確執
「まさかお前か?桝花、里の掟を破ったのか?」
「どういうことだ桝花!」
「説明しろ!」
エルフ族の里では人間は歓迎されない。そして、「人間を里に招き入れてはならない」という掟のとおり、掟を破ったものは厳しい批判を浴びせられるのだろう。それが数百年間、人間が里を訪れなかった理由であり、人間がエルフ族の里の存在を伝説程度にしか認知していない理由でもあった。
「お前たち落ち着きなさい」
その厳しい怒声と絶叫が響き渡る中、酷く落ち着いた声が制止する。あれだけの騒音に近い怒声が、そのたったひと声でしんと静まり返った。まるで凪いだ海のような静寂が辺りを包み込む。
「里長様……」
誰かがそう呼んだ。たったひと言でエルフ族全員を黙らせるほどの威厳。その威厳に相応しい落ち着きを持ったそのエルフは「里長」の名のとおり彼らをまとめ上に立つものなのだろう。その里長は「皆よく見なさい」とイリヤの首元を指した。
「あの紋章は勇者様の証だ。そこの2人が我らの里を救ってくださったのだろう」
そして杖を握る両手に自身の額を近付け腰を折る。深々と下げられた頭に、エルフ族から動揺の色が聞こえた。
「どうか我々の無礼をお許しください、勇者様方。我々はこのとおり人間に対して不信感を持っている故、あのような心無いことを叫んでしまったのです。里を救ってくださったこと、感謝申し上げます」
「……どうかお顔を上げてください。私たちをここに連れてきたのは桝花です。彼女は瘴気の危険を顧みず、掟を破り里の皆に非難されることを承知の上で私たちに助けを求めました。感謝の言葉なら私たちではなく彼女へお願いします」
「なんと慈悲深い……さすがは伝説の勇者様ですな」
そして桝花へ向き直り、少女の両手を取る。
「……そうか桝花、お前が呼んでくれたのだな。ありがとう。お前も無事で良かった」
そう桝花にも頭を下げた。その様子を見て、それでもなお、納得しないものがいるのか再びどこかから罵声が飛んできた。
「しかし里長様!勇者様と言えど桝花は里の掟を破ったのです!貴方様がそう頭を下げる理由にはなりません!」
「黙れ愚か者!」
その罵声に被せ声を荒げた。
「命と掟、どちらが大事かは天秤にかけずとも分かるだろう?そのようなことすら分からぬと言うまいな?」
しんと静まり返り、重たい空気が場を支配する。しばらくの沈黙のあと、里長のエルフは深くため息を吐いた。
「見苦しいところを見せてしまいましたな……本来ならば礼をしなければならないところなのですが、どうやら難しいようです。せめて、里を出るまで見送らせてください」
◆◇◆
里の出口には里長と桝花が見送りに来てくれた。というのも、里から出るにも結界を解き隠し道を通らなければならないからだ。その道を通るにはエルフ族が一緒でなければならないらしい。その役目を桝花は自ら買って出た。
「この度は大変申し訳ありませんでした勇者様。あなた方のおかげで我らは全滅を免れたというのに……本当に申し訳無い」
「いいえ……エルフ族にも何か事情がお有りのようですから。差し支えがなければ、何があったのかお聞かせ頂いても?」
「そうですな……良いでしょう。お話して差し上げます」
それから里長が語った内容は、あまりにも酷く、人間のエゴに塗れた話だった。
「はるか昔、500年以上前。まだエルフ族が結界を張り里を隠さず人間と共存していました。我らエルフ族は森に、人間は街に棲み、それぞれの生活圏を分けておった。互いの生活を邪魔せず、良い関係を築けていた。しかしある時、欲をかいたある1人の人間がエルフ族を支配しようとしました。何故なら我らの魔力を人間の兵器として使いたかったのです。その欲は伝播し、またたく間に人間の間に広がっていった。そうしてひとつの目的のために集った人間は、エルフ族の里を襲ったのです。我らは抵抗しました。しかし人間は卑怯にも魔力を封じる道具を使い、我らから武器を奪い、無抵抗のまま殺戮を繰り返したのです」
「……なんて酷い」
「なんとか我らは人間を里から消し去り、里を護ることができましたが……それからです。我らが結界を張り、人間から隠れるようになったのは。我らは寿命が長い故、あなた方を非難したものの中にも当時を知るものがいるのです」
想像以上にむごい話に、イリヤとセトは黙り込んでしまった。
「さてと、暗い話をしてしまいましたな。もちろん人間が皆そうでないのは分かっております。エルフ族の中には人間社会で生活をするものもおりますからな。しかしながら、当時家族や恋人を奪われた彼らには人間を信じることができなくなってしまったのですよ」
「……辛いことをお話していただきありがとうございます」
「なあに、あなた方は勇者の証を持つものと、その勇者と共に旅をするお方。信用に足る人間と確信して桝花もあなた方を連れてきたのでしょう」
そうだろう?とさきほどからずっと黙っている桝花に問いかける。桝花はこくりとひとつ縦に首を振った。
里の中心から外れた森の中。イリヤたちが最初に里を訪れた時にスケルトンの群れを燃やした場所に着いた。その森の中の木に、札がびっしりと貼られた木が1本だけあった。異様な雰囲気を出しているそれが、里を出入りする隠し道だという。
桝花は里に入ったときと同じように木に手のひらを添えた。呪文を唱え、手のひらから黄金の光が指の間から溢れだす。
「そう言えば勇者様。以前外から帰ってきたものが言うには、隣街のドルトムントで闘技大会が開催されるそうです。その優勝賞品はおそらく『神の宝玉』だと申しておりました」
「『神の宝玉』……!?待ってください、何で私達が『神の宝玉』を集めてることを知ってるのですか!?」
思いもよらない情報に、2人は思わず驚きを隠せなかった。イリヤたちはエルフ族の里に入ってから一度も「神の宝玉」について話していないからだ。
「我々は木々の囁きが聞こえるのですよ。森の木々は人間の話を聞いております。その会話を聞いたまでです。もっとも、今の若い衆は木々の囁きを聞こうとしませんがな」
「そうですか……情報ありがとうございます」
2人は顔を見合わせ頷いた。言葉を交わさずとも意見は一致している。バルビエ神殿の前にドルトムントへ行って闘技大会に出場する。そして優勝して「神の宝玉」を手に入れる。思わぬところで情報の収穫を得られた。
「ありがとうございます!もし今聞いていなければ出場せずに『神の宝玉』を手に入れられないところでした」
「ええ、お役に立てたようでしたらなによりです。この度は誠にありがとうございました。どうか道中お気を付けて」
黄金の光が3人を包み、眩しさで周りが見えなくなっていく中、里長が深々と頭を下げているのを見たのが最後だった。
「……桝花をどうかよろしくお願いしますぞ、勇者様」
光が消え、3人の姿が見えなくなる。その言葉はもう、誰にも届いていなかった。
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