試合前のひととき

 数日後、いよいよ大会本番の日を迎えた。

 イリヤたちは会場となる円形闘技場に朝早くから顔を出していた。目的は良い席を取るためだ。円形闘技場はその名の通り建物が円形になっており、試合の行われる闘技場を中心にして、その周りが観客席に囲まれる構造となっている。この観客席は下段、中段、上段と分かれていて、下段が今大会の出場者。中段が一般観覧客。上段が大会の協賛者や貴族の席だ。イリヤたちは出場者なので下段、すなわち闘技場から最も近い席で試合を見ることができる。座席は自由で早い者勝ちであるため、他の出場者も朝早い時間に席取りのために闘技場でいくらかすれ違った。イリヤたちが近くで見たいのには理由がある。対戦相手を観察、分析するためだ。

 もちろんイリヤたちは勇者パーティーであると受付の段階で知れ渡っている。他の出場者もイリヤたちを徹底的に分析するだろう。そんなことは百も承知だが、こちらが何の対策をしないのは慢心につながるためあまり好きではない。それは対戦相手に失礼だ。


 何としてでも優勝賞品を手に入れなければならない。もちろん正攻法で優勝する。


 イリヤが優勝を狙うのはもちろん、セトと桝花は別の意味で燃えていた。それはもう、激しく、荒々しく炎上していた。


「あの生意気な小童め……我の大魔法で消し炭にしてくれるわ」

「いいね。俺は猛毒を刺してじわじわ嬲り殺そうかな」


 あの一件以来、2人は怒りが殺気として滲み出るほど腑を煮えくり返している。


「落ち着こう?洒落にならないよ?」

「落ち着いてる」

「我も」

「ええー……」


 2人の言い分はあくまで「落ち着いている」そうだ。眉間に深いしわを刻んでよく「落ち着いている」と言い張れるな、と少しため息が出る。

 しかし2人がここまで憤るのもイリヤは理解できた。自分のためだ、と。自分があまりにも酷く見下されていたことは、2人にとって衝撃的で、また腹立たしいものだったのだろう。確かにイリヤだって、もし2人のどちらかが馬鹿にされたら同じような反応をする。いや、それ以上かもしれない。

 そして彼らがここまで感情を顕にしているのには、もうひとつ理由があった。


 大会のトーナメント表が張り出されていたのだ。


 そのトーナメント表によると、ルイスと当たるのは決勝戦……つまり、最後まで勝ち残ればルイス率いるかつてのパーティーと試合になる。

 このトーナメント表を見て、2人は「必ず勝ち残り、大勢が見る中で屈辱を味わわせてやる」と息巻いているのだ。この気持ちがイリヤには少しくすぐったかった。


「ねえ2人共。ここ良くない?試合が横から見れるよ」


 イリヤがそう、声をかけるとセトと桝花も「良い場所だな」と同意して座席が決まった。大会運営側から貰ったエントリー番号の書かれた紙を座席に貼り付け、場所取りが完了する。


「どうする?試合が始まるまでまだ時間があるけど……どこか見てくる?」

「そうだな……確かにこういった人間の集まりごとは初めてだから少し興味があるな……」


 エルフ族の里から出て以来、桝花は人間のものに興味があるようだ。今朝も宿で出た朝食をきらきらとした目で美味しそうに頬張っていた。桝花本人にはその自覚はないようだが。

 今日は闘技大会という、町一番の催し物で会場にはすでに露店や屋台が並んでいた。旅の道具や珍しい武器といった冒険者特有の店や、ドルトムントの名物が食欲のそそる香りで客寄せしている。座席を取る前に露店の前を通ったが、そのときもチラチラと道に並ぶ品を盗み見ていたのを、イリヤは気付いていた。


「俺はパス。ここで待ってるよ」


 対してセトは顔を隠すようにフードを深く被り、背もたれに深くもたれかかった。どうやら少し目をつぶり体を休めるようだ。


「そう?じゃあ女の子同士でお買い物デートしてくるね!」

「ああ、気を付けろよ」

「はーい!」


 るんるんと今にも言い出しそうなほど、軽快で楽しそうな足取りでイリヤと桝花は露店へと向かう。実はイリヤにも、先程通ったときにすでに目を付けている露店があるのだ。


◆◇◆


「ただいまー!」

「……また随分と買い込みましたねお嬢さん方」


 ご機嫌な様子で座席に戻ってきたイリヤを見て、セトは思わず口を引きつらせた。イリヤは両手に袋いっぱいに買い込んできたのだ。


「財布の紐ゆるすぎやしないか?」

「だってー!可愛いのいっぱい売ってたのよ?」

「だからってなぁ……」

「買わないって選択肢ないじゃん?」


 ねー、と顔を見合わせる女子2人はまるで姉妹のようにはしゃいでいた。よほど買い物が楽しかったのだろう。買ってきたものを袋から取り出し、先程の買い物を反芻するように購入品を眺めていた。


「あ、そうだ」


 イリヤが何か思い出したかのように、ひとつの袋をがさごそと漁る。その中から重厚感のある木箱を取り出した。その木箱の蓋は細かな装飾が施されており、一目見ただけでも安物でないことが伺える 。


「はい、これ。セトにお土産」


 そう言われ渡された木箱を開けてみると、短剣の手入れに使う道具一式が入っていた。


「イリヤ、これ……」


 顔を上げて目が合うとイリヤはにっこりと笑った。


「露店を見てたらたまたま見つけたの。セトにピッタリだなって」

「ありがとう。ちょうど切れ味が落ちてきてたんだ」

「本当?タイミングが良かったねぇ」


 思いの外セトが喜んでくれたようで、イリヤの表情がふにゃりと綻ぶ。


「さっそく使わせてもらうよ。本当にありがとうな」

「うん!どういたしまして」


2人は視線を闘技場へ向けた。闘技場では間もなく、第一試合が始まろうとしているところだった。

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勇者だけど勇者パーティーから追放されました 歩火 ユズリ @Arukibi

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