試合開始

 いよいよイリヤたちの最初の試合が訪れた。


「さてさて皆様お待ちかね、今大会一番の注目と言っても過言ではないでしょう……『勇者イリヤパーティー』!盗賊とエルフ族の魔導士という少し変わった編成も注目です!」


 試合の審判兼司会者が紹介をすると会場は「勇者の率いるパーティー」として今日一番の盛り上がりを見せた。会場全体から湧く歓声がこだまするように響き渡る。パーティーの名前はそのパーティーのリーダーを務める人物の名前で呼ばれるようだ。しかしそこに勇者をつける必要はないのではとイリヤは苦笑いを浮かべる。


「対するは『ランドルパーティー』!勇者相手にどう立ち向かうのか必見です!」


 対する相手のパーティーは、男の戦士と魔導士、女のレンジャーに僧侶と、攻守共にバランスの取れたパーティー編成だった。これは対戦表を見ると確認することができる。

 相手は初戦から「勇者」とぶつかって勝ち目がないと嘆いているようだった。


「ツイてねぇな。いきなり勇者パーティーに当たるのかよ」


 と、半ば諦めと恨めしそうな視線を向けてくる。レンジャーのダリアに至っては「当たって砕けるしかないねえ」と、潔く言い放っていた。


「レンジャーのいるパーティーだ。いいね初めてレンジャーの人と会った」


 ぽつりとイリヤが関心したように呟く。


「イリヤよ。レンジャーとはどのような職業なのだ?」


 そう桝花はイリヤに訊ねた。


「レンジャーは探索に向いた職業なんだ。例えば治療に使う薬草や武器作りに必要な鉱石を簡単に見分けたり探したりできるの。もし私が同じように素材を集めるとなれば広野からノーヒントで探さないといけないから結構大変なんだ。でもパーティーにレンジャーがいればスキルである程度の方角が分かるし、薬草の見分けもできるから間違えて毒のある草を採取しちゃうこともないの。ただ、戦闘に向いたスキルはあまり習得できないのよね」

「なるほど……人間の職業とは奥が深いな」


 イリヤの説明を聞いて関心したように頷いた。自分の説明がうまく伝わり、イリヤも少し嬉しくなる。


「エルフ族にはそういった人はいないの?」

「我らは自然と共に生きる種族だからな。草花や鉱石も謂わば自然の一部に過ぎない。どこにどの薬草が生息し、どこに鉱石が現れるのかも木々を通して把握できるのだ」

「みんな普通にできることだからエルフ族にはレンジャーが必要ないんだね。じゃあ、もし必要な時は桝花にお願いしようかな」

「無論、いつでもお主の力になろう」


 頼もしい仲間だ、とイリヤは口角を緩ませた。しかしその表情を相手のリーダーであり戦士のランドルには余裕と捉えられた。


「おいおい、随分と余裕そうじゃねぇか。俺たちも負けてらんねぇぞ」


 リーダーとして仲間に発破をかけると、僧侶のグロシアが「全力を出して散りましょうね」と笑顔で言った。それに対し魔導士のガイが、


「待て待て待て!最初から負けを決めるな!」


 と、慌てたように声を張り上げた。


 敵ながら楽しそうな会話に、イリヤはクスリを笑ってしまった。内容はともかく、普段から息の合ったパーティーなのだろう。


「私たちも負けてられないね」

「ああ」

「無論、手加減はせぬ」


 両者のタイミングを見計らい審判の笛の音が響いた。試合開始前の合図だ。先ほどまで和む会話を弾ませていた両パーティーに緊張が走る。しんとした闘技場に審判の声が沈黙を破いた。


「さあさあどんな試合を魅せてくれるのでしょうか!?それではーーー」


 自分のごくりと生唾を飲む音が誰かに聞かれそうだった。そのくらい互いの間に流れる空気が張り詰めていた。それぞれの武器に手をかけ審判の次の言葉を待つ。そして。


「ーーー試合開始!」


 審判の声と共に試合が始まった。開始の合図と共に一斉に武器を抜く。


攻撃力強化付与ブースト・エンチャント!」


 最初に桝花の支援魔法がイリヤたち全員にかけられた。そしてイリヤとセトは同時に武器を抜き敵パーティーに向かっていく。3人に同時に支援魔法をかけられるなど、相当高位の魔導士でしかできないーーーそれを目の当たりにした敵のパーティーは少し動揺を見せるが、すぐさま平常心を取り戻した。


「負けてられないな!炎の玉ブレイズ!」

防御結界マジックバリア!」


 負けじとガイも炎魔法を放つが、すかさず桝花の防御魔法が展開され打ち消されてしまう。


「同時に付与エンチャントできるだけじゃなくて魔法の展開速度も速いのかよあのエルフは!」


 ランドルたちは冒険歴の長い、謂わばベテランの冒険者パーティーだった。そんなベテランでも付与魔法を大人数に、それも同時にかけることができる魔導士に出会ったことがなかった。そして次の魔法への展開速度も並外れて高いときた。優れた魔道士を相手に、敵ながら思わず舌を巻く。


「桝花も凄いけど、私たちも忘れないでね?」


 セリフと同時にランドルの目の前にイリヤの剣先が現れた。持ち前の反射神経で剣を防ぎ、金属同士のぶつかる音が響く。


「ランドル!」


 咄嗟にダリアが加勢に入ろうと大斧を構え、イリヤに振り下ろそうとした。


「おっと、あんたの相手は俺だよ」


 そこにセトが割って入り、短剣であっさりと大斧を弾き飛ばす。セトが次の攻撃に移ろうをした途端、それを防ぐかのように目の前で爆発が起きた。ガイの魔法だ。その爆発魔法によりあたりに土埃が舞い、セトの姿が隠れる。


「ダリア!攻撃力強化付与ブースト・エンチャント!」

「ありがとう!」


 グロシアの付与魔法がダリアにかかる。強化された攻撃力で大斧を振り下ろした。


「はああああっ!」


 振り下ろした大斧には手応えがあった。土埃で見えないが、確かに攻撃が当たった感覚が大斧を握る手に伝わっていた。

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