ニンカツその二十四「あり得ぬ奇襲」

「すまない、見張りを代わろうか」

 身支度を調え、テントを出たツムギに、誰も目を合わせようとしない。

 顔を伏せたサシャが無言で脇を通り過ぎたが、どこかよそよそしく歩きにくそうだ。

 ベルガはあからさまにそっぽを向き、肩をぶつけ突き飛ばすようにテントに入った。

「ニヒ? 順番が違うねん?」

「同性同士で休憩することにしたんだよ、誰かさん達のお陰でな」

 そういうトーヤは、ツムギとジェビに顔を寄せ、お前らさあと嘆息した。

「天幕越しに影が映ってたぞ。声だって丸聞こえだって」

「だって仕方ないだろ!? オレたちが入ったらもう始まってたんだ」

「ニャヒヒ。やっちゃったねーん。で、ザン・クんとラピスんの様子も変だねん?」

「……いいたくない。証言を拒否します」

「おいこら何があった? サシャとベルガも様子が変だったぞ? ザン・ク? ラピス?」

「……火の番は任せた。もう一度、周囲を見回ってくる。トーヤ、そのヘンタイどもを見張ってろ!」

「すぐ戻る! 交代の時間には必ずだ! だから見に来ないように、な!」

 常に鷹揚、快活、バカ真っ直ぐなザン・クが何度も念を押し、ラピスと共に足早に去って行く。

 二人とも耳まで真っ赤で、モジモジしていた。

「なんなんなん?」

「もの足りなかったんだろーぜ。まずオレとサシャが『お花を摘みに』行ってさ。ザン・クとラピスも『見回り』に。焚き火の前にはベルガが一人で残ってて」

「あうち」

 そのベルガは、祖父から貰って肌身離さず大切にしているバトルアックスを持たずに、テントに入っていった。

 そしてなぜか戦斧は両刃と尖頭を床に深々と喰い込ませ、逆さまに屹立している。

「なんつーか、思い切りぶっ刺したって感じだな」

「罪作りだねん、ツムギんは」

「誰のせいだと思ってるんだ、ジェビさんよ!? しっかしザン・クとラピス、やっぱりそーいう関係だったか」

 エッチな雰囲気に当てられて、いつも一緒の二人が雲隠れすれば、ヤるコトは決まってる。

「トーヤんとツムギんも怪しいけどねん」

「「ねーよ!!」」

 それこそ一心同体のタイミングでツッ込む二人だった。

「ところでツムギ、ナカの連中、またおっぱじめねーか?」

「それは大丈夫。テントを出る前に鎮静剤を撒いといた。もう朝までぐっすりだ。サシャとベルガもな」

「……なんで最初にそうしないんだよ!!」

「する前に襲われたんだよ、そこの性悪ダークエルフに!!」

「クヒヒヒ。ごめんなさいねん」

「「反省の色が薄い!!」」



「ふわぁ……少々寝不足だが、休憩も取った! そろそろ四階に向かおう!」

 そう宣言したのはザン・ク。

 どこかさっぱりした顔で清々しく、笑顔の光量が二割増し。

「ポワレたちは、ここに陣取ってリエットの回復に努めつつ、救助隊を待て」

「いざという時は、オレたちもここに逃げてくるからな」

「油断してヘンなコトしてんじゃねーぞ?」

「わっ、わかってますっ!!」「しねえよ!」

 ジト目のベルガの言い含めに、動転して胸元を押さえるポワレとトゥイユ。 

(デカい)(副乳)

(揉みまくって)(うらやま)

 邪な視線を向けないよう、目をそらすトーヤたちだったが、かえってあからさま過ぎて。

「さっさと行けって!」「ビフたちを頼みますよ」

 コンフィとムニエールがしっしと手を振り、お互い苦笑して救助組と居残り組は分かれた。


 長い階段を降りると、そこは部屋ではなく階段だった。

 壁の作りは変わらず苔むし蔦が這う荒削りな岩肌、通路の幅はまあまあ広い。

「ここから先の十字路で、ビフたちは怪物に襲われてる」

「要注意だな! 特に背後の地面だ!」

「……あれ? おかしいやん。後ろからって、要は今、ウチらがいるココやろ?」

「当たり前だろが。いや待て、通った後に敵が出たぁ?」

「キヒヒ? 確かにヘンだねん」

「隠し通路は無ぇ。何なら念入りに調べるようか? その化けもん、階段を降りてきたとか」

「守護者を倒したばかりの階段の間から、ビフたちに気づかれずにか?」

 不意に背筋が凍る思いに襲われて、周りを見渡す一同。

 奇襲された、の一言で済ませていたが、現場に来て分かる。

「異常だな!」

「十字路、という情報が錯誤の元だ」

「四方に通路があり、後ろから襲われてもおかしくない。そんな思い込みだよな」

「そんなん、気をつけようが無いやん!」

「気づいただけでも、御の字だって」

「ちっくしょお! どうするよ、知恵を出しやがれ!」

防御障壁バリアの魔法を張ってさ、移動できないか?」

「いつどこから襲われるか、予想できないのではな。私の技量では、長くは保たん」

「フヒ。十字路でどうかなん?」

「ああ、ビフたちが同じシチュエーションが、一番危ないか」

「他に何か案は?」

 思いつかないと全員が首を横に振り、ラピスは眼鏡の位置を直しつつ嘆息した。

「では仕方ない。できるだけ密集してくれ。十字路前で皆を包むように障壁を張る」


「四つ辻は不吉ってな。鬼が出るか蛇が出るか」

「オーガやアナコンダなら、こんなに困らへんわ」

「いや、オーガはヤバい。タチが悪いのがいるんだぜ」

「そうなのか!?」

「ええい! 無駄話は止せ。バリアを張るぞ。魔力よ! 我らを包み守る泡となれ! 全周障壁! アフロス・スクトゥ……ムォオッ!?」

――ドゴォンンッ!!

 ラピスが呪文を唱え終える刹那、地面が鳴動し、足下を掬われ全員が吹っ飛ばされた。

 いや、巨大な『何か』が、下からぶつかってきたのだ!

 辛うじて間に合った魔法障壁に激突し、四方に冒険者を跳ね飛ばしながら、灰色の巨体を再び床に潜らせていく。

「なっ、なんやあれぇっ!!」

「ツムギ、正体判定は!?」

「ダメだ、オレは見てない! 見えなかった!」

 錬金術士のスキル『怪物知識』とて、対象の情報がなければ発動せず、少なければ精度が下がる。

 不意打ちで吹っ飛ばされたツムギは、怪物を見ていなかった。

「くそっ、アイツ……床を掘ってねえ! 潜ってやがるぞ!」

 重心が低いドワーフ娘はいち早く起き上がり斧を構え、歯噛みした。

「ンヒ? 潜ったん?」

「見ろよ、床に穴なんか開いてねえ! 下から飛びかかって来やがったのに!!」

「壁抜けか! マズいぞ! ここは四方八方、壁から好きなように飛びかかれる!」

「皆、こっちに集まれ! 障壁の中に……どぅわっっ!?」

――ドォンッ!!

 今度は十字路の角から飛び出した紡錘形の巨大な影が、再びラピスを襲った。

 咄嗟に庇ったザン・クと共に、障壁ごと通路の奥へと跳ね飛ばし、二人は皆の視界から消える。

「ラピスッ! ザァンクッ!!」

「追うぞツムギ。って、オマエッ! 大丈夫か?」

 二人を助けるため駆け出そうとしたベルガが、壁に叩きつけられていたツムギを見て血相を変えた。

 怪物は行きがけの駄賃に、ツムギも吹っ飛ばしていたのだ。

「うっ、あっ」

「キヒッ! マズいねん! 逃げるん!!」

 流血神の加護か闇妖精の直感か、ジェビがサシャを横抱きに反対側の通路へ跳躍した。

 その直後、床から天井へ飛び上がる怪物。

 同時に斬馬刀めいたヒレが、ベルガを打ち据えようとして。

「どちくしょおがぁあああっっ!!!」

――ダァンッ!!

 幅広の斧頭で受け止めた女戦士は、ラピスたちの消えた通路の奥へ転がされた。

「サシャ! ジェビ! 逃げろっ!! 《オレたち》がコイツを引きつける!!」

「そんな、アカンッ!! 逃げるならみんなでやぁっ!!」

「言い合ってる場合じゃねえ!! 《オレたち》なら大丈夫だ!!」

「ンヒ。そうだねん。行くよん!!」

 トーヤの元に駆け寄ろうとするサシャを抱き上げ、ジェビは三人が消えた通路へと素早く駆け出す。

「はなしっ、放してやああっ!! トーヤぁああああああっ!!!」

「逃げ延びろよ、サシャ。おらぁっ!! バケモンっ!! テメェの相手は《オレたち》だ!!」

 皆を追わせぬよう、脳しんとうを起こしてぐったりとしているツムギを担ぎ、床を踏みならす。

 盗賊、いや忍者の超感覚でジェビが遠く駆けていくのと、壁の中を移動する怪物の接近を肌で捉え、身構えるが。

(変身できねえっ!?)

 迎え撃つべく蛹化変身しようとして、躯が反応しないのに驚く。

(ツムギの意識がねえせいか! くそ、集中しろ)

(変身できる!! オレだけでも《オレたち》なんだ!!)

 素肌を触れあわせ、一体感をイメージして、ツムギのナカへと染み入る感覚、深くへ、深くへ。

 だが、まだ繋がれない。

 肌ではダメだ、もっと強く深く、繋がらなければ!!

「ちぃっ!! 早すぎんだよ、バケモンが!」

――ガバァッ!!

 眼前に迫る巨大な顎、無数の乱杭歯。

「ツムギ、すまねえっ!! んんぅっ!!」

――ガヂュリッ!! ゾブブッ!! ドチュッ!!

 四つ辻に鮮血と肉片、臓物を撒き散らし、悠然と壁の中に消える怪物の巨体。

 その牙に引っかかっていたトーヤの腕が、壁に引っかかって通路に落ちた。

 そして血だまりの中に残る……無惨に噛み千切られた二人の腰から下。

――バチャァ……。

 無惨な断面から血を噴き出し、両断された残骸が血の海に沈んだ。

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