第八節 コウユウ

「今、地下の駐車場だからな。駐車してある車の物陰だ」

「――」

「三十五分と四十五分に花火が鳴って、その後テンと一緒に迎えに来るからな。それまで上で時間稼いでくっから」

「――」


 話しかけても、当たり前だけど松尾は死んじまったみたいに何の反応もしない。そっと背中のサーバーを松尾の隣に置いて立ち上がる。

 痛みはだいぶ慣れたけど、やっぱ普段の半分ぐらいの速さで歩くのもしんどい。天井の低い駐車場をまっすぐ横切って階段に向かう。


 建物がボロいのは想定外だった。外観とかがボロいって意味じゃなくて、衝撃かなんかでそこら中の壁にヒビが入ってんだ。エレベーターも動かないし、ダメ元でチェックした警備室のモニターもやっぱり電源が落ちてて動かない。せめてコウユウが建物に居るかどうかだけでも知っときたかったけど。


 仕方ねぇ、階段上るか。

 気ぃ抜けないのは分かるけど、腕が痛すぎて周り見てる余裕もねぇ。一段上がるたびに口でヒィヒィ息継ぎして、響かないようゆっくり歩く。腕時計してる左腕上げんのもキツイ。

 階段のフロア表示も古臭くて昔のまんまだ。あん時はまだ小さくて、階段に人がいっぱいいて迷子になりそうだったんだよな。下からずっとおんぶしてもらったっけ、それで――。


 一階の婦人服コーナーもボロボロだ。コンクリートの破片が沢山落ちてて、見上げるとギョッとするような亀裂が天井を走ってる。壁際動いた方が良さそうだな。

 おばちゃん臭いラインナップが中心で、若者向けのコーナーは少ししかない。遠目から見れば松尾のと似てなくもないようなシャツを取ると、近くにあったマネキンに着せて肩で担いだ。髪型のカツラも何となくそれっぽい。


 二階に向かう途中、思わず声を上げそうになった。

 サングラスの向こうで空中戦を続けてたガメラにギャオスが後ろから掴み掛かった。バランスを崩された瞬間、二体は突然黄色いガスに覆われた。

 ガスの噴射は一瞬で、二体とも勢いのままガスの塊から抜けた。でもガメラはジェット噴射の炎が消えて、ギャオスがしがみついてるせいでバランスが取れない。そのまま二体とも地面に激突する。あれは麻酔ガスかなんかか、ギャオスのやつあんな攻撃があったのかよ。

 映像は墜落した辺りをズームするけど煙で何も見えない。レーダーにはもう一体の大型ギャオスとセイリュウがガメラまで近づいてるのが映ってる。時間は三十三分か、もうちょいだ、もうちょっとだけ粘れ松尾。

 ガメラの火が使えないなら逃がすしかない、なにかいい遮蔽物探して松尾に伝えようとポケットマップを広げた時だった。


 サングラスが無線を拾ってブツンという音を立てた。テンか!どうしたんだ、失敗か?

『ザッ……、ジ……えるかい。内田誠二くん』

 反射的に息を飲んだのを無理やり手で押さえたら、マイクを叩いて盛大に雑音が入った。

『……聞こえたようだね、吉川孝友だ。コウユウと聞いているかな』

 頭がパニックで鼻血出そうだ。なんだコイツ!なんでコイツが無線に入れるんだ、どういうことだ!

『あまりこちらも余裕がなくてね、手短に話そう。松尾浅緋をこちらに渡すんだ』

 クソ、絶対に無視した方がいいのに状況が分からなすぎる。返事せざるを得ない!

「……なんで、お前がこの無線を使えるんだ」

『大森くんだったね、彼は死んだよ。彼の無線だ』

 叫びそうになるのを何とか堪えた。嘘だ、ウソに決まってる!


 落ち着け、整理するんだ。

 テンが俺たちを置いて建物を出たのが十分ぐらい前。そこから追いかけて、ギャオスに睨まれながらテンを射ち殺して建物に戻ってくるとして、十分って時間は中途半端じゃないか?しかもテンは歩いて行ったわけじゃない。暴風雨の中でギャオスに狙われないよう走り回る野獣を銃で撃って仕留めるなんてできるか?

 でも、もし嘘だとして、なんでコイツは無線が使える?そこまで俺たちの情報は筒抜けなのか?コイツは一体何なんだ。

「ま、松尾を、どうするつもりだ」

 時間が要る。どうでもいい質問で時間を稼ぐんだ。

『君の出方次第では殺さずにおくこともできる、と言っておくよ』


 多分テンは無事だ。でもコイツはテンと俺が連絡を取り合えないことを知っている。ってことは、コイツは俺とテンが別行動をしているのを見たんだ、テンが外に出たのを知ってるんだ。


 ってことは、コイツは今この建物の中か。今更生かしとく気もない癖にベラベラ喋るのは、松尾の場所を検索するためか。なら地下に行かせるのはマズい!


「大体なんで松尾を狙うんだ」

 食器コーナーの皿を五メートルぐらい先の壁にブン投げてマイクをそっちに向ける。皿が割れる音の後、無線の向こう側で足音が早まるのが聞こえた。

『彼女は都合が悪くてね。我々を根幹から崩壊させかねない』

 三階を抜けてレストランに逃げ込む。なるべく薄暗い場所に駆け込んで、サングラスのビジョンに目を凝らす。


 ガメラは墜落地点からあまり離れてない場所でうずくまって、いわきで見た時みたいに背甲を逆立ててエアーを排気してた。上から踏みつけてるギャオスが逆立ったウロコを力任せに剝がそうとしてて、しかもさらに向こうから尾を真っ赤にしたセイリュウが走ってきてる。時間は三十四分四十五秒。秒針がやたらゆっくり回って目の前で真っすぐになるのを、何度も唇舐めながら見続けた。


 三十五分〇〇秒。


「今だ、やれ松尾!」

 数秒間を置いた後、花火の閃光と、遅れて破裂音。昔と一緒。


 ギャオスが頭を上げる。力が抜けた瞬間をガメラは見逃さなかった、エアーを噴射して身体を反転させるとギャオスの首を腕に引っ掛ける。ブン回されたギャオスの目の前に、振り下ろされるセイリュウの尾。


 ――バキン!

 耳元で破片が飛び散ってシャツの中にバラバラ入ってきた。振り向いてみると背負ってたマネキンの頭が真っ二つに割れてる。

「本当、小賢しいねぇ君は。ますます生かしとく気がなくなったよ」

 銃を突きつけながら真っ暗な店内を細身の男が歩いてくる。身長は俺と同じくらいか、殺人なんかしそうにないホッソリした顔と真っ黒な髪に綺麗な花火の光が当たってる。声もゆったりしてて安心感があった。左手の長い指はサバイバルショップにありそうなゴツイ無線機を握ってる。

「さ、最初からそんな気ねぇだろ。今言えば見逃すかよ?」

「いや、苦しまないで死ねるというだけかな。それでも協力した方がいいと思うけどね。穴一つだけでもうんざりしてるんじゃないかい?」


 実際コイツの言う通りだ。今まで死ぬのなんて怖くねぇとか、太く短く生きりゃいいとか思ってたクセに、身体に穴ボコ一個開いただけで痛いのも死ぬのも怖くてしょうがなくて、コウユウが突きつけてくる銃の光沢が目に入ってきて目が離せねぇ。

 でも、今ここで俺の稼ぐ一秒が、きっとテンを、松尾を生かしてくれる。俺の寿命がアイツらの寿命になる、そうやって信じれば、こんなクソったれ野郎の拳銃のギラギラの前でも意地張れる。


 ビジョンの向こうじゃガメラの戦闘はクライマックスに差し掛かってた。ギャオスはセイリュウの尾が直撃してあっという間に燃えカスになった。セイリュウが尾を振りぬいたせいでバランスが崩れたのを見逃さず、ガメラはセイリュウに体当たりする。


「さ、最期だよ内田くん。もう一度だけ聞こう、浅緋さんはどこかな」

 汗がダラダラ流れる額に冷たい銃口が押し付けられて、その部分にギュッと血が集まってく。息が辛くて、口が半開きになる。


 ああ、ホントに終わりか。

 誰かと一緒ならよかったのに、お前と一緒ならよかったのに、最後に一緒に居るのがこんなイカレ野郎だなんてな。


 いつの間にか涙が出てて、上手く合わないピントでビジョンの動画を追う。

 顎に頭突きをまともに食らったセイリュウが銀色の鱗を散らしてのけ反る。ガメラは倒れ込むセイリュウを睨みつける。脚が止まる、前傾して構える。口から溢れる赤い炎。


 そっか、お前頑張ってんだ。俺、もう最後だけど、死んじゃうけど、頑張るわ。


「浅緋ィ、巣だ!撃てぇ!」


 これでいい、こんなやつに最期の言葉喋ったって仕方がねぇ。


 火球が巣目掛けて飛ぶ。小型のギャオスの群れが火球に割り込んで黒焦げになってく。


「……そっか。やはりお互い、自分の物語が一番美しいよな」

 額の上で銃口がズレて、コウユウが銃を強く握り込む感触が伝わってくる。でもそうまでされても、俺は最後までコウユウを見なかった。

 セイリュウがボロボロの身体を起こしてガメラに飛び掛かった。爪を顔に立てガメラの目の前に顔を突き出す。


 そしてその時。

 俺は確かにセイリュウの目が開くのを見た。



_______________________



本作は七章構成で、次週の七章後半をもって完結となります。

長編でしたがここまでお付き合いいただきありがとうございます、最後までお楽しみいただければ幸いです。

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