第五節 逃げよう
「隊長、衝突を確認!」
「ああ、見えた。真琴、いいか?」
「準備はできてる、行きましょう」
上空を舞うギャオスの目を忍び、パジェロがゆっくりと動き始める。
「時速十キロを目安にして下さい。ギャオスは動体視力が良い分、このぐらいの速度の動きが認識できないから」
「了解。直接巣へは向かわず、まず巣が観察できる中継地まで移動する」
緊迫した任務とは裏腹に、車窓の外がのろりと動き出す。耐水紙の地図を後部座席に渡すと、バックミラーの向こうで真琴はマーカーで書かれた『中継地』と『巣』を指でなぞり選定したルート候補を確認し始めた。
高校時代から変わらない書類を読むときの癖を見ていると、なぜだか浮かんできたのは高校時代の思い出だった。下手な口実を作って行き慣れない図書館の学習ブースに行き、勉強会と言いつつ気もそぞろで集中もせず、彼女の頭頂部を見ながら次の約束を取り付ける口上ばかり思案していた記憶が蘇る。
暫く進み続けると、少し先で道路の真ん中のアスファルトがめくれあがっているのが見えた。後部座席で丸まっていた背に負荷がかからぬよう、緩くブレーキを踏み込む。
「……もう中継地ですか?」
「いや、まだまだ先だ。衝突で路面状況がかなり変わってる、迂回しよう」
「どっち行きます?」
「外の様子を見てくる。さっきの衝突で高層ビルが派手に倒れたからな。本来は左が近いんだが、先の路面が崩壊してるかもしれない」
「じゃあ俺が行きます」
「いや、でもな」
「俺が行きます、ルートは隊長にお任せしてますから」
ぶっきらぼうに言うと武藤は雨具を頭からひっかけて外に出て行った。雨粒が大きく路面で跳ねて、武藤の足首から下が消えてしまったようで気味が悪かった。
扉が閉まると耳がツンとするような静寂が広がる。真琴は気にしないそぶりで地図とモバイル端末を見つめ、自分は彼女の頭頂部を見つめながら言葉を探した。
「……何をしに行くのか、どうしても言えないのか」
「さっき言ったとおり、秘匿事項だから」
「真琴じゃないとできないってことは分かった。じゃ、終わった後真琴はどうなるんだ?」
「……」
「みんなのためなんだろ?そのためにこんな危険な、しかも秘密の任務をやるんだ。その後どうなる?」
「……ゴメン、わかんない」
「終わった後は、もしかしたらガメラが負けて核が落ちるかもしれないけど、でも元通りなんだよな?」
真琴は少しだけ顔を上げ、地図から目を離して運転席の後ろの辺りを見た。
「……たぶん、元通りにはならないと思う」
「それは日本がか、真琴がか?」
「……たぶんショウとも、あんまり会えなくなるかも」
「なんで」
「もしかしたら、もう会えないかも」
訳も分からぬ怒りがこみあげ暫くはその自制だけに集中していたが、ふと彼女がなにか言葉を継ごうとしているのに気付いた。静寂の気まずさは雨音に任せ、ただ彼女の言葉を待つ。
「ショウ、あのね。一緒に、一緒に逃げよう」
自分が高台で言おうと思った、言うべきだったと後悔した言葉を告げられ、頭が混乱する。
「今……?」
「ううん、そうじゃないの。全部終わったら、一緒に二人で逃げようよ」
「なんで」
「きっともう私は日本にいられない、いてもきっと私は消えちゃう」
「どういうことだ、狙われてるのか?」
「そうじゃないの、私の勝手でもあるから。でも方法ならあるの。確証はないけど……」
「逃げるって日本を出るってことか」
震える声の調子が沈み、高揚した顔が下を向く。
「ゴメンね、変なこと言って。ショウはお家の人もいるし仕事もあるのにね」
「なあ頼む、一人で抱え込むなよ。俺になんかできないのか」
「ううん、やっぱ今の忘れて。ちょっと緊張してて、そんな風になったらいいなって、ヘンなこと考えただけ」
「あのな、それじゃお前は」
後ろに身を乗り出そうとした瞬間、運転席の開閉音で二人は我に返った。ムッとするような外気は、冷房の人工的な寒気を瞬く間に押し出していく。
そして武藤が席に収まると、パジェロはまたのろのろと中継地に向かって走り始めた。
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