旅の計画


 翌日、宿のロビーに現れたイリヤは、案の定二日酔いの頭痛にうなされたいた。


「やっぱり二日酔いになったか」


 こうなると思っていた、と事前に調合した二日酔いに効く薬をイリヤに手渡した。


「え、これどうしたの?」

「俺が調合した」

「薬を調合できるの!?」


 驚くイリヤに、セトは「あー……まあ」と煮え切らない返事をする。


「盗賊になってから簡単に魔物を倒せなくて……試行錯誤した結果、短剣に毒を塗って戦えば楽になってさ。それからは色んな調合を勉強して、その結果毒にも薬にも詳しくなったってわけ」

「へぇ……セトって努力家だねえ」


 ありがとう、と薬を受け取り水で一気に流し込む。思いの外苦味が強かったのか、飲んだあと眉間に深いしわが寄った。


「これで頭の痛みが良くなればいいけど……それよりも昨日のこと何も覚えてない方がこわい」


 酒に酔ったら忘れるタイプなのだろう。昨日どうやって店を出て、どうやって宿に帰ってきたかも覚えていないと言う。


「聞きたい?あんたが恥ずかしいだけだと思うけど」


 イリヤはしばらくうんうん悩んでいたが、怖いもの聞きたさなのか、それとも自身が何の醜態を晒していないか確認したいのか「……お聞かせください」と、絞り出したような声で言った。


「まず会計はあんたの財布から出した。ありがとう」

「あ、それは最初からそうするつもりだったから気にしないで」

「ご馳走様でした」


 いくらだった?と訊ねるイリヤに、昨夜の金額を伝えると「たくさん食べたけど安いねぇ」と感心していた。


「で、帰りはあんたを担いで帰った」

「担いで!?」

「ああ、こう、肩に乗せて……」


 セトは片方の肩に担ぐ仕草を見せた。それはもう、重たい物を運ぶ時の運び方であまりの恥ずかしさにイリヤの顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。


「目立つじゃん!」

「おかげで注目の的だった」

「もっと嫌ー!」


 恥ずかしすぎる……と頭を抱えて項垂れる。


「次からは酒の量、気を付けろよ」

「……善処します」


◆◇◆


 カーディナルは港街で栄えているが、多くの人が集まる事から冒険者や商業ギルドの施設も充実している。また武器や防具の売っている武具屋、旅には書かせない回復アイテムの品揃えが豊富な道具屋が多いため、拠点として多くの冒険者が訪れる街でもある。

 イリヤがとりあえずでこの街を目指したのもそう言った理由だった。


「さて、さっそく今日からの計画を話そう」


 二人がけのテーブルに世界地図を広げる。現在いるカーディナルの街は大陸の中心に位置し、南は海に面している。街から見て北から西には大森林が広がり、森を抜けると小規模の町がある。ちなみに現在地から東に位置する街がイリヤとセトの出会った街、イルミナーレである。


「まず確認したいんだけど、イリヤはどういった計画を持って旅をしてたんだ?女神の指令があるなら、目的や方向性もある程度決まってると思うんだが」


 まさか闇雲に旅をしているわけではあるまい。指令がある以上、どこを目指して旅をするかは最初から決まっているはずだ。

 赤子の頃から聞かされる勇者伝説「魔王が現れるとき、勇者は再び世界に降臨する」……この一節が正しいのであれば、イリヤの目的は魔王を倒すこと。つまり、魔王の居場所を突き止め、そこを目指すはず。

 セトの仮説に、イリヤは「大体合ってる」と首を縦に振った。


「確かに私は勇者の指令を与えられた時、魔王を倒すように女神に言われた」


 でも、とイリヤは言葉を続ける。


「魔王の居場所も分からなければ、どう探せば良いのかも分からない。ただ手探りで旅をしてる状態なの」

「何もヒントがないのか?」

「ヒントというか……魔王と直接どう関わりがあるか分からないけど、ある古い文献で初代勇者は『神の宝玉』を集めて『天空の塔』を目指したらしい」

「天空の塔?聞いたことないな」

「天空の塔についても調べてるんだけど、どこにも情報は無かった。何故初代勇者は天空の塔を目指したのかも、そこに何があって、何の目的があったかも分からない」


 目の前の世界地図にも、もちろん「天空の塔」なんて場所はどこにも記載されていない。


「『神の宝玉』が本当にあるのかも分からないし、どこに何個あるのか……本当に分からないことだらけなの」


 分からないことが多すぎると、どこから手を付ければ良いかすら分からなくなる。とは正にこのことだとイリヤは深い溜め息を吐いた。


「じゃあバルビエ神殿に行くか?」


 そう、提案したのはセトだった。


「バルビエ神殿?」

「そう。そこは女神の神託が降りる場所だ。神の宝玉についても何か手がかりがあるかもしれないだろ」


 神託、女神の意志を人間に伝える場所。ある意味、女神に最も近い場所と言っても過言ではない。


「そうだね、ここで何もしないよりかは動こう」

「決まりだな。じゃあ……」


 2人は世界地図に目を落とす。バルビエ神殿は現在地から北西に向かった先。ルミナスの森を抜け、いくつかの町を通り過ぎたあとにある。


「まずはルミナスの森を抜けるところからだね。行こう」


 善は急げと席を立ち先を急ぐイリヤの背中に、セトは「二日酔いは?」と投げかけた。


「セトの薬のおかげで良くなっ……た……あいたたた……」


 旅の話でアドレナリンでも出ていたのだろうか。急に痛みを思い出したようにその場に頭を抑えてうずくまる。


「……ごめん、もう少し休ませてください」

「仕方ないな」


 イリヤは自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込み二日酔いを治すことに専念する。その間、セトに財布を渡し回復アイテムや携帯食料など、長旅に必要なものの買い出しをお願いした。


 結局、2人がバルビエ神殿に向けて出発したのは、太陽が高く登りきったあとの頃だった。

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