里の声
「終わっ……た……?」
流れた沈黙を最初に破ったのはイリヤだった。跡形もなく消えていったデュラハンのいた場所を、まだ信じられないと言った目で見つめている。
「見よ……里にいる魔物どもが消えてゆくぞ」
高台から里を見渡した桝花は、少し驚きを含んだ声で言った。つられて2人も桝花のもとに行き里を見渡す。見ると、あれだけいたスケルトンやマミーは、同じように皆砂塵となって燃える家屋の煙と共に消えていく最中だった。デュラハンを倒したことにより消えるということは、今回の騒動の発端はデュラハンにある、と言うことが確定した。
「セトが首を飛ばしてくれたからだよ。動きが早くてびっくりした!」
「ああ、あれか?盗賊の盗むスキルを移動に使ったんだよ。気配を消して動けるからな」
それより、とセトは前置きをして話題を変えた。
「なんで最後の魔法が効いたんだ……?」
イリヤの放ったあの光。鋼鉄の兜を砕き、デュラハンを消滅に至らせたあの光は、おそらく魔法の部類に入るものだろうが、魔法の効かないアンデッド系に何故効いたのか、セトにはどうしても分からなかった。
「それにイリヤ、あの魔法は何だったんだ?初めて見たんだが……」
「私にもさっぱり……頭の中で自然と思い浮かんだっていうか……」
あの時のイリヤは、考えて動いたのではなく、どちらかと言うと本能的なものに近かった。こうするべきだと、自然と頭の中に思い浮かんだものだった。
「おそらくそれは鎧の内側だったからだろう」
そこに、2人の会話に桝花が口を挟む。
「本来鎧というのは外からの攻撃に備えるもので内側からの攻撃は想定していないからの。そしてあの魔法は勇者にしか使えぬ魔法であろう。勇者は『炎』『水』『風』『大地』『雷』『光』『闇』のいずれにも属さない『正義魔法』を使えると昔聞いたことがある」
「正義魔法……」
「光属性に近いが、それよりも上位の魔法だ」
イリヤは自身の手のひらをじっと見つめた。
ーーー私は、まだ「勇者」のことを何も知らない。
ーーーもっと「勇者」を理解しなければならない。
このままでは魔王を倒すどころか、旅の終点にすら辿り着けない。世界の命運を握っていると言うのなら、まずは自身を理解しなければならない。そのためにも先へ進まなければ。
先ほどの戦闘にしてもそうだ。セトがいなければ勝てなかっただろうし、セトの言う通り魔物についての知識もない。
「……ただ漠然と旅をするだけじゃダメだね」
ぽつりと零した言葉は空に溶けた。その言葉をセトは掬い上げず、ただじっとイリヤを見つめる。その両目にはセトの覚悟が宿っていた。
◆◇◆
3人は他のエルフ族の無事を確認するため、ある洞窟の前に来た。桝花曰く「先の魔力探知で里の皆は1カ所にまとまって避難しているのを確認しておる」だそうだ。そして連れられたのがこの洞窟だった。その洞窟は入り口が木の扉で固く閉ざされており、外からは開かないようになっていた。
「お主らは隠れておれ。我らエルフ族は久しく人間と関わりがないのでな。皆を驚かせてしまう」
桝花曰く、エルフ族の里に人間が訪れるのは数百年ぶりだそうだ。言われた通りに2人は近くにあった建物の陰に身をひそめる。桝花は扉を叩く前にひとつ大きな息を吐いた。
「……我は掟を破った罪を償わなければならぬな」
そして扉を叩き、大きな声で中に向けて呼びかける。
「皆!我だ!桝花だ!魔物の群れは消えたぞ!」
しんとあたりは静まり返る。しばらくして扉がゆっくりと開かれた。おそるおそる、と言ったように中からいくつかのエルフ族が顔を覗かせ、辺りを見渡した。そして、
「おい皆!本当に魔物がいないぞ!もう外に出ても大丈夫だ!」
1人が洞窟の中に叫んだ。その声を皮切りに次々とエルフ族が中から出てくる。
「無事だ……」
「生きている」
「もうダメかと思った……」
抱き合い無事を喜ぶもの、燃えた里を見て絶望するもの、それでも魔物の脅威が去ったことに安堵のため息を吐くもの。魔物の脅威が去ったことを、互いに分かち合うエルフ族たち。
「桝花、お前も無事じゃったか」
1人のエルフが桝花に声をかけた。他のエルフ族と比べ、随分と歳を重ねているように見えるそのエルフ。体の前で杖をつき、両手で体を支え、人間で例えると老人のようなエルフを桝花は「里長様」と呼んだ。
「外で何があったのじゃ?魔法の効かぬあやつらをどう退治したのじゃ」
「そうだよ桝花!どうやってアンデッドの魔物を殺ったんだよ!」
好奇心旺盛な青年風のエルフが、里長の声に重ねて訊く。それにつられて他のエルフ族たちも桝花を囲み次々と疑問を投げかけた。
「……その事だがな。我は皆に謝らなければならぬ。……2人共、出てきてくれ」
桝花は2人の隠れている小屋を振り返った。エルフ族の視線が集まる中、イリヤたちは居心地悪くその視線の前に現れる。
そしてイリヤたちを見た瞬間、エルフ族の1人が叫んだ。
「人間だ!人間がいるぞ!」
弾けるような叫び声。その叫び声を合図に、堰を切ったように非難の声が上がった。
「穢らわしい人間が!神聖な里を侵すな!」
「やめて!近寄らないで!」
「どうして人間がこの里にいるのだ!」
明らかな歓迎されない声。というよりも、人間を嫌っているに近い。激しい非難の声がイリヤたちを糾弾した。
そしてその批判は桝花に飛び火する。
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