第六節 決意

 街外れの待ち合わせ場所に最初にきたのはキャンピングカーだった。

 シャワーで垢とフケを思いっきり落として、一週間ぶりにまともな白米を食べた。冷凍食品はすごく味が濃く感じて、辛みとかしょっぱさとかで目が回りそうだった。腹いっぱい喰い終わると三人ともいつの間にかソファーで寝てた。


「……くん、内田くん起きて。久しぶり」

 結局三時間も寝てたらしい、反射的に涎をすすって跳ね起きたけど恥ずかしいとこ見られちまった。テンと松尾もほっぺたにソファの跡がバッチリついてる。前向くと草薙さんと一緒に中村もいた。


「まずは連絡ありがとう、三人の勇気に感謝するよ。でも本当にいいの?」

 俺とテンが顔を見合わせる前に、松尾が「いいです」と返した。

「あたしが決めたんで。結局これしか解決法もないんだろうし」

「そんなことないんだよ、もう逃げたっていい。みんなが背負わなきゃいけないわけじゃない」

「でもセイリュウを倒せば、あたしが勝てれば丸く収まる。核も落ちない。あたしはそれがいい」

「死ぬかもしれないんだよ?」

「こいつらはともかく、あたしは構いません。長生きする気もないんで」

 俺は死にたくないけどな。そう思いながら横を見ると、あきれたような諦めたような顔でテンが見返してきた。何だかんだ俺たち付き合い良いよな。


「分かった、私たちもできる限り協力する。この前みたいに充実した施設は用意できないけど」

 そう言いながら中村がマイク付きサングラスを二つずつ出してきた。松尾の前にはVRゴーグル。そして最後に重そうなリュック型の何かが出てきた。

「これは移動型のサーバー、データはここに送られる。データの視聴は二人のグラスに半透明ディスプレイで映せるわ」

「あの、俺眼鏡なんすけど」

「グラスをかけて電源入れたら遠くの方を見続けてみて。わたしも目悪いんだけどソレ凄いよ?」

 遠くを何回か見ていたらあっという間にピントが合った。機材の使い方は特に難しくなさそうだ。ただやっぱサーバーはちょっと重い。

「草薙さん、セイリュウはどこに向かってるんですか?」

「自衛隊は宇都宮で食い止めようとしたんだけどもう無理ね。恐らく水戸やひたちなかに向かってるわ。これは正式発表されていないけど、セイリュウは卵を抱えているの」

 セイリュウのシルエットから産卵間近じゃないかというネットの噂はやっぱり本当だったか。


「なんで水戸かひたちなかなんです?」

「実はもう卵の大きさも判ってて、そこから推測すると水中に産卵する必要があるらしいの。付近に大きな河川もないし、海岸付近まで出て産卵するだろうって推測されてる。だからこの辺からガメラと繋がれば戦闘に巻き込まれることもないわ」

「いや、俺達はガメラのそばまで移動します」

「ダメよ!あんな中に飛び込むなんて危険すぎる!」

 草薙さんの顔が真っ赤になった。でもこれは思い付きじゃない。俺たち三人を、松尾を生かすためにずっと考えて出した答えだ。

「この前ガメラが負けたのは守るべき場所が沢山ありすぎたからだ。今回は隠れるような場所もないし、寧ろガメラの背後にいた方がガメラの力が分散しない。それに今回はセイリュウも産卵するから巣を守らなきゃいけない。守る点がお互いに一つ。これなら条件は近い」

「ガメラの攻撃に巻き込まれないとも限らないんだよ」

「だから移動し続けます、車使わせてもらえませんか。運転はテンができるんで」

「おう、ゴーカートでもミニバスでもバッチリよ」


「分かった、できる限りの協力はするわ。でも、もう一つ言っておかなきゃならないことがあるの。あなたたちを追ってる人間がいる」

「それって、こないだの病院の奴らですか」

 軽くつばを飲み込んで草薙さんが頷く。

「名前は吉川孝友、コウユウと私たちは呼んでいた。目当ては松尾さんの身柄の拘束か抹殺、火器を持ってる可能性もある。私たちも全力で彼を追っているけど所在は掴めていないの。もしあなたたちがガメラに近づくとしたら、彼らからも身を守らないといけないわ。申し訳ないけど、今からあなたたちを警備できる人員の用意はできない」

「あたしはそれでも行くよ」

「追手が人間ならギャオスが周りにいるのは好都合です。あっちもうかつに手が出せない」

「まあオレのドラテクならそもそも追いつけねぇけどな」

「……本当に覚悟の上ね?」

 三人とも多分ロクに考えもせず頷いた。もうこうなったらよく考えて後ろめたくなるより良い。


 車を待ってる間、俺とテンは悔いを残さないようキッチンでありったけの菓子を喰いまくり、リビングスペースで松尾が草薙さんと喋っているのを眺めた。負けたくないとか言うくせに、顔を合わせれば笑いあったり泣き合ったりする関係ってなんだろう。


 一時間くらいして、外でクラクションが鳴った。雨風はいつの間にかドアを開けるのも苦労するぐらい強くなってる。車は草薙さんが用意したにしては普通っぽい見た目の黒いクルーザーだった。

「大型のギャオスは人間と物体の見え方が違って、動物の体温なんかが白く見えるの。この車の表面は車内の熱が外に出ない処理がしてあるから、彼らに見られずに街まで行けるわ。スピードはあまり出さないで」

「ありがとうございます、絶対倒してみせます」

「そんなのいいんだよ、必ず生きて帰るの。逃げたって誰もみんなを責めたりしない。必ず帰ってきて。約束だよ」

 ずぶぬれになった草薙さんはそういいながら車のドアを閉めた。


「さてセイ、どこ行く」

「水戸だ。俺がアイツならそうする。あの辺も最近開発されてて背の高い建物が増えてんだ、でかい図体が隠せる場所が多い」

「あたしもそれでいいと思う。ガメラも多分そっちに向かおうとしてる」

「オッシャ、じゃ行きますか」


 テンがアクセルを踏むと、窓に映った草薙もクソみたいな避難所も雨で歪んで灰色の線になった。

 怖くないと言ったらウソだけど、灰色ばっかりの中で、テンも松尾もそのまんまだ。俺はそこが変わらなきゃ充分だ。

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