2話 さぁ、仕事の時間だ

私はあの後、彼に言われるがまま階段を上っていた。造りが古いためか階段の所々にひび割れを補強したような跡が残っている。

だが外観からは考えられないほど中は綺麗にされていることは間違いない。

しかしさっき見た限りこのビルには探偵事務所以外の企業等は入っていなかったはずだ。そんなビルに清掃員がいるとは思えない。だとしたら彼が清掃をしているのだろうか?こんな身だしなみなのに?

そんなことを思いながら階段を上っていると「そういえば嬢ちゃん」と彼が声を掛けてきた。

「嬢ちゃんって大学生だよね?ここから近いの?」

「はい、ここから電車で30分ぐらいですね。ってどうして私が大学生だってわかったんですか!?」

私はそこで違和感に気が付いた。私は彼にまだ名前すら話していない。

それとも無意識に何か話したのだろうか?いつ、どのタイミングで!?

私の不思議そうな反応に気が付いたのか。

「バッグから学生用定期券が見えたからだけど?」

となぜわかったのかを説明してくれた。

私は慌ててバッグに視線を落とす、確かに定期券が半分はみ出しておりそこから学生定期券と大学の文字が見えていた。

私は定期券をバッグの中に押し込み彼の方を睨んだ。

すると彼は何がおかしいのか笑っている。私の何がおかしいのかを聞く前に彼が口を開いた。

「いやぁ、すまない。最近全くと言っていいほど人と会話をしていなくてね。とても楽しいんだ」

そう言いながら彼はどこか寂しそうな顔をした。

探偵だから聞き込みや調査上の会話はしてもプライベートでの会話は難しいものがあるのかもしれない。

どう返事すればいいか悩んでいると階段の上に人影が見えた。

彼以外に誰かいるのだろうか?と思っているとここにそぐわない綺麗な声が聞こえてきた。

「ヨルよ、約束の時間を過ぎているではないか!これで依頼がキャンセルになったらどうするつもりなんじゃ……。ってどちら様じゃ!?」

こちらに気が付いたのかとてもおどおどとしている。え、何このかわいい女の子。

髪は赤茶色で瞳は淡い黄色の少女が階段の上で怒っていたかと思えばこちらに気が付き想定していなかったのかかなりおどおどしている。

「よぉコハクちょうど下で依頼人を見つけてな。少し遅くなった」

依頼人と聞いて少女がこちらをまじまじと見つめてくる。軽くお辞儀してみたが見事なまでに無視された。

「……確かに依頼人の様じゃがどうせ少年ジョンプを買いに行っておったんじゃろ?体のいい言い訳に依頼人を使うでないわ」

「あ、ダメ?」

「ダメじゃ!大体いつもいつもおぬしはそうやって!」

私のことはお構いなしに目の前でお説教が始まった。どうしよう、今のうちにやっぱり帰ろうかな…。

そんなことを思っているとコハクと呼ばれていた少女が説教を早々に切り上げ、私の事をジーっと見つめてきた。

それにしてもなんてきれいな少女なのだろう綺麗な瞳に弾力のありそうな肌、私もこんな美少女に生まれたかったものだ。

そんなことを思っていると少女の口から想像もできない言葉が飛び出した。

「ヨルよこの娘はダメじゃ、もう死期がすぐそこまで迫っておる」

四季?え、死期?私…死ぬの?

私があまりの言葉に固まっていると彼が言いにくそうに言葉をつづけた。

「”何も”しなければあと24時間あるかどうかって感じかな…」

何もしなければ?何かすれば助かるということ?

「あ、あの!死期って何ですか!?何もしなければ24時間以内に死ぬってことですか!?」

私は気が付けば2人に対してまくし立てていた。

突然のことで驚いたのか2人とも固まっている。

すいませんと言いつつ私はうつむいてしまった。突然死ぬといわれてはいそうですかと納得できるわけがない。

静寂が辺りを包む、通りから聞こえてくる車の音しか聞こえない。

その時、私の携帯のバイブレーションが響いた。私が慌てて止めようとすると少女に「待て!」と静止された。

なぜ止められたのか分からず固まっていると「電話に出てみよ」と携帯を指さす。

この電話の主は間違いなく知己からだ出ると死ぬ。

私がそう思い固まっていると彼が右手で私から携帯を奪いそのままスピーカーで通話ボタンを押した。

聞こえてくるのはノイズだけだった、あの声が聞こえてこないことに安堵していると「………紗良どうして助けてくれなかったの?」と彼女の声が聞こえた。

彼女の声はそれだけでは終わらず「許さない、絶対連れていく」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないユルさない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないユルさない許さない許さない許さない許さない許さないユルさない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないユルさない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないユルさない許さない許さない許さない許さない」

彼女の声が壊れたビデオテープの様に繰り返されている。

すると彼は左手を私の携帯に翳し円を描くように動かしたかと思うと画面を優しく触った。すると知己の悲痛な断末魔が聞こえ電話は切れてしまった。

「い、今のは何?何なの!?」

私は絞り出すように叫んでいた。手足は震え全身から寒気がする。

「まぁ、落ち着いてくれ。この様子だとあと5時間あるかないかってところか…」

「そうじゃな、少なくてもあと3時間あれば十分な相手ではあるがな」

2人はとても冷静に私の余命であろう時間を議論していた。私が目の前にいることはお構いなしだ。

「ちょっと!少しは私にも説明してよ!何が起きているのよ!?」

2人はようやく私の事に気が付いたかの様にこちらを向いた。2人とも何をそんなに怒っているのかわからないと言った様子だ。

「もう一度言うわよ?私にも説明して!何が起きているのよ?」

2人は少し呆れたように諭すように話し始めた。

「まずは落ち着けよ。……今の電話は怪異の呪いによるものだ。今の電話の様に無機物や電波を通して対象に接触し呪うんだ。呪い方は様々だが今回の様に電話に出ることで呪う方法を取る怪異もいる」

「そうじゃな、あとは何かの条件が揃うことで自動的に呪いを発現させる者おるのぅ。まぁ大抵の小物にはできぬ芸当じゃがな」

ヨルと呼ばれていた彼は意外にも丁寧な説明をしてくれたがコハクと呼ばれている少女ははっはっはと笑っている。喋り方もまるで昔、近所に住んでいたおばあちゃんだ。

「怪異?呪い?私は……どうすれば私は助かるの?」

「助かる方法は簡単じゃ。呪いをかけた怪異を倒すことじゃ。そうすることで呪いは解け、命は助かるじゃろうなぁ」

「で、でもどうやって?」

「おぬしはそのためにここまで来たのではないのか?高橋 千夏よ」

「あ、やっぱり依頼人だったの?この子」

倒す?どうやって?倒せなかったら私は死ぬの?

そんなことを考えている横では「やはりわからず連れてきたんじゃな!この馬鹿者が!」とヨルの足を蹴り上げていた。

「わ、私はどうすればいいんですか?」

蹴られ続けているヨルが「そんなこと簡単だよ」と頭を掻きながらこちらを向く。

「俺に依頼すればいいんだよ。ここは怪異専門の探偵事務所だぞ?ここに依頼せずにどこに依頼するってんだよ」

ヨルは痛いと言いながらコハクを引き剥がしている。よくよく考えたらその為にここに来たのだから依頼するのは当然と言えば当然だ。

だが本当に彼らに任せていいのだろうか?

「あぁ、そういえば高橋さんだっけ?」

ヨルが少し困ったような顔をして頭を掻いている。

「な、なんですか?」

私はその歯切れの悪さに身構えてしまった。彼からは時々、得体の知れない不気味さを感じるのだ。

「いやさぁ」

「何かあるならはっきり言ってください!」

なぜか言葉を詰まらせるヨルに少し腹が立ってきて声を荒げてしまった。するとヨルは手で私の方をスーッ指したかと思うとボソッと「”ソレ”見える?」私は何のことかわからず「え?」と言い切る寸前に上を見上げてしまった。

そこには私の頭を掴もうとする大きな手があった全体に大きく不気味な目玉が付いており見える限りのすべての目が私を捉えている。

その大きな手が私に向かってゆっくりと近づいていた。

私はあまりの光景に身動き一つできず固まってしまった。

次の瞬間、私は倒れていた。いや、正確には誰かにとれるように腕を引っ張られたのだ。

どうやらヨルが私を助けてくれたらしい。大きな手は私を探してか何度も空を掴んでいた。

「生憎、ここは俺のテリトリーだ。わかったらさっさとここから消えろ」

ヨルがそう言いうと大きな手はどこかに消えてしまった。

私はあまりの出来事に体が震えてまったく動かない。気が付くと私はヨルに何度も肩を叩かれていた。

「おい、おい、大丈夫か嬢ちゃん」

私は慌てて立ち上がり服に付いた砂埃を払った。

「だ、大丈夫です。あの今のがさっきの話に出た……」

「そうじゃ、あれが怪異じゃ」

そう言いながら間に入ってきたコハクは穏やかな顔をしながらお茶を啜っていた。

どうやら熱いらしく「あちっ」と声を漏らしている。

「あ、あれをどうやって倒すのよ!」

「だから俺に依頼すればいいだろ?それにあの様子だとあと1時間もないぞ?いいのか?このままだと死ぬぞ?」

ヨルはそう言いながら事務所の扉を開け中に入っていく。後をついていくとソファに座って2人揃ってお茶を啜っている。

「さぁ、どうするよ。今決めないとあんた死ぬぞ?」

あの顔はこちらが依頼するしかないとわかっている顔だ。2人揃ってカモがネギを背負ってきたとでも思っているのだろう。

「………わかったわよ。依頼するから助けてよ!」

ヨルはニヤッと笑うと足を組みながらソファに深く座りなおした。

「さぁ、仕事の時間だ」

そう呟いたヨルはなぜか楽しそうにしていた。

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2024年11月30日 12:00

喰らい屋 ヨル くまきち @kumakiti1123

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