無関心

「お前みたいな面白くねえ女にもまだ着いてくる仲間がいるんだな。意外だったわ。俺はてっきりまだ独りかと思ってたのになあ」


 ルイスの人を下に見る言葉に、彼の周りにいる彼の仲間である女たちはクスクスと笑っていた。嘲笑を浮かべる彼女たちは、まるでルイスの取り巻きのように見える。内情を知るイリヤにとっては取り巻き同然なのだが、改めて見ると崇拝しているかのように彼にべったりだ。暑苦しくないのだろうか。

 

「久しぶりだね……ルイス。君も闘技大会に出るんだ?」


 かつての仲間と望まぬ邂逅をしたイリヤは、自分でも驚くほど冷静だった。そのイリヤの反応に、ルイスは「つまんねぇな」と悪態をつく。以前のイリヤなら劣等感を感じていただろうが、今となってはもうルイスとは他人で自分には何も関係ないと割り切っていた。


「ああ……あの優勝商品に興味あってね。確かお前が必死こいて集めてた物だったよなあと思えば横取りしたくなったんだよ」


 彼は浅はかで下劣な考えを包み隠さずイリヤに話す。彼は優勝商品である「神の宝玉」を手に入れることでイリヤに対し優越感に浸りたいのだろう。卑劣な考えはすぐに予想はつく。

 傲慢で高飛車な自惚れた態度がセトの鼻につく。桝花も彼の横柄な態度に眉間に皺を寄せていた。


ーーーああ、私、こんな矮小な男と少し前までパーティーの一員だと心の底から信じてたんだ。


 ルイスの自信たっぷりなその態度と、大会出場の不純な動機に心底軽蔑した。追放された時はもちろん悲しかった。どうして追放されたの、とか。信じていたのに、とか。会えば怒りのひとつでも湧いてくるかと思っていたが、意外にも食指が動かなかった。


「ふーん。盗賊に……エルフ族!?」


 舐め回すように2人を見るルイスは、桝花の人間の持ち得ない尖った耳を見て驚いたような声を上げた。彼にとって、イリヤに仲間がいることはおろか、その仲間のひとりがエルフ族だとは想像していないものだったからだ。


「へえ、こいつは驚いた。イリヤなんかにエルフ族が、ねえ……」


 興味津々に桝花に触ろうとする。桝花はその手をパシッと振り払い、忌々しそうに吐き捨てた。


「触るな小童。貴様如きが触れて良い相手でない」

「貴様!ルイス様になんて声の聞き方をする!」


 声を荒げ弓を構えるその弓矢に、臆することなく桝花は魔法でその矢を燃やした。前触れなく燃えた矢に彼女は動揺を隠せなかった。

 その様子を見てルイスは彼女を宥め落ち着かせた。


「まあ?エルフ族ひとりいたところで俺たちが優勝することには間違いないし?どーしてもって言うなら?お前にくれてやってもいいけど?」


 下卑た笑みを浮かべるルイスは、黙って言葉を発さないイリヤに高圧的に続けた。


「その代わり土下座して『ルイス様お願いです!靴でもなんでも舐めますから神の宝玉をこの無能で色気のないわたくしめにどうかお譲りください』って言えよなあ!」


 ルイスのその下品な物言いに、侍らす女たちも同じように品のない笑い声を上げた。「その通りよ」「ルイス様に跪きなさいよ」と口々に言う。響く姦しい笑い声は聞くに堪えない物だった。


「貴様ら……っ!」


 劣悪で品性に欠けた言葉の羅列に、桝花はもう一度魔法を発動しかけた。どんな手段を取っても良いから下品な口を塞ぎたかったからだ。しかしイリヤはそれを許さないと言ったように腕で桝花を制す。


「そう言ったセリフは実際に私たちに勝ってからにしてくれない?まだ大会は始まってないよ」

「あ?」

「こんなところで争っても興醒めでしょう?大会で当たったらお互い手加減をしない。これでどう?」


 ルイスは一瞬黙り考えた後、「それもそうだな」と妙に納得する。


「観客が見てる前で屈辱を味わわせてやるよ。それまで精々足掻いてな」


 それだけ言い残してルイスたちは去っていく。ひとつの嵐が過ぎ去った後のように、3人の間には静寂と安堵が訪れた。


「……何だったのだあれは。お主の知り合いか?」


 ルイスたちの後ろ姿が見えなくなった頃、視線はその方向を向けたままイリヤの事情を知らない桝花はぽつりと呟く。イリヤは少し気まずそうに苦笑いを浮かべたあと、少し前まで彼らとパーティーを組んでいたことを話した。そして女関係のもつれにより追放されたことも包み隠さず全て、洗いざらい吐く。

 話し終えた後、桝花は眉を吊り上げたような表情で「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てるように言った。


「随分と浅はかで自分勝手な男なのだな、そのルイスという者は。聞いているだけで不快だったぞ」

「俺もだ……イリヤから話は聞いていたが想像以上に嫌味ったらしい奴だったな」


 怒りを露わにする2人を「まあまあ、過ぎたことだし」と宥める。


「ルイスに会った時、私とても冷静だったの。それで思ったのよ。ああ、私はこんなちっぽけな男を相手にするだけ無駄だなって。少しは前にパーティーを組んでいた仲間だったわけだし、悲しいとか、怒りとか湧くかなって思ったけど……何とも思わなかったの」

「お主は無理してないか?」

「うん!2人がいてくれるからね!これ以上に心強いことはないよ!」


 それは紛れもなくイリヤの本心だった。柔らかい笑顔を浮かべるイリヤに、セトと桝花の怒りが治っていく。


「それよりもイリヤ。あの小童には少々気をつけた方が良い」

「桝花それはどうして?」


 桝花は少し躊躇いをみせたあと、ゆっくりと喋りだした。それはまるで彼女が慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。


「小童に対する小娘共の態度は好意と言うよりも……洗脳に近い」

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