第八節 敗者たち

 ガメラ墜落の瞬間、センターの空気が凍り付いた。

 第一目標の尾は、米軍のバンカーバスターでも破壊できなかったガメラの背甲を砕いて見せて、それは同時に、根拠もなく誰もが持ってた「ガメラなら何とかしてくれる」っていう幻想も砕いた。必死に立ち上がったガメラに大量の通常相が群がって、それをガメラは火球で蹴散らすと南東の空に離脱した。


 その直後に実施された攻撃第四波はもっと悲惨なことになった。

・地上からの砲撃、射程範囲外及びギャオスの妨害により命中せず

・地対地ミサイル攻撃、ギャオスの妨害により命中せず

・艦上からの砲撃、射程範囲外及びギャオスの妨害により命中せず

・艦上からのミサイル攻撃、ギャオスの妨害により命中せず

・航空機からの攻撃、ギャオスの妨害により接近及び攻撃不能

・空対地攻撃、ギャオスの妨害により航空機の接近不能、発射された攻撃はギャオスの妨害により命中せず


 センターには攻撃失敗の報告と大型ギャオスによる防衛線突破の報告がどんどん入ってきて、報告の合間にお偉いさん方のため息が漏れるのが聞こえた。それが聞こえる度、飛び掛かって引っ叩いてやりたいぐらいイライラした。みんな諦めないで戦ってるんだぞ、現場でも隊員が、ショウがきっと戦ってる。クーラー効いてるこんな場所で、汗も流さないで、何を偉そうに。


 私たちが今やるべきこと、それはセイリュウの交配阻止と被害抑止。残ってるセイリュウはメスである第一目標とオスの第三目標、本来だったらこの二体は何が何でも近づけちゃいけない。

 でもヤケになった総理周辺は、一部の反対を押し切って第四派で今作戦内最大火力を投入した。その反動は大きすぎて、ギャオスはほとんど誘導が解けて散り散りになった。第三目標の位置が分からない。レーダーを見てもGPSを見てもギャオスはバラバラに動くだけ、不安なのか情けないのか、なんだか涙が出そうになってくる。


 オペレーターのかすれた声がセンターに響いた。

『第三目標と思われるセイリュウを目視確認、第一目標の東側一キロ!』

 青ざめながらメインモニターに走っていくと、第一の誘導する通常相の大群が、まるで手で引き寄せるみたいに第三目標を包み込むところだった。戦車隊が砲撃をしてるけど、砲弾は周りのギャオスに当たって目標には届かない。第一目標の三分の一にも満たない大きさの第三目標が血だらけになりながら走っていく。第一目標が真っ赤な口を広げた、そして――


 ――ばくん


「……喰った?」

「なんだ、喰われたように見えたぞ!」

「現場報告は!」

「詳細はわかりませんが捕食されたようです!周辺に第三は目視確認できません、ロストしました!」

「交配するんじゃなかったのか?」

「繁殖相手として気に入られなかったんじゃないか?カマキリだって気に入られんオスはそのまま喰われちまうじゃないか」

 無理やり作り笑いする大臣たちに先生が冷静に割り込む。

「いえ……、今のがセイリュウの交配の可能性があります」

「バカな、あんなのが」

「性器を切断して相手に渡したり、オスが全身ごとメスに吸収されたりするような交配は現存する生物でも観察されています。セイリュウのオスがメスに捕食されて、精子だけが消化器官を通過して体内で受精する繁殖方法を取っている可能性があります」

『第一目標、谷底まで下ったのち大井川に沿って移動中。進行方向に日光市と宇都宮市があります!』

「日光なんて目と鼻の先じゃないか、もう空爆は使えない!進行方向の地形爆破で進路を変えるなり、なんとかできるだろ!予算ばっかり喰いやがって怪獣一匹止められんのか……、なんだ貴様は!引っ込んでろ!」


 沸騰中の平賀大臣に言伝しようとした若手官僚が、鼓膜が割れそうな怒鳴り声で追い返される。でもその繊細そうな官僚は食い下がった。その不自然な様子に罵声がやっと収まると、その官僚は大臣の背中で立膝をついて何か耳打ちした。


 私は、平賀大臣が言葉を失うのを初めて見た。

 大臣の血走った目線が合うと総理も表情が固まって、ぎこちなく頷いた。そして総理は、受話器を握って時おり語気を荒げながら応対する盟友の様子をじっと見てた。席に戻る平賀大臣の顔は、左右の目線がズレて奥歯が軋む音が聞こえそうなぐらい頭に血が上ってた。

「……なんの電話だ、平賀」

「……大使館からだ」

「それは米国の」

「当たり前だろぉバカタレ!」

「構うな平賀!何と言ってきてるんだ!」

「バカにしおってぇ……。自衛隊が作戦から手を引いて男体山から宇都宮まで一帯の指揮権を明け渡せば、即時空爆可能な空戦力が周辺空域で待機してるとぬかしやがった!」

「願ってもない提案じゃないですか!もう時間がありません、すぐ返答すべきです総理!」

「バカヤロォ!初めから音を上げる算段踏まれて何とも思わんのか、貴様のような為政者の誇りを持たん者がどうしてここにおるんだ!」

「この際言わせていただくが、一番現実が見えてないのは貴方でしょう!もう打つ手がないのは明白じゃないか!宇都宮に入られたら核攻撃の口実を与えることになる、ここで意地張って放射能をまき散らすのがあなたの言う誇りなんですか!」

「そもそも宇都宮には来ないという可能性は考えられないんですの?人口密集地に侵入されなければ核攻撃の口実はやらなくて済むじゃないの」

「あんたも呑気な人だな、ここまで被害が出てる時点で国際世論が放っておくわけないだろ!」


 中村官房の怒鳴り声じゃ、とても大臣たちの口ゲンカを収拾できなかった。言い争いを制したのは、ずっと貧乏ゆすりしながらその様子を見てた総理が発した一つの質問だった。


「防衛省、イエスかノーかで答えてくれ。我々の戦力ではもうどうすることもできないのか?駆除でなくとも良い、排除や進行阻止だけでも構わん。宇都宮に入るのを止められるか?」

 脂汗で顔中テカテカになって、唇を震わせながらその質問を受けた防衛大臣は、震えながら体を捻ると統幕や長峰先生に目線を投げた。大慌てで官僚が彼らの意見を集めてきて耳打ちすると大臣は眼鏡を外して俯いて、もう目線を誰とも合わせなかった。


「……分かった。作戦を終了する」

 総理の一声には誰も答えなくて、ただ鼻をすする音がいろんなところから聞こえてくるだけだった。


 記者会見のため、在日米軍への正式な支援要請のためと言い残して、そそくさとセンターから大臣たちが消えてく。自分たちの戦場はもうここにはない、みたいな顔して。

 作戦終了宣言から五分もしないうちに、米軍から通達された空爆予定範囲の地図がメインモニターに表示された。総理は背もたれに寄りかかって腕を組んで、歴史的建造物や都市インフラへの容赦が微塵も見えない空爆範囲とカウントダウン表示が映るモニターを睨みつけてる。


「長谷部さん、我々も撤収しましょう」

 いつの間にか先生が後ろに立ってた。

 アッシュのベリーショート、グレーのスーツは一糸乱れず、入室時と同じで書類を脇に抱えてる。いつも誇らしくて、ずっと好きだったはずなのに、今目の前にいる先生の格好に嫌悪感を感じてしまう。手首に着けた飾りを軽く触りながら先生の方を向いた。


「本当にこれで終わりでいいんですか」

「……言ってる意味がよくわからないわ」

「今は自衛隊の臨時作戦が終了しただけです。まだ私たちにできることが」

「ないわ。ここは臨時作戦のための司令室よ。その作戦が終わった今できることはないし、ここに居るべきでもないの」

「そんなの私たちの都合です!今も隊員は戦ってます、人が襲われてるんです!第一だってまだ宇都宮を突破すると決まったわけじゃない。兵器は限られても通常の排除・駆除行動としてなら、まだ」

「あなたは、我々も自衛隊も公人だということを忘れている。組織の力でギャオスに関わり兵器を使う。これは個人の思想や願望で使っていい力じゃないの」

「だからって、私たちの使命は人からギャオスを守ることじゃないですか!先生はそれを見捨てるって言うんですか!」


 先生が何か言おうと口を開けた瞬間、一人の管制官が大声を上げた。

「ガメラ、上空から第一に最接近!米軍の空爆予定圏内に入ります!」


 管制ブースではまだ多くの管制官が撤退誘導を行ってる。三塚さんのディスプレイに駆け寄ると、レーダーに映る『GAMERA』の矢印がギャオスの妨害をかいくぐってセイリュウの矢印と再び重なるところだった。メインモニターにはドローンのカメラが僅かにガメラとセイリュウの姿を捕らえている。


 まるで横倒しにした夜の海面みたいなギャオスの群れに、真っ赤に燃えたガメラが突き抜けてく。巨大な戦闘相はガメラの横に回って体当たりをしてセイリュウに近寄らせないようにする。大量の通常相がガメラを包みこんで、失速したガメラの背甲に戦闘相が足から飛び掛かった。

 セイリュウはガメラから逃げるみたいに日光市に入った後、さらに駆け足になって市街地へ進む。目的は分からないけど、位置と進路からして宇都宮まで来るのは時間の問題だ。


 突然、モニターが真っ白に光った。

 目に痛いくらいの光は、すぐに輝度調整がされて像が鮮明になる。ガメラが放った巨大な火球が直撃して、セイリュウは銀色の鱗をまき散らしながら大きく横に倒れた。

「……ガメラ」

 横にいた先生がポツンと呟いた。いつも強そうで、人前だと怖そうな顔してるのに、先生もそんな悲しそうな顔するんですね。


 火球を打ちながらセイリュウに突っ込んだガメラは、相手のわき腹にサーベルみたいな犬歯を突き刺した。セイリュウは反射的に身体をヘビのようにガメラの腕と首に絡ませて引き離しにかかる。二体は一つの塊になって大井川にもつれ込んだ。馬乗りになったガメラの肩の傷に巨大なギャオスの鋭い爪が突き刺さる。

『空爆予定時刻です、米軍機からの爆弾投下を確認!』

 放送が流れた瞬間、画面が激しく揺れるとオレンジ色に光って映像は切れた。


 後ろを振り向くと、モニター前のデスクではまだ沢山の大臣や要人が残ってて、お互い罵倒し合ったり駆け寄る官僚にブツブツと囁いたりしてる。彼らは死人で敗者だ。政治的な死が決定的で、その椅子の感触を名残惜しんでるんだ。

 よく考えれば、ここに座ってた会議出席者たちは、全員負け知らずの勝者たちだ。人生常に順風満帆、一時的に上手くいかなかったにしても、自分の能力とか他人の援助でそれを克服して成功体験に置き換えてきた人たちだ。積み上げ続けた実績だけが評価される世界の人間に、被害を最小限に抑えて次に繋ぐような行動を期待するのは最初から無理だったのかもしれない。


 下らない大臣同士の喧嘩の中、モニターが復旧して空爆の遠景映像を映した。右下に小さくガメラとセイリュウが見える。

 霧吹きしたみたいな高密度の絨毯爆撃の炎が地面を這ってく。でもその明るいオレンジの炎はギャオスの暗幕で阻まれて二体には届かないで、その中で二体は戦っていた。ガメラは戦闘相に突き飛ばされてセイリュウに殴られても、立ち上がって宇都宮への進路を塞ぎ続けた。


 どうしてガメラは戦うんだろう。

 ここにいる人たちなんか、もうあなたには見向きもしてないのに。感謝もされず時には憎まれて、全然自分のためにならないのに。それでもボロボロになりながら戦うのはどうして。


 突然、セイリュウに絡みつかれたガメラの手足の噴射口から炎が噴き出して、ガメラの傷口をついばんでいたギャオスが驚いて飛び上がった。セイリュウの拘束が緩んだ瞬間、ガメラは高速で回転して周りを吹き飛ばし、ガメラは飛行形態になって空の向こうに消えていった。


 午後十時四十二分、第一目標は宇都宮市に到達した。

 米軍による空爆は終了。翌日、日本国政府の要請により宇都宮市内のセイリュウに対し米軍による核攻撃が決定。


 こうして、日本に三つ目の核が落ちることになった。

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