補節その二 血の記憶
殻を破る爪に宿るは、血の記憶なり。
い出来ぬ同腹を喰らわすは、血の記憶なり。
苦しみに似た肉への渇望を呼ぶは、血の記憶なり。
◆◆◆
我の目は月明を避ける影を逃さぬ。
我が胸は火を払い闇へと還す。
我の翼は風を切り凪を裂く。
我が脚は大地を蹴り巨木を砕く。
我が喉は岩を切り鉄を穿つ。
我が咢は革を破り肉を抉る。
そして我が血の命じるまま、我は糧を喰らい彼へと向かわん。
◆◆◆
我は生を受けず、臆することなし。
我は個を持たず、滅することなし。
我は理を外れ、囚わるることなし。
我に真はなく、留まることなし。
我に時はなく、憂うことなし。
我に我はなく、ただ血に従うのみ。
◆◆◆
彼の者を見るは幸福なり。
彼の者に対するは幸福なり。
彼に爪突立てるは幸福なり。
彼の肉啄ばむは幸福なり。
彼に殺さるるは幸福なり。
彼に焼かるるは幸福なり。
彼に砕かれるは幸福なり。
彼に裂かれるは幸福なり。
その身を暴風に千切られ、他の贄となるは幸福なり。
彼の背甲に飛び掛かり、首を折らるは幸福なり。
胸の瘴気を浴びせかけ恐ろしき禍炎を封じ、彼の者とともに天から落ち、頭蓋を割らるは幸福なり。
小さき体で、弱き顎で、短き翼で、丸い爪で、叫ぶしかせぬ喉を伸ばし、烏合と化して飛び掛かり、憎き太陽のごとく輝く彼の廻光に身を焼かれ、一矢報いることも叶わず誰が留めることもなく、何も残さず灰燼と化した未熟な子らは幸福なり。
同腹を食むは幸福なり。
人の血を啜るは幸福なり。
彼の血を浴びるは幸福なり。
彼の心臓に嘴突き刺すは、未だ見ぬ至上の幸福なり。
◆◆◆
我は願う、血の記憶が永久なることを。
我は願う、血の記憶が碑に刻まることのなきことを。
我は願う、血の記憶が我が血をすすり、遍く空を廻らんことを。
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