ニンカツその二十五「すったもんだで四割再生」

――ゲッゲーッ! ゲゲーッ!

 夜天苔の幽かな光の中、血の臭いを嗅ぎつけ翼をはためかせるのは、死肉を漁る小型恐竜ウォラトグナトゥスの群れ。

 前足を翼に変えた獣脚類が、床の血だまりに落ちた食い残し……冒険者だった肉塊を、我先についばもうとして。

――シュバッ! ギュルルルッ!

 真っ白な絹糸が残骸を覆い小さな繭を作ると、ごろりと転がる。

 蜘蛛の子を散らすように飛び去った死肉漁りどもを尻目に、血染めの赤い球体はドクン、ドクンと脈動しながら成長し、やがて内側から黒地に紅が混ざる細い腕が突き出した。

「ぷはぁっ!」「死ぬかと思ったぜ」

 繭から這い出る《オレたち》の体躯は、普段の半分ほどで服も着てない。

 六割がた上半分が喰われて、残りで再生したのだ。

 だから今は小学生程度の容貌になっていて、外見を取り繕う余裕もない。

「……オマエ」「仕方ねえだろ」

「普通に起こせよ!」「無理だって」

 怪物に喰われる寸前、気絶したツムギと合体変身するには、濃厚に接触し身体の主導権を得る必要があった。

 とっさにトーヤがしたのは。

「なんで……なんだよ」

「なんでって……オレにも分かんねえよ」

 あれは繋がるというより、侵すと言うべき感覚で。

 意識のないツムギから、蛹化能力を引き出す。

 迫る死の牙から逃れようと、生存本能に突き動かされたトーヤは、無我夢中でツムギを抱きしめて、そして……。

「もういい。緊急事態だったし、原因はオレが失神したからだ」

 トーヤの戸惑いと後ろめたさを感じ取り、ツムギは相棒を責めるのはお門違いだと気づいた。

 トーヤの機転で、蛹化変身が間に合ったのだ。

 でなければ今頃二人は再生もできず、二つの無残な骸となって血だまりに転がっていた。

 二人の上半身は怪物の胃の中で消化され、跡形もなく消え去っただろう。

 合体が間に合い、食い千切られた残骸が残ったから、九死に一生を得たのだ。

 助かったのは正に僥倖、そう思い直すと相棒を労いたくなって。

「むしろ良くやったよ、トーヤは。助けてくれて、ありがとな」

 そういささか照れ臭くも謝意を告げると、トーヤの安堵が伝わってきた。

 《オレたち》は一心同体、だが伝わらない気持ちも、隠したい事もある。

 気分を変えようと、ツムギは素っ裸の自分オレたちを省みた。

「しっかし、裸だと落ち着かないな」

 如何に全身凶器に鍛錬された忍者とは言え、全裸では心許ない。

 忍者は脱げば脱ぐほど強くなる、と言うのは流言飛語、そういう特殊な忍法拳法の使い手のみだ。

「せめて褌ぐらい、織れないのかよ」

 今の《オレたち》は怪忍ホワイトシャドウの獰猛で筋骨隆々、闇に溶け込む漆黒異形の姿ではなく。

 トーヤのシャープで筋肉質、しなやかと敏捷性を併せ持つ、小麦色に日焼けした精悍な身体でもない。

 まだ幼さを残し、肉付きが薄く肋骨の浮いた小柄な身体。

 肌は白く滑らかで、胸の頂きの桜色を鮮やかに浮き立たせていた。

 どこか危うい魅力を放つ、未成熟で中性的な肢体を無防備に晒して。

「尻がスースーして落ち着かねえぜ」

 いつもの調子に戻ったトーヤは、減らず口を叩き、ふと別の感想を口にする。

「しっかしツムギって、こんなガキの頃からご立派だったんだな」

 ある一点をまじまじと見る《オレたち》の中で座敷童は、はんっと鼻で笑う。

 確かにそこだけは、子供と思えぬ形と大きさが剥き出しだったが。

「どうかな? もっとご立派だったかもしれないぜ?」

 ツムギは輕口を叩き、ニヤニヤ笑う。

「オレとオマエ、二人の姿形を合成したのが《オレたち》の姿だ」

「お、おう?」

「てことは、どこもかしこも二人の平均ってコトだよな?」

「そりゃそうだ。だからオレのマッチョでカッコいい体がこんなにナヨナヨした貧弱ボディになっちまったんだろ?」

「くくくっ。そうそう。大は小に合わせ、中になるわけ。てコトは?」

 イタズラっぽく揶揄されしながら、ツムギ担当の左手が話題の場所を指さす。

「~~~~っっ!?」

 《オレたち》の半身は真っ赤になって目を背け、もう半身はあはははっと爆笑したのだった。


「さて《オレたち》の弟子はどうしてると思う?」

「迷宮の隅でガタガタ震えてるなら、良いけどなー」

 怪物から逃げる際、トーヤや他の誰かが放り出した荷物を見つけ、三日分の干し肉やパンを丸かじりしながら、今後の方針を相談する《オレたち》。

「これ幸いと単独で秘宝を探してるに千点。なんならザン・クの魂も賭ける」

「いらんいらん。オレも同意見だし」

「全く」「手間のかかる」

「大した」「弟子だよな」

 ぷっと吹き出し、やがて大笑いする《オレたち》。

「大人しく助けを待ってなければ」

「オシオキだよな」

「探しに行くか」「ビフとテリーヌも」

「サシャにベルガにジェビ、ザン・クとラピスも助けなきゃなー」

「それにあのバケモンも」

「喰われた恨み、晴らさないとな」

「やることが多いぜ」

 子供の姿に似合わぬ獰猛な笑みを浮かべ、葡萄酒を呷る《オレたち》。

 酒精と炭水化物、タンパク質、糖質。

 完全再生するには物足りないが、追々回復するだろう。

 なんなら途中、怪物を屠り喰らってもいい。

 食料の現地調達は忍者の十八番だ。幸い背嚢リュックに、調理道具と火種があった。

「ま、迷宮料理にうつつを抜かすより、捜索優先だ。衣装も纏えたし」

「分かってらぁ。んじゃお行儀悪いけど、食べながら行くか」

 食い物と水筒を脇に並べ、リュックに空いた分の荷物を詰め直す《オレたち》。

「荷物、持っていく意味ある?」

「もったいないだろ? 役に立つかもしれないし。途中で拾ったと言えばいいさ」

「それもそうか」

 トーヤは《オレたち》の脳内でそうだなと頷き、背嚢を背負って食い物を小脇に抱え、歩き出した。

「《オレたち》なら腕も増やせるしな」

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