新たな旅路

「みんな『何で生きているんだ』って言いたげな目だった。そしてすでに新しいメンバーが加入してたの。それも女の子」

「新しい女がいたってことか?」

「そう。今思えばダンジョンを攻略しようって決まった時から、私は彼らに嵌められていたのかもしれない」


そうでなければ、ダンジョンにイレギュラーが発生したのも、都合よくパーティーに新メンバーを加入させたのも。最初から計画された事でないと上手くできすぎていて説明がつかない。


「そしてルイスは私に言ったの『俺になびかない女は要らない』って。もちろん、ルイスに心酔していた彼女たちはも同意見だった」


いつからかは分からないが、あのパーティーにとってイリヤは邪魔で目障りで、要らない存在になっていた。


———それにいつまでも気付かず、のうのうと旅をしていた私はなんて馬鹿で愚かなのだろう。


「馬鹿な奴らだな」


吐き捨てるようにセトは言う。くだらない理由でパーティーから仲間を追放するなんて。しかもハーレムを築くために勇者を棄てるなど、世界中のどこを探してもそんな馬鹿はいない。


「要するにあんたは、女関係のもつれから追放された、って事か?どこの音楽隊の話だよ」


呆れたような声に、イリヤは思わず笑ってしまった。女関係のもつれから解散しそうな音楽隊が、思わず脳内で想像できてしまったからだ。隊内恋愛でドロドロな修羅場ができてしまった音楽隊が。


「ね、しかもギャンギャン音を鳴らしてそう」

「音を出せばいいとだけ思ってそうな奴らな」


でもさ、とセトは言葉を続けた。


「そういう奴らって、結局真剣に向き合ってないんだよね。音楽にしても冒険にしてもさ。だから余計な方向に欲が湧くんだろうね。それも悪くはないと思う。人間である以上、欲が湧くことは仕方ないから。けどイリヤは違う。女神の指令を受けた勇者である以上、誰よりも真剣に旅に向き合わなければならない」

「……うん」

「真剣度や旅への価値観の違いでもパーティーは崩壊すると俺は思うんだよね。だから……まあ、イリヤはこれからイリヤが命を預けられるほど信頼できる仲間を探せば良いんじゃないかな」


その言葉にイリヤはハッと顔を上げた。勇者と旅を共にするだけで絶対的な名誉が手に入る。だからこそ、名誉が欲しいだけのただ旅についてくる輩だって現れる可能性もある。ルイスの件は稀だが、「勇者」の肩書を利用するだけの不届き者は、信頼に値する者ではない。


「そっか……そうだよね」

「そうだよ。世界の命運を握っているなら尚更ね」


心に重たくのしかかっていた何かが、剥がれ落ちたのかスッと軽くなった。仲間に見殺しにされて、あげく追放されたイリヤにとって、セトの言葉はじんわりと心を温めてくれるものだった。

命を預けられるほど信頼できる仲間。そうか。


———それだったら。


「私、セトと旅に出たい」


ぽつりと零れた言葉は、セトの瞳を大きく見開かせた。


「あんた正気か?俺はあんたの財布を盗んだんだぞ」

「うん。もちろんセトが良ければの話だけど」


怪訝そうに眉を顰めるセトに対して、イリヤは更に続ける。


「お試しからでも構わない。私と合わなければ途中で抜けてもらって良いから」

「あんたはもっと信頼できる人を仲間にするべきじゃないの?」

「私はセトを信頼できると思ったから誘ったんだけど……」


だめ?とイリヤが首を傾けると、セトは大きくため息を吐いた。確かにセトは、信頼できる仲間をとは言ったが、何故よりにもよって自分なのだ……。失敗したとはいえ、盗賊のスキルを悪用して人の財布を盗んだのだ。一体どこを見て信頼できると吐かすのだこの勇者は。


「あんた人を見る目がないんじゃないの?」

「そ、それは……否定できないけど!でも、私はセトが良いって思ったの!」

「俺のどこが良いんだよ……」


呆れたようにそう訊ねると、イリヤは少し考えた素振りを見せたあと、


「だって、私の話を真剣に聞いてくれたから」


と答えた。少し意外な答えが返ってきて、思わずセトは動揺する。


「初めて会った私の話を真剣に聞いてくれて、真剣に応えてくれたから。今までは私が勇者だからって理由で、私にそんなアドバイスをくれる人なんていなかったの。『勇者様に対しておこがましい』なんて、薄っぺらな理由でさ」

「俺は盗賊だぞ」

「良いじゃん。魔物の素材追い剥ぎしてきてよ」

「勇者が追い剥ぎって言うな 」

「私は女神からの指令を遂行しなければならない。立ち止まるべきではないし、立ち止まることはできない。ひとりで立ち向かうことは勇気ある行動かもしれないけれど、無謀で命を棄てに行くだけの無意味な行為なの。それにさ、セトも何か困ってることがあるんでしょ?」

「あ?ああ、まあ……」


詳しくは言えないが。確かにセトには深い事情があり、その事情により故郷に帰れず、本来の職業を名乗ることも、スキルを扱うことすらできない。訳ありの流浪者だった。行き場もなければ明日の生活も保証されていない。


「事情は聞かないよ。セトが話せないならね。けれど、この旅の途中でセトのその"事情"も解決できないかなあ……なんて」


どう?私、超優良物件だよ。職業勇者でただいまフリー。絶対的知名度と世界的立場を兼ね備えた、旅の仲間にするにはもって来いじゃない?と、自己アピールが必死なイリヤに、ついにセトは折れてしまった。


「分かった分かった。確かに俺は訳ありで誰かが一緒に旅をしてくれるんなら助かるが……」

「本当!?本当にいいの!?」

「俺の負けだ。俺はあんたに着いていくよ」

「やったー!」


心底嬉しそうに両手を上げてにこにこと笑うイリヤ。木に凭れかかるセトの腕を引っ張り、イリヤは足取り軽く走り出す。つい数時間前までは独りになった絶望でお先真っ暗だったのに、不思議な感覚だった。


「じゃあまずは隣街に行こう!ほらほら出発出発〜!」

「はいはい、どこまでも着いて行きますよ勇者様」


はしゃぐイリヤに、ああ、これからの旅がきっと賑やかで充実するだろうと期待に胸が膨らんだ。セトはまだ来ぬ未来に想いを馳せ、少し前を走るイリヤの後を着いていった。


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