第六節 嫌な思い出

「いいか、服めくるからな」

「マジ、マジゆっくりやれ!マジで」

「うっわぁ……ヤッバ。結構血ぃ出てんぞ」


 あああ。マジで最っ悪。

 駅地下のショッピングモールの中にある防犯用品店でカッパらった催涙スプレーを追手の一人の目ん玉にブチまけてやったまでは良かったんだ。一人倒したからって浮かれて調子こいた瞬間、モールのど真ん中で俺は拳銃で撃たれた。


「見りゃ、分かんだろ……バカ。う、腕、どう……だ?」

「腕ついてるぞ、大丈夫死なねぇよ、そんなに出血してねぇ」

「ちげぇよぉ、腕の、裏ッ側見ろ、貫通してるか」


 たぶん俺を銃で撃ったのは追手の最後の一人、草薙さんが吉川コウユウって言ってた奴だ。撃たれた時はすげぇ衝撃で、左肩の辺りを思いっきり蹴っ飛ばされたのかと思った。左腕に焼けた鉄かなんか押し付けられたような感覚がブワッと広がったのは覚えてんだけど、その後なんも記憶がない。テンが言うにはぶっ倒れて気絶したらしい。


「貫通っていうか抉れてるって感じだぜ。腕グッパーできんだから骨も大丈夫っぽいぞ」

「早く、縛れぇ……。思いっき、グフゥェェ!」

 ふざっけんな、まだ準備出来てねぇのに!しかもマジで思いっきり締め上げやがって!

 ゲロ吐きそうに痛ぇ。何となくそんな気がしたけどまたションベン漏らしてるし。俺はコイツに何回おもらし見られるんだ。


「どうだ、動けっかよ」

「キッツい、マジ痛ぇ、気分わりぃ……」。

 マジ生きてんのも嫌になるぐらい痛ぇ。だいたい左の二の腕なんて呼吸に全く関係ないだろ、なんで息継ぎするだけでこんなに響くんだよ。目がぐるんぐるん回ってて壁に寄りかかってんのがやっとだ。


「追手は、コウユウは?」

「まだ通りの反対側だ、ここに来たら分かる。いいからお前もうちょい休め」

 俺が撃たれた後、テンは俺と松尾を担ぎながらギャオスがウヨウヨしてる表通りを二ブロック駆け抜けてこの百貨店に飛び込んだらしい。血流してるとこをギャオスに見られてるってのはもちろん危険だけど、逆に言えばギャオスに目をつけられたこの建物周辺はコウユウも近づき辛いはずだ。


「セイ、お前この後どうすんだ」

「考えがある、陽動だ」

「ヨウドウ」

「目ぇ逸らすんだ、ギャオスと、セイリュウ」

「そうじゃねぇよ、この後のお前らだ。どうやって逃げるんだよ」


 クソ、対処することが多すぎる。

 追手のやつら、三人とも俺たちのこと完全に殺しに来てやがる。テンのフィジカルなら逃げきれるかもしれねぇが、身動き取れない人間二人も抱えて逃げるのはさすがに無理だ。

 それに、ガメラの方も状況が良くない。さっきのタイマンのチャンスを逃した後、小型ギャオスの大群が割り込んできてガメラは空に逃げるしかなかった。火球でなんとか隙を作って離陸したけど、今は大型ギャオスと鬼ごっこ状態でセイリュウも群れがガードしてるし、何とか隙を作らないと切り込めねぇ。

 誰かが助けに来るなら別だろうけど、あいにく当てになるのは草薙さんぐらいだし、あの人だって俺たちが今どこで何してるのか把握してるか怪しいもんだ。暴風雨が収まり次第核が落っこってくるような場所にのこのこ人助けに来る奴なんかいるわけねぇ、俺ら自身で何とかしないと。


「お、おい……大丈夫かよ。まだ休んでろよ」

 リュックにあった頭痛薬をバリバリ齧ってから、身体を起こして壁伝いに歩く。一歩ごとに左腕がガンガン響いて深呼吸しながらじゃないとまともに動けねぇ。


 俺たちが今いるのは、百貨店のエントランスから三階まで続く吹き抜けの一番上だ。ガラス越しに店の外を見ると石畳っぽい洒落た大通りがある。通りには綺麗な高層ビルが沢山建ってるけど、時々その間に古ぼけた建物も見える。


 ずいぶん変わったな、ここ。

 ガッカリするだろうし、どうせ見つけたってロクでもない記憶が蘇るだけだ。そんな予感もするのに、やっぱり探さないわけにいかなかった。ガラスの壁に手ついて通りを見回してみる。


 あった。

 建物は思ってた以上に古臭くて小っちゃかった。あの頃はこの辺で一番デカいデパートだったのに、あれじゃ屋上に上がったってビルの壁しか見えねぇな。水色の上塗りしたペンキが劣化してて余計に貧乏くさい。

 あんなの全部、どうせ下らない家族ごっこだ。


「テン、頼みがある」

 追手から逃げるチャンスをつくって、ギャオスの気も引く。

 腕が痛すぎて全然頭が回んねぇけど、思いつくのはこれしかない。理に適ってるとは思うけど、意味ないかもしれない。でもこの作戦をやるなら場所はどこだって変わらないし、それなら中の構造を知ってるあのデパートが一番いい気がした。


「お前と松尾ちゃんはどうすんだよ」

「デパートの中はよく覚えてる。とにかく時間は稼ぐから」

「工場は近そうだけどよ、オレやり方とか分んねぇよ。多分誰もいないぜ?」

「分かんなかったら放火でもすりゃいいじゃん、引火すんだろ」

「お前ってさ、知識あるけど結構モラルないよな。法律平気で破るし」

「うるせぇ、とにかく時間通りにな。六時三十五分と四十五分」

「二回もやんのかよ、完全テロリストじゃんオレ」

「とにかく頼む、生きてたら俺がやったって言うから」


 気ぃ失いそうになりながらエントランスまで降りると、二人で防災グッズのアルミブランケットの上にパーカーを羽織った。テンが松尾を担ぎながら俺に肩を貸して、二人で土砂降りの大通りを走り抜ける。フラフラになりながら水色のデパートに入って正面階段の前で松尾を下ろすと、テンが反対側の出口から大雨の中を走ってくのを見送った。

 松尾を右腕で抱えてみるけど、相変わらずうんざりするぐらい重い。すぐ諦めて舌打ちしながら階段を見上げると、劣化した天井に見覚えのあるひび割れたタイルをみつけた。


 正義のヒーローなんかいるわけねぇ。


 もう一回舌打ちをしたあと、松尾を引きずりながらエレベーターに向かって歩き始めた。

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