第三節 傍受

 午前中は良かったよなぁ、テンション上がったなぁ。

 朝飯は旨かったし、極秘任務なんて与えられちゃうし、おまけに年上だけど綺麗な人に泣きつかれちゃうし。色々ありすぎて最高にハイだったぜ。きっと午後になったら超ハイテクな作戦室に案内されて、沢山のオペレーターにサポートされながらよくわかんないピチピチのユニフォームとヘッドギアとか着けるのかな、なんて妄想なんかしちゃってさ。


 そこからの午後のコレですよ。

 話し合いが終わった後、三人は施設地下のホコリ臭い通路をコソコソ何十分も歩かされた。着いたのは本部地下にあるデカいサーバールームの隣のAV室で、ガラス越しのサーバーはとんでもなくデカかったし、AV室もタッチディスプレイ式のデスクとかで一瞬テンションが上がったけど、想像より大分狭くて普通だった。

 しかもトイレ以外外出禁止、午後七時まで部屋で待機、何より昼飯がショボくなった。おまけに映像や音声の選別は誰も手伝えないからお前らだけで何とかしろとか言うしよ。お前らって言われても松尾は硬直しちまうわけだし、残ってんのは隣でハナクソほじってるゴリラと俺だけじゃねぇか。日本の危機に立ち向かわせる割に扱いが適当すぎだろ、もうちょい人手貸してくれよ。


 五時までマジでやることなくて三人とも寝てた。松尾だけ用意されたリクライニングチェアでスヤスヤ寝やがってブン殴ってやりたかった。

 六時になって、草薙さんは中村とかいうシステム管理員を連れてセッティングの手伝いにきた。唇も腹の肉も分厚い奴で、指示出しの仕方がいちいち偉そうだ。

 松尾が使うのはよく見るVRゴーグルだ、テスト映像で動作確認する。松尾はガメラと繋がると周りの音がほとんど聞こえなくなるらしいから、入手した音声情報で大事そうなのを俺が読み上げて、その音声をAIで文字起こししてテキスト表示することにした。無料の配信用ソフトだから漢字の誤字多いけど大体わかるだろ。


「全部自動なんだろ、セイやることねぇじゃん。オレそっちがいいんだけど」

「お前自衛隊の無線聞いたことねぇだろ。だれが何の命令してんのか整理出来んのかよ」

「おいガキども、ゴチャゴチャ喋ってねぇで手動かせ。デカいの、今から言うチャンネル順番に開け」

 露骨に不満そうな顔しながらテンがディスプレイをポチポチすると映像が入り始める。全然画質良くないけど、確かにヘリかなんかのの航空映像らしかった。

 ヘッドホンをつけてみると、音声情報ももう入ってきているみたいだった。どの階級のチャンネル傍受してんのか分かんねぇな、どっかに紙とペン――。

 アレ?


 音声の傍受って言われて、当然自衛隊の無線だと勝手に思ってた。隊員になりたくて仕方なかった兄貴と昔一緒によく無線記録聞いてたけど、『送れ』とか『一方送信』とか専門用語が多くて、素人が聞いても普通意味が分からない。

 でも聞こえるのは普通の会話だ。階級が上がるごとに会話が普通になってくって聞いたことあるけど、それにしても普通な感じだ。しかも一対一の通信じゃない。もしかして前線指揮所の――


『――臣、避難拒否者はどうなってる?』

『もともと生活実態がないと思われる住民を除けば、ほぼ避難完了しております』

『総理、UNESCOから平家の里の文化的価値の保全……』


 そ、総理ぃ?

 ヘッドホンむしり取って顔を上げると、草薙さんも中村も俺の反応を予想してたみたいにこっちを見た。

「えーっと、すみません。この音声、」

「なにも聞かないで。言ったでしょ、必要な情報は準備するって」

「ボヤッとしてる暇ねぇんだぞ、早く情報拾い始めろ」


 おいおいマジかよ、今のが聞き間違いじゃないならCCPか首脳級会議の盗聴音声じゃねぇか。聞いてるのバレたら絶対ヤバいヤツじゃん。

「言いたいことは判るわ。巻き込んだのは私たちの責任よ。だからこの後どうなったとしても、貴方たちのことは私たちが守る。だから今は手を貸してほしいの」

 こうなったら乗り掛かった舟ってやつだ、今更どうこう言ったって仕方ねぇぜ。電波法違反に盗聴でもスパイでも何でもありだ、こっちは正義の味方のガメラ様だぜ。

「中村さん、セイリュウの基礎データと今の座標、全部ください」

「なんだって?」

「あんな盗聴できるんだし、データ取れますよね?テキストでも映像でもいいんで。作戦に参加する自衛隊員と、兵器の数と配置と段取りも。ガメラの航路決めないと話になんないんで急ぎでやってもらっていいっすか」

 中村は草薙さんと顔を合わせると、顎でしゃくられて舌打ちしながらデータを探し始めた。ざまあみろ。


 その後の一時間は死ぬほど忙しかった。小学校の頃さんざんやった戦争シュミレーション思い出しながら、情報を得ながら整理して発信して、俺の一生で一番頭使ったかも。

 でも、なんかちょっと嬉しかった。自分の判断で何かが動いて、しかも誰かの役に立つかもしれない。今まで人と関わったり頼まれたりするのが嫌でしょうがなかったけど、なんか悪くない。

 テンの方も要領が判ってきて、中村がよこしたセイリュウの空撮映像と位置情報データをVRに転送してる。あっという間に作戦開始五分前だ。ゴーグルをかけようとする松尾の手を草薙さんが両手で握った。

「うまくやろうとしないで、ガメラと自分を信じて。浅緋さんならできる」


 松尾は何度か深呼吸するとリクライニングに横になってゴーグルをかけた。部屋中の人間が硬直した松尾をじっと見てると、一分もしないうちにヘッドホンが騒がしくなった。

『ガメラ浮上、大津港方面に急速航行中!』


 相変わらず納得いかねぇけど、コイツやっぱりホンモノなんだ。ガメラと戦えるって考えると背中の辺りがブルッと震える。

 海自のヘリカメラが海面スレスレを潜航してるガメラを映した。とんでもない速度で泳いでるのに、流線形の背甲からは軽い水しぶきしか上がらなくて、ガメラが通過したずっと後ろの方が水のうねりを作って大きな波の道になってる。大波をまともに食らった巡洋艦が池に浮いた葉っぱみたいに揺らされて迷惑そうだ。


『総理、定刻となりました。これより作戦を開始いたします。ミサイルの使用許可を』

『ミサイルの使用を許可する』


 イヤホンからそう聞こえた瞬間、ガメラが海面から飛び出して派手な水柱があがった。

 真っ暗になった海面を何十本も艦上ミサイルの白い航跡が放射状に走って、それを追いかけるみたいに、太いガメラの航跡が作戦地に向かって伸びていった。


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