エルフ族の里

 助けを求めた少女は自身のことを「桝花ますはな」と名乗った。桝花が言うには、エルフ族の里が魔物の軍勢に襲撃されているらしい。瘴気の発生源はエルフ族の里を襲っている魔物たちだそうだ。


「エルフ族の里はルミナスの森にあるのか?そんなこと聞いたことないが……」

「正しくは『里へ通じる隠し道』がルミナスの森にもある・・・ということだ」

「『隠し道』……?」


 イリヤの呟いた疑問に、桝花はこくりと頷く。


「そうだ。我らエルフ族は人間には見えぬよう、結界を張っておる。里に入るのも決められた道を通り結界を開かねばたどり着けぬのだ」

「だから今まで謎だったのか……」


 納得したようにセトは呟いた。噂にしか聞くことのないエルフ族の里。それはエルフ族によって意図的に隠されていたからだった。


「本来ならば、人間を里に招き入れることは掟にて禁じられておる。だが小娘……お主のその首の紋章、それは勇者の証だな?」

「うん、そうだよ。君はさっき『助けて』って言ったよね?私達は何をすればいい?」

「我が道を開く。お主らは我に着いてきて共に里に来てくれ」


 すると、桝花は近にあった比較的大きな木に手のひらを添えた。聞き取れなかったが何か呪文を唱えると、手のひらを中心に黄金に輝く光が溢れだした。


「この辺りにはこうしていくつかの木に道を作っておってな……他は全て瘴気に飲まれてしまったが、これだけは無事だったようだ」


 光は大きくなりやがて3人を飲み込むほど、強く輝いた。あまりの眩しさにイリヤは思わず目を瞑ってしまった。瞼を通じても感じる強烈な光。その刺激が収まった頃、おそるおそる目を開くとあたり一面の景色が一変していた。先程までいた森の光景とは打って変わって、あたりは炎に包まれていた。おそらく建物があったであろう形跡が、ほんの僅かに残っている。


「酷い……」


 無意識に出た声は、誰に拾われるわけでもなく煙と共に空に舞った。その時、


「危ない!」

「ッ!?」


 桝花の背後に襲いかかるナニカ。イリヤは咄嗟に剣を抜き、その攻撃を弾き返す。金属同士のぶつかり合う音が響いた。


「……スケルトン?」


 それは骸骨のような見た目をした、スケルトンと呼ばれる魔物だった。スケルトンはまるで人間のように手に剣を携えている。1体だけではない。その後ろには数え切れないほどのスケルトンがいた。その群れの中にはスケルトン以外にも包帯を全身に巻きつけたマミーも確認できた。


「こやつらだ……我らの里を襲っているのは。我らの魔法はほとんど効かぬ……」


 桝花が悔しそうに唇を噛みしめる。それぞれ魔物の階級はスケルトンが下級、マミーが中級であるが、エルフ族は簡単に倒せない理由があった。


「イリヤ、気付いたか?」

「うん……ここにいる魔物、みんなアンデッド系の魔物だ」


 スケルトンもマミーも、いずれもアンデッド系に分類される魔物だ。かつては生命を享受し、人として生きていた者が死んだ時あと、に世に強い未練を持って魔物に変貌した姿。それがアンデッド系に分類される魔物。そしてそのアンデッド系には共通してひとつの特徴がある。それは魔法への耐性が非常に高いことだ。魔法に特化したエルフ族では、戦うすべがない。だから抵抗できず里が破壊され、少女は掟を破り人間を里に招き入れる決断に迫られた。


「魔法は効かない、けど!物理には弱いよね!」


 イリヤは剣で薙ぎ払う。物理耐性が低いアンデッド系の魔物たちは一振りで簡単に塵になって消えていった。セトも桝花を護りながら短剣で襲いかかるスケルトンを斬りつける。


「はあああああっ!」


 薙ぎ払い、道を切り開いてイリヤは魔物の群れに飛び込んでいった。個々の戦闘力は低いので苦戦はしないが、あまりにも数が多すぎる。他のエルフを助けに行きたいが、次々と湧き出てくる魔物にこの場から動くこともままならない。


「ああもう!鬱陶しい!なんでこんなに湧いてくるのよ!君たちに構ってる暇はないの!」


 斬っても斬っても湧いてくるそれに、魔物の中心からイリヤの苛立ちを含んだ声が聞こえてきた。


———何かがおかしい。


 セトはこの状況に違和感を覚えた。アンデッド系は死後の未練だけで動く、謂わば生前に持っていた本能を以って動く魔物だ。個々での出現がほとんどで、集団で行動すると言う報告は聞いたことがない。では何故、里に現れたスケルトンたちは集団で動き、エルフを狙って攻撃をしてくるのか。それらの統率の取れた動きがあまりにも不自然だった。


「エルフ族を襲うためにアンデッド系を集めた……?」


 セトの脳内にひとつ、仮説が思い浮かんだ。いや、だとしたら何故、何のために。それにこの仮説が正しかったとして、どうすればこの状況を打破できるか———……?


「桝花、この里に油はあるか?」

「油か?花の種子から搾り取ったものならあるが……」

「それでいい。できるだけたくさん使いたいんだが」

「うむ……」


 桝花は少し俯き思考を巡らせる。


「すぐそこの小屋に備蓄があったはずだ」

「よし、案内してくれ」


 彼女の指差した方向には確かに小さな小屋があった。中に入ると幸い火の手はこちらには回っていなかったようで、中で保管されているものも無事だった。セトはさっそくお目当てのものを見つけて持てるだけ持って腕に抱える。


「お主……その油をどうするのだ?」

「燃やそうと思って」

「燃やすって……お主、まさか……!」

「気付いた?」


 いたずらっ子のようにニヤリと笑う。桝花はその表情に一瞬、呆気にとられたが「我は何をすれば良い?」とその企みに乗ることにした。

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