第五節 陽動
作戦直後にセンターであがったのは盛大なため息だった。
前作戦を上回るミサイル雨あられを「第一目標」から「第七目標」とナンバリングされたセイリュウ達に浴びせかけて優位を取る、そしてあわよくば一気にせん滅が青写真だったのに、警報サイレンと同時にセイリュウが展開した半円状のギャオス編隊の妨害でミサイルは一発も命中しなかった。流石に全弾失敗はショックだったみたいで、いつもAIみたいに喋る防衛大臣もしばらく口がきけなかった。
でも、ガメラというゲームチェンジャーの登場で状況は一変した。
天栄村の西側にいた第六目標に対してガメラが攻撃、たぶん第一次衝突で超大型戦闘相を爆散させたのと同じ巨大火球で目標を沈黙させると、センターに歓喜の声が響いた。
でもその後は一進一退、ひたすら相手の出方をうかがって我慢する展開が続く。
自衛隊による攻撃の第二波は艦隊と地上からの同時攻撃で、GPS誘導と砲撃が組み合わされた。セイリュウの鱗はステルス構造のように電磁波や光波を乱反射する性質を持ってるみたいで、セイリュウ自体をロックオンするのは難しいらしい。だから目標の位置を特定したり生死を確認したりするにはギャオスのGPSデータから誘導軌道の中心を割り出して確認するしか方法はないけど、波状攻撃でギャオスを吹き飛ばしたり混乱させて誘導が解除されたりするとそれが出来なくなる。だから攻撃は常に一発必中、攻撃の後は辛抱強く目標位置が定まるのを待つしかない。
結局第二波は第四・第七目標を沈黙させるのに成功して、なんとか防衛省は面目を保った。その直後の八時二十分、最大の攻撃目標である第一目標が動き出し、周辺のセイリュウも第一目標に向かって移動を始めたのが確認された。
こうなると、変則的に移動する個体をそれぞれ攻撃するより、第一目標が他個体と交配するタイミングで攻撃する方が標的を定めやすい。今から二分後の第三波では第一目標の周辺にある身を隠せそうな地形を根こそぎ破壊して、目標を露出させて次の攻撃をやりやすくすることにしたらしい。
「ガメラ、下郷町北部に到達。第五目標と衝突を確認!」
「どうだ、倒したか?自衛隊の被害は?」
「確認中ですが隊員の配置エリアからは離れています。被害報告は入っていません」
「こうなっちゃ頼みの綱はガメラだな、金食い虫の防衛省とエライ違いじゃないか」
「攻撃だけが任務ではありません!我々は全力で」
「全力なんてどうでもいいんだこっちは!結果が要るんだよ結果が!」
「止めないか、言い過ぎだぞ平賀!ガメラはどうなった?」
「攻撃した周囲を低空飛行した後、進路を南南西へ変えました、このままですと第一目標と衝突するコースです」
「いいぞ、野ざらし状態でガメラと衝突すればまたとない展開だ!」
「第三波攻撃準備完了、攻撃開始します!」
着弾カウントダウンの数秒後、山腹に土煙が上がる。計算通り隆起した地形だけが削ぎ落されて、山体はほとんど変形がない。
「現場より報告、第一目標目視確認!」
「出たか!映像は?」
「周辺のギャオスの動きが不規則で、ドローンが撮影できる位置まで接近できずにいます」
「目視で捉えられるなら直接攻撃できるんじゃないの?」
「確かに目視ならドローン爆弾の誘導も可能だろ。どうだ防衛省」
「ご指摘の通りです、視認出来次第攻撃を開始します」
ミサイルを小型ギャオスの大群で防ぐのは予想外だったけど、各セイリュウの移動速度や兵器の効果なんかは想定通りだ。このまま順調に行ってくれれば本当にありがたい。でも、先生はさっきからずっと眉をひそめたままだし、私も妙な違和感がずっと拭えない。こっちに入ってくるギャオスの目撃や被害に関する報告が少なすぎるんだ。
通常相のギャオスはコロニーで活動する。でも巨大な敵が現れたり空爆されたりして身の危険を感じると分泌されるホルモンが変化する。そうなるとコロニー内で殺し合いが始まって、親でも子どもでも殺し合って食べ合って、生き残った個体は際限なく巨大になって、それが戦闘相やGH相と呼ばれる大型ギャオスになる。
戦闘相やGH相は殺すのも食べるのも壊すのも大好き、それに自殺願望があるんじゃないかってくらい無鉄砲でコントロールが効かない無敵の殺戮マシンだ。でも、身体を急速に大きくし過ぎるせいで五感や時間感覚に大きな変化が出るから、戦闘相やGH相に変異してから一週間程度は長距離飛行ができないし超音波メスも長い時間の照射ができない。
だから今回の作戦では、森に潜む大型ギャオスに自衛隊が平地から攻撃して、反射的に森から飛び出してきたところを一体ずつ撃ち落とすような布陣を敷いてもらった。それなのに、交戦どころか目撃された情報もロクに入ってこない。セイリュウが大型ギャオスを自己防衛に回してるだけなら良いんだけど……。
「第一目標、山頂に向かって移動との報告が入りました!」
メインモニターの画面も砲撃で上がった土煙が晴れて、瓦礫と土の上を巨大な細長い生物がゆっくり登っていくのが小さく見えた。
「ドローン配置に付きました、映像切り替えます」
憎きセイリュウの親玉、諸悪の根源。
コイツさえいなくなればすべて解決するんだ、死ぬ前にどんな醜い顔をしてるのか一目見てやろう、みんなきっとそんな感じでセンターモニターを見上げてた。でも、切り替わった映像を見た瞬間、あの口汚い平賀外務大臣ですら言葉を失った。
なんて綺麗な生き物だろう。
身体的特徴はこれまでの個体とほぼ一致してるけど、頭骨や角はずっと長くて、ウロコはより細かくて遠目から見ればシルクみたいな繊細な光沢をしてる。起き抜けみたいに全身をグッと伸ばしながら眼球の無い顔で月を見上げてて、その様子は絵画とかよくできた映画のワンシーンみたいだ。
センター内の人たちが次々と我に返って顔を見合ってる。私だってそうだ、混乱してる。一瞬前まで国家の敵だったはずなのに、全く違う感情が出てき始めてしまってる。
この生き物は攻撃していいの?
ピカピカの新硬貨がもったいなくてサイフに入れたくなかったり、新品ツヤツヤの家電に傷つけてすごい罪悪感がきたり、そんな自然な感覚。
勿論どんなに美しくても、この生物が危ないのに変わりはない。でも『美しさ』っていうのは厄介で、人間は一度惚れちゃうと、その相手がどんな理不尽をしても無条件に受け入れちゃう性質がある。そういう意味でもこの生物は危ない、すごく。
そんなことを考えてると、見覚えのない管制の人に肩を叩かれてた。
「スミマセン、長峰研の長谷部さんですよね。ちょっといいですか」
「はい、なにか?」
「セイリュウ付きで監視してる管制補佐が見て欲しいものがあるって言ってまして。詳しいことは本人に聞いてください。おい、三塚」
「あ。お忙しいところすみません、第二目標監視の三塚です」
「第二というと、作戦開始時に草木ダム辺りにいた個体ですね?」
「はい。今お見せするのは先ほどの我々の攻撃の第一波の前から第二波後までです。ちょっとわかりにくいので早回しで出しますね」
言い終わるより早くGPS追尾の映像が再生される。
第一波の直前は第二目標の回りに光点が回ってる、セイリュウを守ってるギャオスたちだ。でも、第一波で飛んできたミサイルの爆発でギャオスたちが飛び散っていく。その後、また光点が元のようにグルグル回り始めて、第二波の後も、同じように――。
――あれ?
「移動、してない?」
「そうなんです。第一波は直撃しませんでしたが、第二波のミサイルが爆発した座標は第二目標のほぼ真上なんです。ほかの生き残った目標は第一の方向に移動を始めてますが、その様子もないですし」
「この個体が第二目標になったのは、市街地に一番近いからでしたよね、最後に空撮で確認したのは?」
「最後に目視したのは第一波後の二〇一二ですから、四十四分前です」
「……すみません、どなたか作戦地の白地図とコンパス下さい」
白地図を床に広げてコンパスを広げる。
ギャオスの誘導はセイリュウを中心に展開すると勝手に決めつけてたけど、もしそれを自分から離れた特定の場所で展開できるとしたら?
こんな行動をするには『人間がギャオスの動きを見て自分たちの位置を特定してる』っていう推測を経なきゃならない。普通の生物なら考え難いけど、セイリュウならありうる。それに、この隙間を縫って裏かいてくるようなやり方は、庭坂で緩衝地域の包囲網を突破した感じにすごく似てる。
でも、だとしたら目的は何?単独行動による陽動で味方を逃がそうとしてるの?
頭に入れたセイリュウの最高速度と縮尺から暗算して、四十四分間で動ける範囲を割り出す。もう地形の高低や障害を考える時間はない!
しまった、避難勧告対象外地域も範囲内に入ってる!
「これ急いでコピーして下さい!範囲内の市街地に至急警報を。それと、範囲内の市街地と住居者数のリストを!」
コピーを受け取ると、斎藤調査官と話してた先生に駆け寄って間に割り込む。
「お話し中失礼します。先生、第二目標の挙動に不審な点があります。誘導されているギャオスの中心点が、第二波でミサイルが直撃しているのにも関わらず全く変化しておりません」
先生と一緒に斎藤調査官も地図を覗き込む。
「ギャオスの動きで目を逸らす間に、第二が単独でどこかに動いてるかもしれないということかね?」
「それが一番の懸念です。最後に目視できたのが八時十二分、その直後から単独行動したとしたらこの円の範囲だと思います」
「なるほど、私も個人的にはセイリュウの知力は我々教育を受けた成人と同等のレベルだと考えている。彼らならやりかねない」
「幸い、いずれの場所も自衛隊が前線に張り付いていますし、人口も少なく地形は平地で――」
ギャオスも隠れづらいので守備は比較的容易です。って続けるはずだった言葉を、私は飲み込んだ。
先生は、私が今まで見たことのない顔をしてた。
首の筋が浮き上がって食いしばった唇が少し震えてる。顔は上げているけど、見下ろした目線は地図の一点を凝視している。
どうしましたか先生、って言うよりも早く、先生は地図をひったくった。
「……少し外すわ、すぐ戻ります」
「え、そんな、先生どこに」
私の声もロクに聞かないで、早足で先生はセンターを出て行った。斎藤審議官に今できることをやろうと言われて作業に戻ったけど、先生のあの一瞬見せた表情が頭から離れない。
先生、せめて私には教えて欲しいです。その円の中に何があるんですか。
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