三人目の仲間

 目を開けると森の中だった。そこは桝花と最初に出会った場所。出会ったときと違うのは、もう瘴気が消え去り、枯れた木々が残るが至って普通の安全な森に戻っていることだった。


「良かった!瘴気も消えたんだね」

「エルフ族の里から溢れてたんだな。無事にこっちも解決できて良かった」


 これで街へ続く道も安心だねー、とイリヤは嬉しそうに頷く。枯れてしまったものは元には戻らないが、きっといつかは再び木が生え、動物たちも戻ってくるだろう。森の生命力に期待しよう。とにかく、エルフ族の里も救えたし、瘴気の被害が拡大しなかった。イリヤにとってこれほど嬉しいことはない。


「おそらくあの瘴気は我らの里から漏れてたのだろう。枯れた木にも隠し道の結界が施されていたからな。魔物の襲撃で綻びでも生じてしまったのだろう」

「でもどうしてデュラハンがアンデッド系を連れて里を襲撃したんだろう?その目的までは分からないけれど、多分あいつが最期に言ってた『あのお方』が関係あるのかな?」


 イリヤの疑問に、セトは少し考える素振りをした。


「『あのお方の命令』って言ってたもんな……やつらの目的は何だ?」


 3人でしばらく頭を悩ませたが、結論は出なかった。結局この謎はイリヤたちの旅の目的に追加された。


「桝花は?これからどうするの?」


 イリヤの問いに、桝花は少し言葉を詰まらせる。


「……そうだな……むごい過去があり、同胞とはいえ恩人にあのような態度を取るとは……我はしばらく里に戻れそうにないな。それにお主らの言うとおり、何ゆえ我らの里が襲われたのか知りたいからな」


 寂しそうな声で小さく呟く。同じエルフ族のあの態度は、いくら過去に人間が酷い行いをしたとはいえ、桝花には耐え難い光景だった。


「そっかあ……じゃあさ!私たちと旅に出ない?」

「……え」

「あ、もちろん2人が嫌じゃなければだけど!」


 イリヤの提案に、セトは「俺は大歓迎」と答えた。対する桝花は、思いもよらぬ言葉にどう返事をすればよいか分からなかった。


「わ、我は良いが……お主らは良いのか?」

「じゃあ決まりね!」

「だが……!我の同胞がお主らに酷いことを言ったのだぞ!」

「それ桝花が言ったわけじゃないもーん」


 あまりにも軽い態度のイリヤに、桝花はぽかんと開いた口が塞がらなかった。呆気にとられる彼女に、「諦めろ、イリヤは一度決めたら何があっても曲げないぞ」と経験者の声がする。


「……ならば、よろしく頼む。イリヤ、セト」

「ああ」

「うん!これからよろしくね!」


 これで旅仲間も3人だねえ、と顔を綻ばせ喜んでいるイリヤはスキップにも近い足取りで隣街に続く道を進む。鼻歌でも歌い出しそうなほど、今の彼女はご機嫌だった。


◆◇◆


 ルイスたちのパーティーはイリヤが抜けたあとも、ランクを落とさずに冒険者ギルドからの依頼をこなしていた。勇者イリヤ1人抜けたところで何も変わりはしない。何だ余裕じゃん。勇者って言葉だけ大層で実際は大したことないんだな、と。


 強いて言うなら、イリヤがいた頃よりも少し、ほんの少しだけ、魔物を倒すのに時間がかかる気がした。気がした、くらいだから気のせいかとは思うが。大した誤差ではない。


 しかし勇者が抜けたあとも戦闘面において大して変わりないように感じるというのは、ルイスにとって紛れもない事実だった。むしろ「かつて勇者の所属した最強のパーティー」として、街の人々から称賛されていた。今はこの栄光と尊敬の眼差しが非常に心地よかった。


 パーティーの解散なんて冒険者にとってはよくある話だ。命を預ける仲間を信用できなければ、パーティーとしての崩壊を意味するからだ。だから勇者イリヤがパーティーから抜けたことも、何の疑問も不信感も抱かれなかった。例え「勇者が自分たちを捨てた」と嘯いても、誰にも疑われることはなかった。


「ルイス、こんな物を見つけたわ」


 部屋で休んでいると弓使いのジョアンナが、1枚のビラを持ってきた。聞けば宿の近くで配られていたらしい。その紙切れには、ドルトムントにて行われる闘技大会の開催について書かれていた。


「闘技大会……?これがどうしたんだ」

「下を見て」


 ジョアンナの言葉に再び紙切れに目を落とす。そこに書いてある文字に、ルイスは思わず目を見開いた。


「おい、これって」

「ええ、多分これは『神の宝玉』よ」


 そこにはかつて勇者イリヤと旅をしていた頃、彼女が世界中を歩き回り、おそらく今現在も探し求めているであろう「神の宝玉」が、闘技大会の優勝賞品として大々的に告知されていた。

 きっとこの闘技大会の主催者は宝玉の真価を知らないのだろう。その真価を知っている者からすれば非常に馬鹿で愚かな行為だと言える。


「そうだ、良い事を思いついた」


 ルイスはニタリと嫌な笑みを浮かべた。彼の頭の中で非常に愉快なシナリオが完成したからだ。———闘技大会で優勝し、「神の宝玉」を手に入れる。そうすればあのイリヤが自分に頭を下げ、懇願し、屈辱的な姿を見せるはず。

 どうせ今もあの女は独りだ。俺が宝玉を手に入れれば、必ず俺の元へ帰ってきて俺に慈悲を求める。なんと愉快で滑稽なのだろう!


「闘技大会に出場するぞ。優勝賞品を手に入れてイリヤを陥れてやる」

「あら、いい考えね」


 ジョアンナの賛同する言葉に、「だろ?」と得意げに笑ってみせる。


「みんなを集めろ。すぐにドルトムントへ向けて出発だ」


 くしゃりと闘技大会開催のビラを握りつぶす。口角が緩く上がりニヤケ顔が収まらない。もう彼の頭の中では、勇者イリヤの屈辱的な姿の想像が止まらなかった。

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