むときでも詠唱する者が多い中、一瞬で脳内にそのイメージができるのは、この世界でも稀有で、そこが大魔道士たる所以だ。
かといってお嬢様は17歳。まだ学生であり、魔法は強力だけれど、まだまだ子供である。
そんなお嬢様を支えるため、ボクは下僕として仕える。本来、下僕は身分がちがいすぎて、貴族と接することができないばかりか、傍らにいることすら憚られ、忌避されてもおかしくない。
それなのにお嬢様は、分け隔てなく接してくれる。
多少……、わがままだったり、世間知らずだったりすることもあるけれど、基本は優しい女の子。
この下僕生活をつづけるために、ボクは頑張っていた。
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