絶対的で脅迫に近い信頼
「ほう……人間にしてはよく耐えたものだ」
「敵を褒めるなんて余裕のつもりかな……ッ!」
声を上げると共にイリヤは再び斬りかかる。
「
全身に力が漲るような感覚があった。何か暖かいモノが体の中心から全身に広がっていくような心地よい感覚。桝花の支援魔法だ。
「エルフ族もいるのか……人間と協力しあうとは……。まあいい。人間を始末してから貴様を殺せば何の問題もない」
「させないよ!」
再び斬りかかる。剣と剣のぶつかり合う高い音が響いた。セトも背後を取り攻撃を仕掛けるが、軽くあしらうようにデュラハンに避けられた。互いに引けを取らず激しい攻防が繰り広げられる。一向に隙を見せないデュラハンを前に、イリヤとセトは苦戦を強いられていた。
「
怪我を受けるたび、桝花から治癒魔法をかけてくれる。しかしそれでも全く歯の立たない相手に、2人は消耗していくばかりだった。
息が上がり肩が上下に揺れる。2人は一度デュラハンから距離を取り、呼吸を整えた。相変わらず対峙する首の無い騎士は、余裕綽々の佇まいを見せている。
「もう終いか?人間よ」
目の前に炎の玉が現れ、イリヤを目掛けて飛んでいく。かなり大きいそれはイリヤの目の前に迫った。
「しまっ……!」
防御魔法が間に合わない!反射的に目を瞑り、腕で顔をガードする。
———パァンッ
空気が弾けるような乾いた音がした。いつまで経っても襲ってこない痛みに、おそるおそる目を開いた。見るとデュラハンの作り出した火の玉は四散し、その衝撃波があたりに強風が舞い上がらせる。デュラハンの鎧がカタカタと音を立てて揺れていた。
「油断するな」
見るとセトが手に何やら持っている。よく見るとそれは銃火器のようだった。しかし、イリヤの知る銃火器は弾丸を飛ばすものであり、魔法を打ち消すことはできないはずだ。
おそらく顔にその疑問が書いてあったのだろう。セトはその銃火器について教えてくれた。
「これは『魔法銃』っていう魔法具だよ。魔力を込めて弾丸を放つ……使用者の魔力量次第で撃てる弾数は変わるけどな。手数を多く持っておくことに越した事はないからな」
デュラハンには効かないが、デュラハンの構築した魔法には効果があるようだ。魔力の弾丸で炎の玉を打ち消すことができた。上手く行ってよかったと胸をなでおろす。
「けどイリヤ。このままじゃジリ貧だぞ」
「うん、そうだね……せめてあいつの弱点さえ分かれば……」
「ああ、何者にも必ず弱点はあるはずだ。どうにかして見つけるぞ」
攻撃を仕掛け、防御し、隙を伺いつつ弱点を見つけるなどそう簡単ではない。ひとりでは難しい。けどセトがいるなら?セトとは出会って間もないが、鋭い洞察力と知識を持っている。彼なら必ず弱点を見つけてくれるかもしれない。「かも」じゃない。絶対に見つけてくれると信じている。
「私があいつの攻撃を引きつける。その隙にセトは弱点を見つけ出して」
「分かった。けど無茶はするなよ」
セトの何気ないセリフ。無茶はするなよ、なんて。自身を気遣ってくれる言葉をかけられたのは初めてだった。だからつい。
「えへへ」
笑ってしまった。この戦いの場に似合わない、柔らかく綻んだ笑顔をふにゃりと見せていた。
「……あんた、どこか頭でも打ったか?」
怪訝に眉を顰めて問うセトに、イリヤはすぐに「違う!」と否定した。
「セトとこうやって共闘するの、初めてだなあって思ったらつい嬉しくて」
「……は」
突拍子の無いことを言い放ったイリヤのそれは、ひどく穏やかな口調だった。
「前のパーティーではみんなで戦ってたけど……どこか私1人で戦ってるみたいでさ。同じ場所にいるのに、何故か孤独だったなって思ったの」
「だからって……今噛み締めてる場合か」
呆れたようなセトの声。分かっている。今でないことは充分に分かっている。けれど、イリヤにとってそれはどうしようもなく嬉しくて。
かつて旅を共にした仲間たちとは、同じ戦場にいるが、一緒に戦っていないように感じていた。同じ場にいるのに私は何故かひとりで戦っていて。他のみんなはルイスを中心に楽しそうで。それがどうも眩しくて、羨ましくて、すぐそばに仲間はいたけど孤独で、酷く寂しかった。
「着いてきてくれてありがとう、セト。必ず弱点を見つけてね」
仲間が近くにいるというのは、こんなにも心強いものなのか。
「信じてるよ、セト」
イリヤは剣を構え走り出す。踏み込み、そして高く飛び上がってデュラハンの上から斬りかかった。
「はああああっ!」
———キィィィン!
剣同士がぶつかる音が響く。やはり傷ひとつつけられない。擦れあう金属同士の間に、デュラハンの魔力が集まり圧縮した。
「
「
すんでのところでバリアを展開し、なんとか爆破の直撃を防いだ。もう一度距離を取り再び攻撃を仕掛ける。
幾度となく繰り広げられる攻防。その中で、セトの目は確かに捉えた。
———デュラハンが抱える自身の首。その首を庇うようにして戦っていることを。
見間違いではない。自身の首を些々たる動作で背後に隠し、攻撃が当たらないよう、間違いなくデュラハンは庇っている。
しかしどうやってあの首を攻撃すれば良い?大事に庇われるあの首も甲を被っている。鋼鉄に覆われた生首も他と変わらず剣を弾くだろう。魔力も打ち消される以上、どう手出しをすれば———……。
下手にイリヤに首の弱点を伝えて、本当にデュラハンにとって致命的であれば、きっと今よりも手出しできなくなるだろう。そうなればますます倒すことに苦戦を強いられる。
セトはもう一度よく観察した。考えろ、考えろ———。
一か八か、セトはデュラハンの背後に素早く回る。そして気付かれないうちに、その首に銃口を向け、そして。
———パァンッ
首を撃って弾き飛ばした。弾き飛ばされた首は弧を描いてイリヤの後方に飛んでいく。やはり思ったとおり、魔法によるダメージは受けないが、魔法による衝撃は鎧にも伝わる。先程炎の玉を打ち消したとき、あの鎧がカタカタと音を立てていたのはセトの気のせいではなかった。
イリヤは突然の事に驚いていたが、すぐ冷静になりそのまま弾き飛ばされた首の方に向かって走り出す。セトの意図は彼女に伝わっていた。
「やめろ!」
デュラハンの声が跳ねる。やはり、セトの読んだ通りあの首が弱点なのだろう。
「おのれ人間風情がッ!」
セトの目の前で爆破が起こる。咄嗟のことで吹き飛ばされてしまい、近くの木に体を強く打ち付けられた。
「セト!」
一瞬、イリヤの動きが止まる。
「やれイリヤ!その首がそいつの弱点だ!俺に構うな!」
セトの言葉を聞いてイリヤは落ちている首に向かって剣を突き立てるように振り下ろした。彼のしたことを無駄にするな———!
彼女がどうしてそうしようと思ったのかは彼女自身にも分からない。けれど、転がり落ちたデュラハンの首———その中身が空洞の兜を見て、それが正解なのだと、彼女の中で漠然と確信していた。
中身の無い首に剣を突き立て、そして唱える。
「
剣の先から白く眩い光が溢れだす。その光は鋼鉄の兜にヒビを入れ音を立てて粉々に砕いた。砕け散った破片は塵となって舞っていく。
「その魔法………まさか貴様………!」
デュラハンの体もまた、同じように消えゆく砂塵となっていった。悔しそうにうめき声を上げ、ボロボロに崩れていく腕を空に彷徨わせる。
「まだ……まだだ……あのお方の……………あのお方の命令は…………」
「待って!あのお方って誰のこと!?」
「人間などに…………話すけないだろう…………ふはは………せいぜい足掻くことだ………………愚かな勇者よ………………」
その塵はとうとう何も残さず消え去った。残されたのは茫然とした静寂と、木々を過ぎゆく生暖かい風だけだった。
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