第十節 いくじなし

 最初の一・二秒は、昇天って結構激しめ系なイベントだなって思った。直前まで頭に銃突きつけられてたんだから、誰だって死んだと思うだろ。

 ヘンだって思ったのはその後すぐだ。ジェットコースターみたいに身体がブンブン回って身体中ボコボコ殴られるのが旅立ちってのは何かちょっと話が違う。ジジババだったら天国行く前に複雑骨折じゃねぇか。何だか良くわかんなくて、やっぱ死ぬのはイヤだってことだけ考えてた。


 意識は飛んでなかったと思う、飛んでたとしてもほんのちょっとだ。

 すぐ起き上がろうとして手をついたら左の手首に嫌な感じがした。反射的に見ちゃったんだけど止めときゃ良かった、腕の外側の皮が火傷でめくれて傷口にガラスがビッシリ刺さってやがった。


 その後、急にコウユウの存在を思い出して身を屈めた。さっきの突風でどっかに吹っ飛ばされたのかもしれないけど、また襲ってくるかもしれない。店の中は嵐が直撃したみたいな荒れ方で照明も窓の外の光もない。目が慣れてくるのを待って、息をひそめてコウユウを探した。


 一分。

 緊張が収まってくると同時に左肩がまた気になりだした。傷口に指をグリグリされてるみたいに痛いけど、何時コウユウが飛び出してくるか分からない。

 二分。

 爆風の前にアイツがいた辺りの柱はちょうど俺の目の前で倒れてて、炭かなんかを吹きつけたみたいな部分に細かいガラスが刺さっててキラキラしてる。

 三分。

 ここで、やっと気づいた。


 コウユウはずっと目の前にいたんだ。

 黒い炭はちょうど人の背丈ぐらいの大きさで、よく見るとアイツが着てた服の模様が柱に転写してる。近くに落ちてた長い棒を突っ込んでみると、炭の中から溶けて固まったジッパーとか時計とかが出てきた。

 さっきの光、あれでコウユウは消し炭になっちまったらしい。とにかくコウユウが死んだ以上ここにいる理由はない。早く松尾のとこに戻んなきゃ。


 ――カツン

 特に意味もなくかき回してた炭の中で何かが当たった、結構大きいな。ヤケドしないか気をつけながら取り出してみる。丸く曲がった細長い石みたいな……。


 取り出して炭払って光にかざした途端、ギョッとして混乱して、最終的にガッカリした。ウソつかれたのに気付いた時って結構子どもはショックなんだぜ、大人ってそういうの知ってんのかな。

 捨ててやろうかとも、草薙さんに皮肉で送りつけてやろうかとも考えたけど、なんだか松尾に似合う気がしてポケットに突っ込んだ。死体から取り出したとか言ったら気味悪がるだろうけど、ハイターで消毒しとけばバレないだろ。


 真っ暗なレストランをフラフラしながら出口に向かって歩きだした途端、瓦礫が崩れてフロアから滑り落ちた。


 さっきの突風に耐えたと思ってた建物は、ホントは無事でも何でもなかった。三階フロアは二階を押しつぶして、レストランがある辺りだけが一階に斜めに寄りかかって辛うじてバランスを保ってるみたいだった。フラフラしてるのは俺の三半規管がイカれてるわけじゃなくて、フロア自体が傾いてたんだ。


 瓦礫で潰れかけた通路をかき分けながら地下まで歩く。駐車場もコンクリートが剥げ落ちてるだけで潰れてはないけど、爆風が圧縮されたのか車はほとんど吹っ飛ばされて駐車場の片側に折り重なってた。

 松尾がいたはずの場所は柱ごと無くなってて、松尾の横にあった車は十メートルくらい吹き飛んでひっくり返ってる。松尾がうつ伏せで倒れてたのはその車のそばだった。なんだか廃墟に放置されたマネキンみたいで、全然生きてるように見えなかった。


「松尾、おい松尾!」

 後ろから抱き起こそうとしたら、身体がぐにゃっと曲がってゴーグルが落ちた。そのまま瓦礫がない場所まで引きずって身体を仰向けにする。


「うわっ!」

 気絶してると思ってたから、身体を起こした瞬間叫んじまった。

 松尾はバキバキ音がするぐらい強く歯ぎしりして、口から泡を吹いてた。頸には何本も筋が走ってて、握りこぶし作って腕を痙攣させてる。呼び掛けて身体を揺すっても全然様子が変わんなくて、呼吸もうまくできないのか時々「グギ」とか「ガギ」とかいう呻きが漏れてる。

 慌ててポケットに手を突っ込んで草薙さんに渡された注射薬を取り出した。エピペンみたいなそれを袋から出して、震える手で松尾の太ももに突き刺す。


 刺された直後、松尾の身体がぐんと伸びた。さっきよりもっと呼吸が荒くなって唸り声を上げはじめる。なんか死ぬ前の最後のあがきみたいな気がしてすごく怖くて、鼻水啜って何度も名前を呼びながら背中を撫でた。

「ブハァ!ゲハッ、ゲハッ!」

「松尾、松尾!大丈夫か!」

 ウワァァァ!と、今度は松尾は頭抱えながら耳が潰れるぐらいの大きさで絶叫した。埃だらけになりながら地面を転げ回って足をばたつかせてる。

「うぁ、アァ、いでぇ、ちっくしょう……」

 ペットボトルの水を手に握らせる以外、ただオロオロしながら地面に転がる松尾を見てるしかできない。


 ――もう止めよう、お前が苦しんでるのを見るのが辛い。

 コイツに比べりゃ別に命賭けてるわけでもないのに、こんなこと言う勇気すらなくて、松尾が呻く横でメソメソ泣いてるだけだ。情けなくてしょうがなかった。


 松尾が唸りながら身体を起こして、手をゴーグルに伸ばす。

「バカァ、もう止めろよ!死んじまうだろ!」

 俺、なんでこんなことぐらいしか言えねぇんだろ。

「早く……、よこせぇ」

「もう止めろ!なんでお前が死ぬ思いするんだよ!逃げたって何が悪いんだよ!」

「ダメだ、ガメラ……目ぇ、やられちまった」

「バカ……、お前バカだろぉ」

「時間が、ねぇ。あたしが、目になって、ケリを」


 松尾は言い終わる前に身体をこっちに向けると、膝を抱えて上半身を地面に倒した。

「……何だよ。何、してんだよぉ」

「見りゃ、分かんだろ。頭、下げてる」

「ふざけんじゃねぇぞ!」

 でも、松尾は痛むはずの頭をガンガン地面にぶつけながら頼んでくる。

「なぁ、考えて、くれや。どうすりゃ、アイツに、トドメ刺せんだ」


 俺、もうわかんねぇ。

 コイツを苦しませないために、コイツのために俺が何すればいいのか。結局、火環の結の地下の時から俺はなんも成長してないんだ。俺なんて、コイツのために何にもできないんだな。

 

 何度かシャツで涙を拭いて、結局俺はいくじなしだった。

「……海だ。水の中。しっぽ噛みついて、水蒸気爆発なら」

「おし」

 フッと息吐いて松尾は身体を上げて近くの壁に背中を当てた。ボロボロで埃だらけだけど、真っ黒で丸い眼はいつもの松尾だった。

「行ってくる。助かるぜ、内田……、誠二」


 そう言い終わると、松尾はゴーグルに右手を当ててグイッと目元に引き下げた。

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