第三節 決意
「ガメラ着陸!噴煙を確認!」
「どこだ、水戸市内か?」
「まだわかりません、煙の位置からビル街の辺――」
言葉を続けようとした武藤が軽くよろける。砲撃や爆撃特有の衝撃。地震とは少し違う、内臓を鋭く揺する振動が伝播する。
「管制のレーダーからガメラ消失、空自も追えてません!」
「巣に到達したのか?ガメラとセイリュウの位置関係は!」
「あれ見て!」
真琴が指さす彼方、鋭角的なフォルムの飛行体が急降下する。暴風に横殴りにされながらも、海中に狙いを定めた海鳥のように迷いなく黒煙の根元に突入していく。がむしゃらに胸に下げた双眼鏡をまさぐり、グリップに右手が収まった時だった。
突入していたギャオスが赤く炎上した。
何物も止め難く思えた勢いは完全に失われ、二百メートルにも至りそうな巨大な翼が火炎に包まれて身もだえし、もがきながらゆっくりと地面に落ちていく。
火球で迎撃したのか、そう理解した瞬間雷鳴のような鈍い轟音がこちらに届いた。
「隊長来ました、空撮です!」
結局名も知らぬ上官は、突入は各自の判断に任せると言い残して去り、置き土産にCPが持っている映像・レーダー情報を傍受できるモバイル端末を残していった。十年以上無線以外の通信機器の使用禁止が骨身に染みている手前、こういったものが身近にあるのはむず痒い。
画面はガメラの着陸で半壊したビル群を見下ろす。暴風の中で有人ヘリや偵察機を飛ばすとは考えづらい、恐らくドローンによる空撮だ。煙で鮮明ではないが画面内のところどころで小さな火の手が上がっていて、特に画面中央の炎が目を引く。その炎は消えつつあったが油のように執拗な粘り気をもってまとわりつき、醜く焼かれた怪鳥の輪郭を縁取っている。
「すごい……。この大きさ、第一次衝突の大型戦闘相クラスよ」
「コンビナートで吹っ飛んだっていうアレか」
「こんな巨大な個体が初手で切り込んだとしたら、このクラスがまだ上空に何体かいるわ。ユーラシアから流入してる規模が予想よりずっと大きい」
「隊長、そこの手前!」
ひと際黒い巨大な影が画面下からぬっと現れる。特徴的な背甲と扁平で長い腕が這うようにギャオスに迫る。ギャオスは辛うじて繋がった左翼を引きずりながら、欠損した顎でなんとか相手をけん制しようとしていた。
だがガメラは歩みを止めない。ギャオスの左肩の辺りに右腕を回すと無理やり地面に引き倒し、そのまま首の付け根を咥えるとぼろ雑巾を投げるようにギャオスの巨躯を横にあったビルに叩きつけた。撒き上がるガラスとコンクリート。そして彼方から聞こえてくる甲高い悲鳴のような咆哮。
強い。
ガメラの周りには、まるで巨船に近づくカモメのように小型のギャオスが周回している。だがどこまでも好戦的な性質のギャオスを以てしても、自身をはるかに上回る個体の惨殺を見せつけられ、防衛本能が接近を拒絶していた。渦巻く殺意が取り囲む中、ガメラはゆっくりと方向を変えると西側に進み始めた。
「隊長、セイリュウの下に巣らしき形状の穴が見つかったそうです。ガメラの着陸地点から直線距離で十五キロほどとのこと」
「それなら、巣は無事なのね?」
「そこまでは。ただガメラはセイリュウと当該地点では衝突してないんで多分健在ですね」
「隊長、突入の準備を。セイリュウが現在位置から離脱してガメラと衝突したタイミングで私を巣に連れて行ってください」
「ホントにやるのか?あんな状況だぞ?今お前がやらなきゃダメなのか?」
命令の意義を疑わないこと、問わないこと。無駄なく円滑に任務を遂行するため十年近く守ってきた則を瞬く間に二つ破った。身の丈ほどのがれきが宙を舞い、数百トンの巨体が放り投げられるような世界など、人間が立ち入っていい場所とはとても思えない。真琴でなければだめなのか、今でなければだめなのか。自分の生死はともかく、真琴を失うなど恐ろしくて想像すらしたくない。自分の力が彼女を守り通せるのか自信がない。
「これは私にしかできない任務よ。皆の存亡がかかってる」
「みんなって日本のってことか?」
真琴は瞬きをしながら軽く目線を外した。
彼女は嘘が苦手だ、この癖が出る時は言うべきことを隠す時だ。図らず琴線に触れたか。
「命令は下されているはずです、予定通りお願いします」
わかったと返さなかったのは、ただ怖かったからだ。逃げるように車に戻って大判の地図とマーカーを引っ張り出した。
無駄なく円滑。そして迅速、安全で確実。
地図の上で何度も落石を起こし攻撃を喰らい、アスファルトをめくりあげる。目的地までのルートと脱出ルート、そしてそれぞれの迂回路をシミュレーションして頭に叩き込む作業を何度も繰り返すうち、いつの間にか内田昭一は元の自衛官に戻っていくのだった。
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