第十四節 夜明け
新車ガーとかメンテナンス性ガ―とか散々ほざいてたクセに、テンがもったいぶって乗ってきた車は、クリーム色の良く見るセダンだった。
「お前マジなんっも分かってねぇな、大衆車ってのは最も洗練された機能とデザインなんだよ。無駄がねぇ、実用的!これ以上いい車ってあるか?それに実際スポーツカー走らすとこねぇしな」
「やっと気づいたか?結局こんなご時世な、車なんて廃れる運命なんだよ」
「お?それが乗せてやってる恩人に対する態度か?この高速だって歩いたらまた二時間とか掛かんだぜ?」
ハイハイすいません、なんて適当に返事しながらサイドミラーを覗き込む。
だだっ広くてボロボロの高速道、走る車は俺たちと後続の三台だけだ。
ムスタングだかマスタングだかいう名前のすげぇエンジン音の車と、車輪が八の字に広がる改造がしてある黒いボックスカーと、一メートルぐらいのウイングが付いたピンクの車だ。ゴリゴリに改造してあるのが素人目でも判るし、どう見たって俺らのだけ浮いてる。
「なあ……、あの人たちホント大丈夫か?何繋がりだよ」
「ネットネット、会うの初めてだけどいい奴ばっかだから心配すんな」
サイドミラーから後続のボックスカーの車内が見える。モヒカンの兄ちゃんと鼻ピアス黒グロスの女がチューハイ片手に後部座席でヘドバンしてて、その間にスーツ着たバーコードハゲのおっさんが革カバン胸に抱えて怯えてる。絶対大丈夫じゃねぇ。
ため息つきながら前を見た。
猛スピードで走ってんのに、暗闇で動くのは高速の白線だけ。時々ひび割れに引っかかって車が揺れる以外は静かなもんだ。
なんつーか、平和だな。
「テン結局いつから仕事すんの?」
「書類通ったら来月からだってよ。大迫さんがメッチャ社長に言ってくれたから多分大丈夫って言ってた」
「最初見習いとかだろ?コキ使われるぜー?」
「何の仕事でも変わんねぇだろ、お前だって半年後には下っ端だぜ」
「まぁなー」
サイドミラーから、今度は後部座席を覗く。
ちょっと開けてる窓から風が入ってて、浅緋の髪がかすかに動いてる。すっぴんのクセにビックリするぐらい肌が白い。
「…‥お、着いたっぽいな」
ずっと真っ暗だった高速道の向こうに『検問』のサインが出てきた。車がゆっくり停まると隊員が無言でこちらに歩いてくる。隊員は一台ごとに窓を開けさせて人数を確認して、トランクの中をみる。全部終わるとこっちまで戻ってきて、もう一度助手席の窓をノックした。
「十一人だな」
「ああ、一応ね」
兄チャンは後部座席の浅緋に目をやる。
「ホントにこれで助かるんだな?」
「確証はないけどな、でもきっと大丈夫だ」
「一時間だぞ、必ずそれ以内に帰ってこい」
「分かってる」
返事を聞き終えると、兄チャンは一歩下がって敬礼した。右手の真っ青な飾りが光ってる。
兄チャンはあの事件の後から雰囲気が変わった。ずっと付き合ってた彼女を亡くしたのはもちろん一因なんだろうけど、それだけじゃない気もする。暗くなったってより迫力が出た気がする。俺は今の兄チャンの方が好きかな、俺が変わったのか向こうが変わったのか判んないけど。
敬礼を返すと車はもう少し進んで脇道に入った。整備されてない砂利道をガタガタ進む。途中何回かシャコタンのボックスカーをみんなで押した。
砂利道を超えた先の駐車場で車を止める。テンを最初に連れてったのが懐かしいな、相変わらず錆びた車が辛気臭く並んでる。
「松尾ちゃん寝てんのか」
「中で待たせるか。計画通りならすぐ終わるだろうし」
「んじゃ早く行こうぜ、もう結構明るいぜ」
後部座席に身を乗り出して浅緋の手を軽く握ると、胸元の勾玉が嬉しそうに揺れた。
――行ってくるよ
――うん、気を付けて
山道を登ると、洞窟は相変わらずにそこにあった。
「……結構暗いですな~」
「マジでこれの中行くんか、ハンパねぇぜ」
洞窟の奥は闇が広がる。暗くて、深くて、距離感が無くて。
ちょっと勇気が出なくて周りを見た。不安そうな顔、ワクワクした顔、泣きそうな顔、ニヤニヤした顔。俺はどんな顔してんだろう。
上はねずみ色の空。まだかすかに星が残った空を見回してみると、山を越えた辺り、ぽつぽつ浮かぶ雲の一つがほんのり赤っぽい色に染まりだしてるのが見えた。
もう一度全員見回して、声を出す。
「オッシ、行くか」
きっと夜明けも、もう近い。
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