第32話 天火王の大婚日

大婚の当日、天火王は豪華な宮殿の広間で、祝祭の音楽が鳴り響く中、晴れやかな顔をしていた。しかし、まさにその最も幸せな瞬間、素影、彼の未婚妻が周囲の祝福を受けながらも、陰険な笑みを浮かべて彼に近づいてきた。


目には冷徹な光が宿っていた。天火王がその視線に気づく前に、素早く手を振ると、隠し持っていた毒針を天火王の肩に突き立てた。毒が瞬く間に広がり、天火王は身体を震わせ、膝から崩れ落ちた。


「お前、裏切ったのか?」天火王は息も絶え絶えに問いかけた。


にやりと笑った。「そうよ、あなたにはもう用はない。お前が私を裏切ったことを、どうしても許せなかったの。」


絶望の中、天火王は護心蛇鱗のペンダントを手に取った。これは彼の先祖から受け継いだ、生命を守る力を持つ魔物の鱗であり、命の危機に瀕した時に発動させることができる強力なアイテムだ。彼は必死にその鱗を胸から引き抜き、最後の力を振り絞って、空中に向けて投げた。


「陣法結界!」天火王は震える声で呪文を唱え、護心蛇鱗が一瞬で光り輝き、広大な結界を作り出した。その結界内では時間が止まったかのように、空間が歪み、周囲の空気が固まった。


素影は恐怖に目を見開き、後退しようとしたが、結界がすぐに彼女を閉じ込め、動きを封じた。「な、何をしているの!?」


天火王はそのまま力尽きそうになりながら、結界の中で姿を変え始めた。身体が蛇のようにしなやかにうねり、彼は完全に蛇の姿へと変わった。だが、その瞬間、結界が更に強く力を帯び、天火王は完全に封印され、動けなくなった。


その後、震えながらも、目の前で起こる事態に目を背けず、しばらくその場に立ち尽くしていた。やがて、彼女は無情にも天火王の変わり果てた姿を放置し、静かに去っていった。


封印される前に、天火王は最後の力を振り絞って一つの願いを念じていた。それは、彼の子孫が絶えぬようにという切なる願いだった。彼の意識が途切れる直前、彼は蛇の姿のまま、ひときわ強く力を放った。


その力は、結界を越えて、やがて一つの小さな命を救うことになる。それは、天火王の血を引く者、だが天生の不完全な身体を持つ者、すなわち心と口に欠損を抱えた幼子であった。


その子は、天火王の残した護心蛇鱗を宿したまま、冷たい桶の中に放り込まれ、暗い川に流された。桶はゆっくりと漂いながら、どこかへと運ばれていく――その先に、子供を救う希望が待っているのか、それともさらに試練が待ち受けているのかは、誰にもわからない。

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曖昧フォニイ mukko @tylee

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