異世界〝最強〟だけど、下僕でいいんです!

巨豆腐心

第1話 大魔道士

     大魔道士


「ライトニング・アロウ!」

 激しい雷撃が、ライオンのような鬣をもつ魔獣を襲う。

 上級魔法を放ちながら、余裕をみせるよう涼やかな、超然とそこに立つ大魔道士、ヘラ・リベレット――。

 黒と紫を基調とした大きなハットとローブ、手にサルナシの木でつくられた大きな杖をもつ。まだ若くて、幼さすら感じさせる顔であるのに、老獪な魔導士のような装備を敢えてする。

「この辺りで休憩にしましょう」

 ダンジョンの奥深くで、そうわがままを言いだしたヘラに、すーっとすすみでた男がいる。それがボク――。

 ボクはすぐに、ヘラお嬢様がすわれるよう椅子をセットし、傍らにテーブルを組み立てると、お気に入りのティーセットをそこに並べる。

 お嬢様が魔法陣でお湯を沸かしてくれるので、その間に手袋をはめ、倒した魔獣の解体をはじめた。

 魔獣はすでに血が抜けているけれど、少しでも血の匂いをさせてはお嬢様のお気に召さなくなるので、慎重でも手早く作業をすすめる。その体内から輝く魔石をとりだした。

 これは魔力が結晶化したもので、永く生きた動物など、こうして魔石が体内に生成され、魔獣と化すのだ。

 お嬢様がみずから気分にあわせて茶葉をえらび、ホップさせつつ抽出する。ボクは手袋をはずし、熱いお茶をのみやすいよう、お嬢様の後ろから大きな団扇でやさしく風をおくる。

 ダンジョン攻略中でも、こうして優雅なティータイムを過ごす。それが大魔道士、ヘラ・リベレット――。

 お茶を飲み干すと、ボクがティーセットを洗い、丁寧にしまう。テーブルと椅子を片付けて、風呂敷につつむと、自分の体ほどもあるそれを背負った。

「行くわよ、アキツ」

 そう、ボクはヘラお嬢様の下僕、アキツ――。


「これはこれは、ヘラお嬢様ではないですか?」

 ダンジョンで不意に声をかけられ、ヘラがそちらを見ると、そこにいるのは五人。冒険者パーティーだ。

「庶民がなけなしの稼ぎを得る、そのダンジョンにもぐって、貴族のお嬢様が荒稼ぎですかぁ? 褒められたもんじゃありませんねぇ」

 敵愾心を抱いていることは、言葉の端々からもよく分かる。ヘラも目を険しくして

「ダンジョンは庶民だけのものではないでしょう? 冒険者のため……。そして私は冒険者」

「冒険者は、単独でダンジョンにもぐったりしませんよ。だってあなた方、貴族とはちがって、魔力の絶対量が足りませんからねぇ。皆で協力して、やっとわずかな魔石を得るんですよぉ」

 先頭にいる男は大ぶりの剣をもつ、魔法剣士である。

 大きな盾をもつガードはドワーフか? 弓使いと、魔導士がエルフで、剣士と回復役の修道士が人族だ。

 ボクも気付いた。ダンジョンは広く、あまり他の冒険者と遭遇することはないけれど、その中でも遭遇したくないパーティー。

 〝捨てゴロ〟――。

 チーム名からしてシニカルだけれど、実力はあっても、性格に難があって他のパーティーから追いだされた者たちが集まったパーティーだ。

 ヘラお嬢様のような貴族は本来、冒険などという下賤なことはしない。だから彼らは貴族であるお嬢様にからみ、動揺させ、少しでも好条件による妥協をひきだそうとする。

 要するに、金をせびる。


 貴族は、庶民を守る立場であり、攻撃することはおろか、もし庶民が間違ったことをしていたら、善導する役割をもつ。

 しかしヘラはまだ若く、人の心の機微など知らず、むしろ悪意をまともにうけとめてしまう世間知らず。お嬢様育ちというか、こういう場面では日和ってしまうことが必定だった。何より、貴族なのにダンジョンにもぐっている、という負い目がお嬢様にはある。

 ボクは靴ひもを結ぶふりをして屈みこむ。もっとも、お嬢様の後方にひかえている下僕のことなど、誰も歯牙にすらかけていない。そこで砂粒をひろった。

 それを親指ではじくと、冒険者たちの足に命中する。

「イタッ!」

「キャッ!」

「イテテ……」

「ぎゃッ‼」

 ガードのドワーフも、足にチクッと刺すような痛みで、飛び上がった。

 ボクが「火アリだ!」と叫ぶと、連中も慌てて逃げだしていく。呆然とするお嬢様に「さ、私たちも逃げましょう」と、その手をひいた。

 下僕が貴族のお嬢様にふれるなど、本来あってはならないこと。でも、ここはダンジョンであり、ボクはお嬢様をサポートする立場だ。

 それが火アリではなく、ボクがはじいた砂を彼らの足に当てていたのだとしても、火アリよりも厄介な、ゴロツキ冒険者から逃げだすのに手を貸すことは、決して身分で妨げられるものではない。

 そう、ボクは下僕。でもお嬢様を守る、〝最強〟の下僕なのだから。

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