首なしの騎士

「ああもう!しつこいわね!」


 早くエルフ族を助けたい焦りと、斬っても斬っても湧いて出てくる苛立ちがイリヤの声を荒げさせる。


「イリヤ!」


 そこに突然自分を呼ぶ声。見ると、セトが何やら瓶を両腕に抱えてこちらに走ってきていた。


「こっちに来い!」


 その声に反射的に体が動く。スケルトンたちも置き去りにして、群れの中心から抜け出した。イリヤが抜け出すと同時に、セトは持っていた瓶を魔物の群れに放り投げる。


風の矢ストーム!」


 タイミングを合わせて桝花が風属性の魔法を放つ。パリン、と音を立てて瓶が弾け、中身が飛び散り液体が魔物に降り注いだ。


ーーーこの臭いは……。


「油?」


 満遍なく降り注いだ油は、魔物の体にまとわりつく。意表をつかれた魔物たちは戸惑い、その場に立ち止まって何事かと自身の体を見渡した。


「これでも食らいな」


 そこにすかさずセトは火のついたなにかを投げ入れた。よく見るとそれはキャンプで火おこしに使うマッチ棒だった。

 ゆるく弧を描いて放たれた小さな炎は、油にまみれた魔物に向かって落ちていく。そしてそれは。


「ぎゃああああああああっ!」


 スケルトンの群れが大きく炎を上げて燃え上がった。耳をつんざくような悲鳴に思わず耳を塞ぐ。


「魔力で構築された炎は奴らには効かないが、コレは魔法じゃないからな。一気に仕留めるならこの方がいいだろ?」


 油を降らせるための風は魔法だが、燃やすための炎は魔法ではなくマッチに灯された小さな火だ。魔法耐性は高いが物理耐性は異常に低い。つまり、。燃え尽きたあとは水の魔法で鎮火するだけだ。


「じゃあ、他も燃やして終わり?」

「いや、ここにいる奴ら全部を燃やしても根本的な解決にはならない。本来、スケルトンやマミーは統率の取れた動きはできないんだ。こうやってエルフ族を狙って襲うなんて、少なくとも俺は聞いたことがない」

「そうなんだ……セトって物知りだね」

「……あんたは勇者として旅に出るならもう少し魔物について勉強した方が良いんじゃないか?」


 痛いところを突かれイリヤは言葉を詰まらせる。図星だった。


「とにかくこいつらがここに現れたのは、魔法具によってここに集められた。もしくは何者かが操りエルフ族を襲うよう支持を出している。このどちらかだと俺は思う」

「なるほどね……じゃあ、その元凶を探さないといけないってことか」

「ああ……だけどこの広い里のどこから探せばいいか……」


 一刻も早く見つけ出さなければ、次の群れが現れるかもしれない。油にも限りがある。魔物が現れる度に燃やしていれば、いつかは底を尽きてしまい今度こそ本当に打つ手がなくなる。


「ならば我が探してやろう」


 そこに、桝花が口を挟んだ。


「魔法具も指示を出す者も、どちらも少なからず魔力を帯びているはずだ。ならば、我の魔力探知でエルフ族以外の魔力を探せばよい」

「そんなことができるの?」


 驚いたように言うイリヤに、桝花は得意げに笑って見せた。


「無論。我にとっては朝飯前だ」


 彼女は集中するために瞳を閉じた。彼女を纏う空気が、ピリッと張り詰める。

 彼女は自身を中心に己の魔力を張り巡らせ、波紋のようにそれを広げて行った。広げろ、広げろ。もっとその先へ。探し出せ。我らの里を襲い、仲間を危険に晒した不届きものを、必ず見つけ出せーーー。


 張り詰めた空気が3人を包む。しばらくの沈黙のあと、枡花はゆっくりと両目を開き、ひどく落ち着いた声で言った。


「見つけた。里の奥……最も高い場所に1匹潜んでおる」


◆◇◆


 なるべく体力を温存するため、魔物の群れを避けて桝花の見つけた場所に辿り着いた。辿り着いたその場所には、1体の魔物が堂々と佇んでいた。それは里全体を見下ろせる場所で、燃え盛る里の惨状を愉快そうに眺めている。


「どうしてデュラハンがこんなところに……」


 自身の首を片手に持ち、もう片方の手には片手剣を構え、鋼鉄の鎧を身に纏ったデュラハンと呼ばれる馬に乗った首なし騎士の姿をした魔物。志半ばで命を落とした騎士が未練を残し、魔物に変貌したと言われているそれは、スケルトンやマミーと同じくアンデット系に分類される。強さの階級で言えば中級ではあるが、中級の中でも上級に近い魔物である。


「あの鎧はさすがに燃やせねえな……」


 ぽつりとセトが独り言を零す。


「燃やすつもりだったの?」


 その独り言をすくい上げていたずらっぽく笑った。


「冗談だ」

「溶けそうではあるけどね。鉄の塊に戻してあげようかな」

「いいなそれ。新しい武器でも作るか」

「でも呪いのアイテムに変わりそう」

「使えないな。捨てよう」


 草葉の陰に隠れて隙を伺う。お互いに冗談を言い合う余裕はあったが、それでもなお2人の間には緊張が走っていた。スケルトンたちの襲撃とデュラハンが直接どう関係しているかは不明だが、エルフ族の里の中にいる以上、ここで倒しておかなければ後々新たな被害が出る。


「どうする?」

「タイミングを合わせて飛び出よう。私は右から攻めるからセトは……」

「左から、だな」


 互いに目を合わせてこくりと頷く。


「桝花はここに隠れていて。あいつらの狙いが君たちエルフ族なら、君は戦いに出たら危険だ」


 デュラハンもまた魔法が一切通用しない。あの鋼鉄の鎧が、全ての魔力を打ち消してしまうからだ。


「確かに我は……悔しいが役には立たない。だが、支援魔法は使える。回復や強化は我に任せよ」

「でも……」

「我も黙って見ているわけにはいかぬ。無論、足手纏いにはならぬよう気をつけよう。我とて里に危害を加えた不届き者を許せぬのだ」


 桝花の覚悟の決まったその強さを持つ瞳に、「危なくなったらすぐに逃げること」と約束を交わし、イリヤたちはそれぞれデュラハンを囲うように配置につく。そして。


「3……2……1!」


 2人は同時に飛び出した。それぞれが武器を構え左右から同時に斬りかかる。しかし鋼鉄の鎧は2人の攻撃を弾き返し、響くのは金属音だけだった。


「人間……?何故こんなところに」


 突然現れた、ここにいるはずのない人間の登場にデュラハンは驚いた様子だった。だがすぐに冷静さを取り戻す。


「ふん……まあいい。ここで消せば何も支障はない」


 デュラハンは剣城の先に魔力を集めそして、それは爆ぜる。


「来るぞイリヤ!」

爆破メテオ!」


 セトの弾けた声と爆発が起きるのはほとんど同時だった。イリヤは咄嗟に剣で爆破を防ぐ。セトの方も防御が間に合ったようで、少しの掠り傷程度で済んでいた。爆破の衝撃で舞い上がる砂埃が収まるのを警戒しながら待つ。

 やがて視界が晴れてきて、砂埃の向こうにデュラハンが立っているのが見えた。それは泰然自若とした佇まいで、抱える首は余裕の笑みすら浮かべている。

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