第六節 奇襲

「接触予定の時間は九時四分、北北東から第一に接近、だとよ。そっちガメラ見えてるか?」

「レーダーは出てるな、映像はドローンもヘリも全部無い」


 天栄村で第六目標が派手にブッ飛んだ辺りまでは、俺もテンもただガヤるだけだったけど、ちょっとすると何やればいいのか判るようになってきた。

 テンはガメラと目標の位置関係をチェックして、俺は会議の音声で自衛隊の動きを押える。で、俺の音声で松尾に情報を伝える。要領が判ればそんなに難しくない。


「なあ、オレら戦えてるよな」

 テンがニヤニヤしながら喋ってくる。もう何回同じ質問してくんだよとは思うけど、俺もさっきからニヤニヤが止まんねぇから言えたもんじゃない。


 下郷町の第五目標を吹っ飛ばした時の俺らはマジ最強だった。

テンが位置をみて、俺が誘導して、ガメラが動く。右から回り込んで戦車隊の砲撃でギャオスの数が薄くなったところから突っ込んで火球で吹っ飛ばす。あー、何度思い出してもアドレナリンがヤバい。マジヤバい。


 ニヤニヤしながら椅子にもたれてたら、イヤホンから「第一目標とガメラ衝突まで一分」の音声が聞こえてきた。

「衝突まであと一分だとよ!」

「手前ガラ空きだぞ、そのまま行くか?」


 ミサイル攻撃でギャオスが散らばったまんまだ、そのまま直進で行ける。テンのモニターをチェックすると、『GAMERA』と書かれた矢印の高度がドンドン下がるのが見えた。でもいきなり、『GAMERA』の文字の上に大量の矢印が重なって読みづらくなって、等間隔で点滅していたレーダーの矢印が硬直した。


 すぐ隣のテンと顔を見合わせる、あわてて手で押さえたイヤホンの向こうでは怒鳴り声が飛び交ってる。

『ガメラ、進路を変えました!巨大生物と衝突!』

『なんだ、第一か?』

『大型ギャオスです、森林から複数体が急上昇中!ガメラと空中で接触した模様!』

『大型ギャオス複数体がガメラ追跡中!』

 クッソ、さっきから邪魔ばっかしやがって!

「テン、ガメラの位置は?」

「ギャオスの塊の外に弾き出された。山の周り回ってる!」

 レーダーに出た沢山の『UNKNOWN』の矢印がガメラに付きまとってる。ガメラはちょうど山を挟んで第一の反対側に出ようとしていた。テキスト送信用マイクを口元に寄せてゆっくり喋る。

「松尾、低空飛行で山の南東から斜面に沿って上昇 ギャオス編隊に攻撃 そのまま上昇して宙返りで上空から突入」

 テキストを送信した瞬間、ガメラの矢印の横の高度表示がまた下がり始めた。

 松尾は嫌いだけど、コイツ反応はえぇしマニューバ分かってんだよな。飛行機好きなのか?それともガメラがスゲェだけ?


「セイ、映像来たぞ!」

 ドローンが斜面沿いに低空飛行してるガメラを見下ろすみたいに写してる。ガメラはハゲ山になった斜面をジグザグに滑りながら飛んでて、その真後ろを追っかけてるデカいギャオスがガメラの後ろに回り込むたびに真っ赤な超音波メスが山にブッ刺さる。でも、ガメラの進路先にはちっちゃい雑魚ばっかりだ、このまま宙返りで突入すりゃ第一は目の前だ、こりゃ一気に――。


「おいセイ。何だこの音?」


 は?

 何言ってんだよこの大事な時に。


 イヤホンを片方外して周りを見回すけど、『どの音』かわかんねぇ。

 サーバーの小さく唸る音、換気扇、排水管、イヤホンから聞こえる音。外で鳴ってるのはサイレンか?

 一秒か二秒そうしたけど、下らねぇことで決定的瞬間を見逃したくなかった。前に向き直ってモニターを覗き込む――


 モニターが突然目の前まで浮き上がって、顔を思いっきりぶん殴られた。

 そのまま今度は、椅子の背もたれが首をへし折る勢いで背中を叩いてきた。椅子にぶん殴られた勢いでモニターデスクの向こうまで放り出されて、俺は耳やら肩やら脛やらぶつけながらゴロゴロ転がった。


 何が起こったか分かんねぇけど、反射的に起き上がろうとした。でも手をついた床は気味悪いほどグワングワン上下してて、やっと立ち上がって周りを見回すと、もう数秒前と別世界のホコリまみれだった。

 壁も天井もヒビが入って、機材もひっくり返って割れてる。隣のサーバールームは何がどうなってるのか分からないぐらいメチャクチャで、地下のはずなのに天井に人の身長くらいの大きさの穴がポッカリ開いてる。


 呻き声がして、テンと松尾を助けなきゃいけないのをやっと思い出した。ホコリまみれだけどテンの意識ははっきりしていた。

 松尾も外傷はなさそうだったけど、コッチは無事とはとても言える状況じゃなかった。ゴーグルが吹っ飛んで、頭痛がしてんのか頭を床にこすりつけるほど痛がって呻いている。こんなに痛がってる松尾を見るのが初めてで、ちょっと怖くなった。ポケットに入った注射薬がなんだか急に気になり始める。


 ――ダンダンダン!

 扉を叩く音がして草薙さんと中村の叫び声がした。

「三人とも無事?早くここを開けて!」

 テンと二人で開けようとしたけど、さっきの衝撃でドアがイカレてるらしい。棒みたいなもんでこじ開けるしかねぇ!

 でも、何かないか床に屈んで探そうとした時、襟の辺りを引っ張られて尻もちついた。後ろを見ると松尾が元々デカい目を真ん丸にして、充血した眼で俺を睨んでた。


「ヤバいぞ松尾、もう駄目だ!まず逃げるぞ!」

「ハァ、ハァ……、ダメ、ダメだ……。今……、倒さなきゃ、ダメだ」

「今更何言ってんだこのアホ!こんな状態じゃもう無理だ」

「アホは、てめぇだ、何もわかってねぇ。あたしら、全部アイツらに、バレてんだよ」

「アイツらって、なんだよ。何がバレてんだよ!」

「セイリュウだ、あたしの、こと、最初から……洞窟の時から知ってた、だから庭坂に」

 鳥肌が立った。全部聞かれてるだと?じゃあいわきの時も、それに今も。

「町はずれに、セイリュウが。殺す気だ、あたしを」

「じゃ、やっぱ、逃げないと」

 松尾が震える手で、床に転がってるモニターを指さした。


 モニターに映ってるのはさっきのドローンの動画だ。飛んでるギャオスの数はだいぶ減って、黒焦げになってくすぶってるのがそこら中に散らばってる。そして画面真ん中の第一は火球が直撃したのか、転倒して中腹を転げ落ちるように麓に走っていく。

「もう少し、一撃食らわす。次で、仕留める」

 そう言いながらゴーグルに向かってズルズル這い始めた。

 

「なあ、なんでだよ、もういいだろ」

「黙ってろ。おめえらは、ここから逃げろ」

「そうじゃねぇよ、ちゃんと話聞けって」

「繋がったら、場所がバレる、急げ」


 なあ、そうじゃねぇんだよ。

 気付いてねえのかよ、お前もうボロボロじゃねぇか。毎日鬱陶しいぐらいリップ塗ってる唇も切れてるし、隙あらば櫛入れてる髪もバサバサになっちまってよ。

 大体お前、あの時洞窟で死ぬつもりだったんじゃねぇのかよ、周りに誰も味方いなくて、何にもしてねぇのにハブられて、お前が守ろうとしてる奴ら、お前の苦労なんか知りもしねぇんだぞ。世の中恨むべきだろ、お前は。なんでそんなお前が、こんなとこでカッコよく正義の味方やってんだよ!


「浅緋ちゃん聞こえる?もう止めて!」

 草薙さんが外で叫んでる、俺もおんなじことを思ってる。でも目の前で地面を這ってるコイツは、服も穴開いて粉だらけになりながら擦り傷だらけの青白い手ゴーグルに伸ばしてやがる。

 テンが扉をこじ開けるのをやめて俺を見てる。そんな顔すんなよ、俺分かんねぇよ、もう何が正しいのか分かんねぇよ。

 

 ――ガコン

 ひしゃげた扉が外れて、ちょうど倒れた扉の向こうに草薙さんと中村の顔が覗いた時だった。


 その時、今度は俺も確かにその音を聞いた。

 サーバーの燃える音、スプリンクラーの放水音、草薙さんの叫び声、避難警報、その間を縫って確かに音が聞こえた。

 生まれて初めて聞く音だった。

 甲高い笛のような、でも一定でなくてどんどん下がりながら大きくなる、ヒューっと風を切る不気味な――


 ――ガツン

 音ってより爆発だった。身体が浮いて、気が付くと床に倒れてた。すぐ起き上がったと思ったけど、俺の目の前にあったはずの壁はいつの間にか吹っ飛んで消えていた。

「浅緋ちゃん!しっかりして!」

 草薙さんが松尾に駆け寄ってくる。草薙さんも埃だらけだ、右耳の下あたりに切り傷がある。変なところ怪我したんだな。

 反応がない松尾をテンが担ぎ上げる。みんな逃げるのに必死だ、俺だって逃げなきゃ。でも頭ではそんなこと分かってるのに、俺はドローンの空撮が映ってる床に転がったモニターから目が離せなかった。

 

 ドローンは山を遠くから映し続けてた。

 画面の奥で重そうな腹を引きずるセイリュウ目掛けてガメラが突進するとこだった。ガメラの口からは火が漏れてる。行け、倒せる。もう目の前だ!


 でも次の瞬間、まるで雷が落ちたみたいに、辺りがバッと光った。

 光ったのはセイリュウだった。背中の鱗から尾にかけて強い光が一瞬走って、後ろの平たい尾が、マグマとか太陽みたいに真っ赤に光った。そのままセイリュウは、今までとは比べ物にならないほどの機敏さで前足を軸に反転して、飛び込んだガメラに光る尾を振り下ろした。

 火花とか岩石みたいなものが飛び散って、ガメラはそのまま斜面に激突して、あっという間に煙に覆われた。頸の辺りに気味の悪い寒気が走った。


 すぐに立ち上がるに決まってる。

 あの岩の塊みたいなガメラに傷なんかつくわけない。今に何もなかったみたいに飛び掛かって、あの偉そうなセイリュウの尾を喰い千切るんだ。もしかしたら、さっき飛び散ったのはセイリュウの方かもしれない。ガメラはずっと最強なんだ。

 でも、画面の中の二体はどっちも動かない。


 シャツを引っ張られるまで後ろの中村に気付かなかった。冷えた柔らかいハムみたいな右腕で俺を無理やり持ち上げてくる。草薙さんも中村の後ろから寄ってきて、俺になんか言おうと仕掛けた。でも、俺の見てたモニターを見た瞬間、草薙さんの目から涙がこぼれて、右手で口を抑えた。中村に締め上げられてる胴体をなんとか反転させて、俺ももう一度モニターを見た。


 斜面の真ん中でガメラが起き上がってるのが見えた。背中に被った土砂かなんかがザラザラ流れ落ちてる。ガメラはセイリュウを睨みつけて吠えてる。でも、その場から動かない。画面をしばらく見てて、俺はやっと状況を飲み込んだ。


 ザラザラ流れ続けてるのは、ガメラの血だった。

 背甲が肩口まで大きく抉れてて、バシャバシャ音が聞こえそうなくらい大量に緑色の血が地面に落ちてる。セイリュウはその様子を勝ち誇ったみたいに眺めてる。


 床にへたりこみたい気分だったけど、中村がそれをさせなかった。バカ力で俺を抱え込んで、もう片方の腕で草薙さんの襟首をつかむと無理やり部屋の外に引きずり出した。

 

 部屋を出る瞬間、草薙さんがモニターに振り返って「ゴメンネ」って呟くのが聞こえた。その後人が変わったみたいに跳ね上がって、俺の手を引っ張りながら廊下を走った。


「中村、自衛隊のヘリは?」

「幹線路の南端五十キロですが、もう交通マヒが起き始めています!」

「十分だけ食い止めて。私がヴェイロンを出す、この子たちだけでも逃がさないと!」

「護衛も付けないなんて無茶です!まずご自分の身を案じてください、セイリュウの投擲もまだ続いてるんですよ!」

 食い下がる中村を一喝すると、草薙さんは俺たち三人を外門で待ち合わせて室内駐車場に駆けて行った。


 松尾を抱えたテンと俺で中庭を駆け抜ける。

 昼間は綺麗だった生垣も噴水も跡形もなくて、ところどころ土がめくれあがってボコボコに盛り上がっている。芝生の大穴の中をよく見ると、ペシャンコになった車のタイヤやバンパーが突き刺さってる。

 さっき松尾を殺そうとしたのはこれか、車を投げたんだ。でも投げたセイリュウはどこにいるんだ?


 施設の内も目の前の大通りも、皆気が狂ったみたいに叫んで転んで、緊急車両や自衛隊車両が走り抜けてく。門の近くまでたどり着いた時、重い破裂音とそれに続いて若い集団の歓声が聞こえてきた。音の方を向くと、二キロくらい先の林の辺りで身体を起こすセイリュウに閃光が直撃して、肉片と銀色の鱗が飛び散るのが見えた。

「フォー!自衛隊サイキョー!」

 トラックの上に登った大学生ぐらいの男と酔っぱらった女がスマホ片手に自撮り実況してて、猛烈に腹が立ってブン殴ってやりたかった。


 ――パーッ、パパパーッ!

 大音量のクラクションを鳴らして草薙さんの高級車が走ってきた。

「三人とも乗って!大森君、浅緋ちゃんのシートベルトお願い。少し飛ばすよ!」

 そういうと車は急発進した。

 発進した瞬間、背中と頭蓋骨がシートにめり込むんじゃないかってぐらいの圧力が掛かった。身体が浮いてるみたいな感覚と振動で口もきけなくて、シートの革を握りしめるだけで精いっぱいだ。歯を食いしばって目線だけをピカピカに磨かれたダッシュボードに向けると、速度計の針が勢いよく二〇〇を振り切っていく。

 ブッ飛びすぎだ。こんな一般道の、それも街が大混乱の中でこんな速度だなんてイカれてる!衝突したら元も子もないんだぞ。だいいち信号だって――


「マジかよ、信じらんねぇ……」

 なんとか勇気出してフロントガラスの光景を見たのと同時に、テンがそう呟いた。


 二車線の、ケチのつけようがないほど真っすぐな道路。

 街の中心を貫く幹線道路なのに、一台の車も走ってない。三〇〇キロを超えた車から見た信号機は光の線にしか見えないけど、全部の信号が青になってるのは俺の目でも見えた。


「そんな、こんなことって。これも、草薙さんの」

 ちょっとだけ余裕ができて、運転席の草薙さんをみた。

 ケガしてるし汗もかいてるけど、まるで近所に買い物でも行くみたいに落ち着いていて、それにちょっと悲しそうだった。


 今まで、権力って貯金額とか豪邸とか高級料理みたいに、目に見えるもんだって思ってた。でもこの人の持つ権力は、道交法とか条例とか、皆が当たり前に守ってるルールを曲げられるレベルなんだ。こんな緊急事態に、自分のわがままで道路を一本独占できるくらいの。


「こんなことできるなんて、そんな」

「こんなの、私は要らなかった。これのせいで色んなものを捨てなきゃならなくて。こうやって人の役に立とうとしてるのも、結局自己満足なのかもね」

 速度計が三六〇を差した辺りで草薙さんは少し肩の力を抜いて、そう言いながら照れ笑いした。


 避難所の周りはヘリに乗り込もうとしてる人で溢れてた。みんなヘリが巻き起こす風と砂埃で顔をしかめながら列に並んでる。草薙さんは救急隊員に引き渡すまでずっと松尾の手を握って名前を呼び続けてたけど、松尾はやっぱり最後まで目を覚まさなかった。


「三人とも、必ず生きて!」

 別れ際に、草薙さんは俺とテンの手を握ってそういった。

 ちょっとでも長く繋いでられるよう握り返したのに、俺の身体は避難者にぶつかって引き離されて、手を振る草薙さんの姿も、あっという間に人ごみの向こうに見えなくなった。


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