第二節 提言

 『比較生態学専門』『比較解剖学専門』『発生学専門』『生物工学専門』『爬虫類専門』『両生類専門』『古生物学専門』『物理学専門』『兵器学専門』『ヘビ専門』『カエル専門』『トカゲ専門』『ヤモリ専門』。


 会議室には、とにかく何か分かりそうな専門家が手あたり次第かき集められた。皆部屋に入ると、自分のネームプレートを取って適当に席に座る。


 研究って仕事は相変わらず男社会で、分野によるけど大体六十歳位で脂がのるって言われてる。だからきれいに並べられた会議机には、ノーマルとか、デザイン的偽装を施したりとか、物質的偽装を施したりとか、潔かったりとか、往生際の悪かったりするハゲ頭が並んでく。

 研究機関所属じゃない実地一本の人もいて、こっちは性差もあんまりなくて比較的若い。『ヤモリ専門』の顔見知りは三か月滞在の予定でマダガスカルに籠っていたのを無理やり日本に引っ張り出されてきたんだけど、時差ボケで猛烈に眠いらしい。


 開始時間はまだだけど全員揃ったし、照明を暗くしてスクリーンにお題を出す。


『セイリュウ大型個体に関する緊急会議』


 やっぱザックリし過ぎだよなあ。こうやってスクリーンに出すと高校生のプレゼンみたいで恥ずかしいな。

 この会議は、いわゆる会議のための会議だ。この後ある対策審議会のため、そして後の作戦をより効果的なものにするためだ。本当なら完全オフラインで会議する余裕なんてないんだけど、直近で入ってきた情報の重要度が高すぎて完全秘匿すべしと判断されたためだ。


「お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。極めて差し迫った状況ですので早速本題に入りたいと思います。なお、本会議は完全情報秘匿となりますので、情報の持ち出しはできません。お手元配布の資料は終了後回収いたします」

 先生は入室するなり私に全員の出席を確認すると、マイクを取って早速しゃべり始めた。それと同時に机の脇で待機してた若手官僚が立ち上がって、大急ぎで出席者に紙資料を配り出す。


「ご存知の通り、本日午後八時よりセイリュウ七体の駆除を目的とした臨時作戦が行われます。その作戦の目標である一体のセイリュウについて、我々研究室はこれまでの個体と異なる特徴を有していることを把握し、詳細な調査を行いました。そしてその結果、男体山中腹に潜伏しているそのセイリュウは極めて大きな個体であることが確認され、作戦指揮者によりこの個体を第一目標とすることが決定されました。以降『第一目標』と呼称するこの大型セイリュウについて、現段階で我々が得ている情報はお手元の資料一です。本会議では、さらに我々が得た資料二・三について、ご意見をいただき、第一目標の行動予測や作戦の円滑な実施のためのご助力をいただきたいと思います。まずは、資料一をご覧ください」


 言い終わりと同時にスクリーンにも配布資料と同じ情報を映す。


 推定身長:二四〇メートル

 推定体重:一六〇〇トン

 現在生息域:男体山中腹周辺

 ギャオス誘導限界半径:一〇キロ超(参考・いわき個体及びIZ個体の誘導限界半径:約一キロ)


「資料一の数値は、研究室が得た情報を基に推定した数値であります。これらは次のページにあります資料二から算出したものです。資料二をご覧ください」


 スクリーンを切り替えると、赤外線カメラで撮影された航空・衛星写真が三枚映し出された。

 三枚の写真のど真ん中には巨大な第一目標のシルエットが白くクッキリ写る。三枚とも身体を丸めたトカゲみたいな姿勢で休む様子を写してるけど、目を引くのが尾の先にあるうちわ型の丸く大きな部分と、ぽっこり張り出したお腹だ。

 どの写真も右下が黒く塗りつぶされてて、撮影日時だけが上書きされてる。先生以外この写真を誰が撮影してどのルートで研究室まで届けたのか知らない。でも、前回の作戦で散々にらめっこしてた赤外線カメラとは鮮明度が全然違うし、何となく日本が撮ったものじゃない気がする。


「算定した数値などのご意見は後程伺うとして、先に資料三をご覧にいれます。資料三は我々研究室の定点観測カメラの動画で、歩行中の第一目標を捕らえたものと思われます。スクリーンをご覧ください」


 クリックして動画再生を始める。時間は十二秒、画面右上が山頂側で左下が麓側になるよう固定された定点映像だ。画面左上を映り切らないほど太い胴体と横から生えた短い足が横切っていく。続けて画像を分割し、〇・五、〇・二五倍速のスロー映像を並列リピート表示にする。


「入手した情報は以上です。これより皆様にご意見を伺いますが、挙手の上マイクでお話しください。お名乗りは不要です。まず資料一、基礎データについて反論・補足などお願いします」

『体重についてですが、この数値はこれまで発見された個体の体重を基に単純にスケール計算されたものと思いますが、これは違うかなと思います。資料二の体型を見ますと、身体構造はこれまでの個体と多少差異はあるものの相似形と言えます。有機物だけでこの身体を構成した場合、この体型では運動できません。戦闘相やGH相が骨格内に金属桁構造を持つことで通常相に近い体型を維持しているように、第一目標の組成も通常の生物と異なるはずで、そうだとすれば比重は水より重くなるはずです』

『私もそこは同意見ですね。資料三の、ちょうど後脚が画面に映る辺りあるでしょう。映ってる杉林、現地でちゃんと測らないとアレですけど多分直径一メートルくらいありそうなんですよ。その根元の部分を後脚でもって踏んづけるときに地面が沈むでしょう。あんだけ大きい杉がバッチリ根っこ張ってる場所であんだけ沈み込むのはかなり体重ありますよ』

『体重に関しては皆さんのおっしゃる通りや思います。けども脚自体の踏み込む力も勘定入れんと正確な数値出すんは少し難しい思います。遠目から見てる感じやと筋肉の膨張は普通の生物のものとそう変わらん感じですから、断面積や長さからある程度の見積もりは出せるとは思いますけど。難儀なんはこの生き物身体引きずってますやろ。全体の映像見んことには、重心やとか蹴り脚のモーメントやとか体重分散のパーセンテージやとか分からんですからなあ』


 先生は顔色一つ変えないで淡々と司会を続けるけど、横目で見てる私には先生の舌打ちが今にも聞こえてきそうな気がする。


 体重こそ、いま最も欲しい情報なんだ。

 拳でブン殴るときもミサイルブッ放す時も、相手の重量が一番大事なデータだ。重さが分からないと爆薬の量とか使用する兵器の目途が立たない。今回は駆除が目的だから尚更死活問題だ。

 ギャオスなら翼面積と毎秒の羽ばたき回数で、地上を歩行する怪獣も砂地・アスファルト・コンクリート上を歩いてくれるなら、地形の変化や障害物を破壊する様子で体重推定が高い精度でできるんだけど、山林における体重推定の研究は不確定要素が大きすぎて進んでない。ダメ元で推定重量を単純スケールで資料に出して叩き台にして、大まかな数値だけでも割り出せそうな人がいないか炙り出そうって言い出したのは先生だ。

 ちなみに先生がひそかに一番期待を寄せてたのは、最後に発言していた関西弁のお爺ちゃん教授だった。でもその教授によると、最悪水辺歩いたり水たまり踏みつけたりしてる動画だけでも何とか出来るかもしれないらしいから、とにかくこっちはギリギリまでデータ集めするしかない。


 でも、まだもうひとつ議論したい話題が残っている。第一目標がメスで、産気づいているんじゃないかってことだ。

 私が資料二の写真のシルエットを見る限り、お腹が大きいんだしメスに見える。資料三の動画での歩き方もお腹が重そうだし、ここ数日でセイリュウが行動を活発化させてるのは交配のためなんじゃないかって説は、研究室の誰もが写真を見た瞬間に考えた。

 でもギャオスならともかく、セイリュウなんて研究室は全くお門違いだ。セイリュウの専門家なんかいる訳ないけど、爬虫類や両生類関連の教授を中心に第一目標の性別について意見を集めていく。


『前提として、第一目標がセイリュウでない可能性は著しく低いでしょう。身体的特徴も共通してます』

『セイリュウにとってギャオスは財だよね。食料だし感覚器で警備員なわけだよ。財の奪い合いを避けるならお互い離れて暮らすでしょ。誘導範囲は要するに縄張りみたいなもんじゃないかと僕は考えてるんだけどさ、そこに他所が侵入するってなると、繁殖行動っていうのは筋が通りそうだけどね』

『動画に性器とか肛門とか映ってればねぇ、もうバッチリなんですけど。解剖ではセイリュウは爬虫類に分類できなかったし、ホントいうと全然自信ないんで無責任かもしれませんが、爬虫類の仲間としてシルエットだけ見れば、妊娠あるいは抱卵していて肋骨が圧迫されているようには見えます。なんかごめんなさい』

『産気づいてたら絶対物凄い食欲になるはずだよ。ギャオスの全頭検査とかで誘導されてる数が減ってれば確証になりうるんだけどデータないですか?』


 自分の分野を存分に語れる相手がいるとおしゃべりが楽しくなっちゃって時間の感覚がなくなるのは研究者の悪いクセだ。セイリュウの交配方法や卵生か胎生かで盛り上がり始めたところで先生は議論を区切って、会の提言をまとめる作業に移った。


 一:第一目標はメスの可能性が高く、オスと交配を試みると思われる。よって各個体の駆除とは別に、第一目標と他個体の接触・交配を阻止するような作戦行動をとる必要がある。ただし、セイリュウが単為生殖できる可能性もあるため、オス個体の全滅が繁殖抑止となるかどうかは不透明である。

 二:第一目標は抱卵している可能性が高く、通常以上に栄養を摂取する必要があると思われる。現在作戦地周辺では、通常相のコロニーは共食いによって崩壊し戦闘相・GH相が発生しているが、ギャオスの急速な摂食により地域周辺のエネルギー総量は減少また局在化しつつある。よって周辺環境から第一目標へ繋がるエネルギー伝搬ルートを『周辺環境からギャオスへのルート』、『ギャオスから第一目標へのルート』の二点で分断することで第一目標の栄養状態を悪化させることができると思われる。具体的には周辺地域の焼却による生物の排除やT2作戦・兵器による攻撃によるギャオスの駆除である。


 会議室を出ると、対策審議会の部屋に向かって二人で歩く。先生はいつもと変わらないアッシュのベリーショートとストライプのスーツで、騒がしい廊下のど真ん中を早足で進んでく。

 先生が第一衝突に巻き込まれたのは今の私より若い時だ。何の知識もコネもないのにこの世界に飛び込むのってどんな気分なんだろう。何時かは先生みたいになれるのかな。


 先生の後に続いて会議室に入るとき、少し顔を上げて背伸びしてみた。今の私ができる自分なりの勇気だ。


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