第四節 大いなる力
度重なる非常呼集と臨時作戦。
それに伴う隊区の変更と消失。
それに伴う隊員への肉体的・精神的負担の増加。
それに伴う人員配置と編成の変更。
結果として現在の陸上自衛隊は方面の枠すら崩れ、誰がどこに配備され何の任務に就いているのか現場では皆目わからぬ状態である。任務の度に見覚えのない上官から名を受け、名も知らぬ隊員とともに行動する。
今日割り当てられた隊員も見知らぬ顔ばかりで、多くはまだ青年特有の無邪気さを漂わせている。そんな部下に顔合わせで『内田三尉』と名乗る度、場が一瞬色めき立つのも毎度のことだ。防衛省はマスコミに緘口令を敷いたものの完全な封殺は不可能で、自分と武藤の名は『セイリュウとファーストコンタクトをした隊員』として周知であった。
そうした隊員は、食事の時間になると糧食を片手に目を輝かせながら話をせがみに来る。彼らの多くは基礎講習こそ受けたものの生きたギャオスさえろくに見たことがない。オブラートに包まれた死の物語は実に魅力的な喜悦である。小学生の自分がまさにそうであったように、新人隊員はギャオスやセイリュウの物語やスリリングな先人の英雄譚を欲するものである。
そうなるとお決まりのごとく、自分も武藤も無邪気な新米を『非常時』や『気のゆるみ』という言葉をあげつらって必要以上に怒鳴り散らす。だがその実、むき身の死がいまだに内臓を蝕み続け、忘れようとする痛みを呼び起こされるのを恐れているのだ。
一昨日、庭坂基地の中隊長だった高木二佐をお見掛けした。二佐は『雰囲気が変わった』『逞しくなった』と言ってくださったが、落ちくぼんでギョロっと目玉が飛び出た顔を鏡越しに眺めても、どうにもそうは思えない。金属音や破裂音に敏感になり何かあると反射的に小銃に手を伸びる自分を自認する度、なんと臆病で卑屈になったのだろうと思う。
今回我々に与えられた任務は市街地への通常相の侵入を防ぐもので、管理隊での任務と大差はない。移動式の高射砲に射撃統制システムは搭載できないため全てマニュアル操作となるのは一抹の不安ではあるが、小隊が守備する地域は戦車大隊が布陣できない地形の小さなエリアに限られているし、該当地域の住民避難も完了している。戦闘相・GH相出現の場合は戦車隊が対応し、可能な範囲で通常相のみを相手すればよいと考えれば、臆病風に吹かれる自分でも少し気が楽だった。
一九三〇。
分隊配置が完了、特にやることもなく作戦地がある森の向こうを眺める。こんな時は野生の本能で森も静まりそうなものだが、間抜けなアブラゼミたちは呑気に悪声を競い合っている。何も知らなければのどかな景色だが、腕時計の秒針が進むのを意識する度にやたらとのどが渇き、垢がボロボロ出るのも構わず顎の下を掻きむしって気を紛らわせた。
一九五九。
予定通り作戦は動き出したようだ、静寂に慣れ切っていた鼓膜に警報サイレンが痛い。
作戦地周辺の紫外線サーチが一気に点灯してから、ミサイル飛来、下顎がずれるほどの振動、爆音、赤く叫ぶ森、そして飛び出す大小のギャオス。実現したときに少しでも冷静に動けるよう、起こりうる未来のビジョンを頭に描きながら秒針の回転を眺めた。
だが、現実はそれを凌駕した。
「隊長!あれ!」
大声を出すなという命令を守らなかった部下に一瞬怒りがこみあげたが、彼の指さした方向を振り向いてそんなものは吹き飛んだ。
サーチの直線的な光が交差し僅かに白んだ夜空と真黒く広がる森が、小さな村の景色の向こうで上下にコントラストを描く。だが先ほどまで街灯と夜空に挟まれ、じっと地平に身を縮めていたはずの森の影が上に伸長を始めていた。まるで森の木々が突然成長し始めたように錯覚するようなそれは、しばらく伸びあがると密度が薄れ、やっとそれが無数のギャオスの集合であることを我々に理解させた。
最初は光量が足りず遠近感が全く掴めなかったが、数秒見続けるとそれが規則的な動きで膨張していることが見て取れた。一斉に飛び上がったギャオスはその編成を切り替え、あっという間に森の上に半円ドーム状の編隊を構成し、十秒ほどで闇夜の森に強固な領域を出現させた。
呆けたように成り行きを見ていたが、直後膨らんだドームの向こうから赤熱した光の尾を引き、高速で飛来するミサイルがドームに突き刺さっていくのが見えた。ミサイルは中心目掛け突き進んだが、ギャオスと接触したのか何度か空中で弾かれ減速し、ドーム内で煌々と爆散した。耐え難い閃光、家屋の窓がびりびりと震える爆音、そして爆風が収まると、森の上に木の葉の燃えカスのようになったギャオスが火を噴きながら無数に落ちていくのが見えた。
数発のミサイルが同じ算段を試み、同じ結末を辿る。ギャオスは確かに死んでいるようだが、数の変化は感じられぬ。あのギャオスの大群がここへ向かってきたらどうなる?握りしめた小銃の感触は、プラスチックの水鉄砲のように頼りない。
もう一つ、飛行体が航跡を引いて飛んでくるのが見えた、ミサイルよりだいぶ巡航速度が遅いが大型だ。ドームの頂点より更に上を目指して飛行していたが、突如翻ると月光を反射して鈍く煌めき、ドーム中心部に向かって急降下し始めた。航空機か、無茶だ!
先ほどまで無機質に飛行していたギャオスが、この飛行体には強く反応した。
ドーム状の編隊が崩壊し個々が意思を取り戻したかのように上昇していく様は、まるで真っ黒な水泡が破裂して天に昇るようだ。よく見ると飛行体に向かって極細の糸のような紫色の光線が射し、飛行体はそれを避けるべく左右に体を振って転回しながらも降下は止めない。
先頭のギャオスと接触した瞬間、飛行体は朱金の炎を纏った。撃墜されたかと思った刹那、その光は爆ぜて視界で捉えきれぬ巨大な火球となり、数多のギャオスを飲み込みながら地面に迫った。
「伏せろぉ!」
振り向きざまそう叫び地面に飛び込んだつもりだったが、その前に胃袋がひっくり返るかと思うほどの衝撃に襲われ、身体が地面から跳ね上げられた。地面に墜落し突風が収まってからどうにか上体を跳ね上げると、つい今まで深々と闇に覆われていた森が紅蓮に染まっていた。
自分も部下も地面に手をつき困惑の表情で見つめ合う。本来あるべき恐怖や興奮が、圧倒されて麻痺した心の中に全く沸き立ってこない。
飛行体はドームの中心があった辺りを舐めまわすように低い高度で飛行し、流線形の巨体を夜空に浮かび上がらせていた。そして炎がその長い舌で辺りを丸呑みにしてしまうのを見届けると、重い爆音を残して西へと消えていった。
「隊長、今のは何ですか!」
「何が起きたんですか、退避しなくていいんですか」
「隊区はどうなったんです!任務は継続ですか」
俺にそんなこと分かるものか。目の前の出来事はどう見たって人間がどうこうできる範疇を超えている。
思い出したように立ち上がると被害状況を確認するため部下に指示を出し、もう一度空を見上げた。飛行体が飛び去った方角は既に濛々と上る煙に覆われており、後姿を見送れないのが何故か腹立たしくなって舌打ちをした。
そうかあれが、あれがガメラか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます