第二節 誘拐

 どの病室もベッドは満室。しかも殆どカーテン閉めてるもんだから、いったん外に出るとどのベッドが俺たちのだかわかりゃしない。結局テンのベッドに戻るまで二回も間違えて恥かいちまった。


「ホレ、買ってきたぞ。ブラックと、カフェオレと、オレンジジュース」

「ウッワなんだこれ。つまんねーラインナップ」

「ホント陰キャって使えねぇな、フラッペ買って来いっつったろ」

「これしか売ってねぇんだよ、欲しけりゃ自分で探してこい。俺オレンジジュース」


 あの衝撃波の後、俺達は結局バラバラにこの病院に担ぎ込まれた、というか戻ってきた。

 テンは挟まれた足が骨折してるかもしれなかったから、ラッキーなことにベッドがあてがわれた。結局重度の捻挫って診断だからもう少ししたら引き揚げなきゃいけないんだけど、この大騒ぎの中クーラー効いてて三人でダベれる場所もないだろうし、ギリギリまで使わせてもらうつもりだ。


 松尾は衝撃波の後ずっと泣きわめいて取り乱して、その後数時間は廃人みたいに廃墟の壁にもたれかかって、たまに自分の頭を思いっきりブン殴って奇声を発しながら暴れて、その後また泣いて、夜明け前にちょっと眠った後ようやく会話できるまで落ち着いた。体中擦り傷と刺し傷だらけでオマケに寝不足なのに一晩中付き合った俺を誰か褒めろ。


 朝の面会開始時間からこのベットに入り浸ってるけど、三人で喋ってる話題はずっと松尾とガメラの関係についてだ。

 松尾によると、あの洞窟でオーバードーズでラリってる時におぼれたみたいな感覚になって、その時ガメラと『繋がり』ができたんだそうだ。その時からガメラの感情とかやりたいことが頭に勝手に流れ込んできて、それが激しくなると消防署の時みたいに身体が硬直して、自分とガメラの区別がつかなくなるらしい。


 傍から聞いたらこんな話胡散臭くてしょうがないけど、俺はこれをすんなり受け入れちまった。中学校の時にUMAとか都市伝説にハマってた時があって、その関連でガメラの都市伝説とか目撃談とかを調べまくってた時期があったんだ。厨二病全開の俺的黒歴史だけど、その時一番熱中して調べてたのが『ガメラの巫女』だった。

 とはいえ松尾が巫女だってのは納得いかねぇ、あのガメラがこんな性悪自己中と繋がり持とうとするなんてあり得ない。

 

「じゃあさ、松尾ちゃんはガメラに常に見られてるってことなの?」

「いつもじゃねぇんだよな、なんか集中するっていうか。特にギャオスのことになるとカーッと血がのぼってキレそうになるっていうか。でも別にあたしはギャオス嫌いなわけでも何でもないんだよ」

「じゃあ戦闘ナビ的な感じ?」

「戦ってる時はそんな感じだった、なんか勝手にギャオスとセイリュウの正確な場所とかが無性に知りたくなる感覚があんの」

「ガメラが何したいとかどこ行こうとしてるとかは分かんの?」

「よくわかんねぇな。とにかくあたしの目とか耳を通して知りたいことを知ってる感じ。あたしの考えが伝わってんのかはよくわかんねぇ」

「固まっちゃってる時は見えたり聞こえたりしてんの?」

「なんて言うかな、なんか見てるモニターに意識とか視野が全部引っ張られてる感じなんだよな。一応見えてんだけど、聞こえねぇ、ほとんど」

 そう言いながら松尾は足組んで俺に軽く舌打ちした。


 ハァ?何?ウッザ、巫女かどうか確定もしてねぇのにもう優越感浸ってんのかクソ女。

「だいたいよ、トランス状態になる条件みたいなの自分で分かんねぇの?コントロールしろよ、いきなり硬直されてコッチ迷惑なんだけど」

「別になりたくてなってるわけじゃねぇから、こっちがどんな気分か分かってんのかよ」

「そんなもん知るか、迷惑かけてんのそっちだろ」

「ハァ?」

「ハイハイ喧嘩しない、セイちょっと黙ってろ。松尾ちゃんなんか気づいたこととかないの?」

「まぁ、でも、庭坂の時も昨日も、画面見てた時になったな」

「画面?」

「庭坂の時も監視カメラの画像とかギャオスのニュース見てたら変な感じになってよ。昨日も病院の近くの家電屋のテレビコーナーでニュース見てた時になったんだよ」


 超重要じゃねぇかその情報。早く言えよマヌケが。何でガメラはこんなボケナス選んだんだよ、明らかに人選ミスだ。

 まあでも確かに庭坂の時、コイツはギャオスの中継とか消防署の監視モニターを見てた。画面が六個ぐらいあった気がするけど、昨日の家電屋のテレビコーナーもそれくらいの台数だったらしい。

 六台、六か。


 松尾が自称してる『ガメラの巫女』は、第一次衝突後にネットではかなり流行った都市伝説だ。当時の女子高校生が偶然巫女になって、人間の希望とか祈りとかを力に変えてガメラに伝えたり、逆にガメラが傷つくと同じ場所に怪我したりしたとか、最初に流行ったのはそんな話だ。

「でもさ、その巫女の話がホントだとしてよ、松尾ちゃん別にガメラみたいに怪我もしてないしガメラの考えとかもわかんねぇじゃん」

「俺の調べたやつも噂ばっかだからな、全部ホントかは分かんねぇよ。ホントにそんな人間いたとしたら社会問題になっちまうだろ、一般人じゃ検索した以上のことは分かんねぇ」


 結局俺たちが色々スマホで調べて話し合った結論が、『俺らには何もわからないしどうしようもない』ってことだった。松尾が硬直するのは迷惑だけどガメラ的には重要なことなのかもしれないし、硬直したらテンが担いで逃げるくらいしか対策はない。


「あーあ、オレ飯買ってくるわ。病院追い出されたらどこ行くか考えといて」

「さっき食ったばっかだろ、コンビニなんもねぇぞ」

「病院の飯って味薄くてキモイわ、肉とか出てくんのかと思ったのに」

「あたしもなんか買って、フィッシュ南蛮的なやつ」


 テンがいなくなると俺も松尾もお互い椅子をベッドの両隅まで離した。

 コイツと二人になると毎回口喧嘩以外の会話が生まれないし、喋ってなくてもあらゆる点が気に入らなくてしょうがない。

 大体コイツ臭ぇんだよ。暇さえありゃベタベタ香り付きの日焼け止め塗りやがって、ジュースまで日焼け止めの臭いしてきやがる。薬キメ過ぎて嗅覚腐ってんだろ。日焼け気になるんだったらそんな露出多い下品な格好しなきゃいいだろ、それでこないだナンパされたら喧嘩してテンに仲裁してもらってよ、バカじゃねぇの?こういうイイ女ぶってる勘違いブスが一番社会的害悪だわ。

 あーやっぱコイツと一緒に居るの無理、一分でも無理。


 テンと一緒に行かなかったのを激しく後悔してると、病室に人が入ってくる気配がした。看護師にしちゃモタついてるし革靴のカツカツする足音はテンじゃない。人影はベッドの前をウロウロした後、俺たちのベッドの前で止まった。松尾も気付いたらしくてそっとスマホを置く。


「失礼いたします、いわき南署の者です。松尾浅緋さん、中にいらっしゃいますか?」

 自分の名前じゃないのに心臓飛び出るかと思った。松尾と二人で顔を合わせる、心当たりは死ぬほどあるぞ!家出捜索ならまだマシだ、軽犯罪か?不法侵入か?

「いらっしゃいますね?中、失礼しますよ」

 こっちの返事も待たないで入ってきた二人はスーツ姿だった。目つきの悪い手前の男が警察手帳を見せると松尾の前に立つ。

「初めまして浅緋さん。私いわき南署の中野、こちらは石塚と申します。お時間よろしいですか」

「……はい」

「こちらの方はお友達?」

「内田、です。あの、もう一人と三人、旅行中、」

「なるほど。今日伺った理由なんですが、お母様の雪江様から捜索願が出ていましてね。こちらの方で保護させていただくことになりまして」

「帰りません、縁切ってもらってもいいんで。他の親戚のとこ行きますから」

「そうはいきませんよ。昨日の事故もありましたし、今回は我々が避難施設の方まで移送する手はずになってまして」

「いきなりなんだよそれ。ウチの親ネグレクトなんだよ、ここ来る前に児相に問い合わせろよ。マヌケかお前ら」

「まあまあ落ち着きましょう――」

 当然のごとく松尾はゴネて保護を渋った。でも警察もなんだか頑固で、松尾と警察の応酬は二、三回じゃ終わらなかった。その間にキョドってた俺は少し冷静になれた。


 警察詳しくないけど、子どもの保護なんて制服警官がやることだろ。警察ドキュメンタリーだと刑事やガサ入れ前の警官じゃないとスーツなんか着ない。松尾の家は金持ちだけど、街中がメチャクチャな時に一個人の保護と移送なんかやってもらえるのか?大災害の後は反社絡みの奴らが公務員偽って金儲けたくらむって話も聞くからな。コイツらホントに警察か?ちょっとカマかけてみるか。


「スンマセン、手帳、もう一回、いいですか?」

「はい?」

「警察手帳。ニセ警官だと困るんで」

 二人とも俺より十センチくらい背が高い。膝が震えてるのがバレないように石塚とかいう男と頑張って目を合わせてると、中野の方が合図して手帳を差し出させた。


 本物触ったことないけど、結構重いしメッキも剥がれている。分かんねぇ、本物かもしれねぇ。でもまだだ、まだ確認する方法はある。

「電話、いいすか」

「え?」

「電話、いわき南。所属の。あと、保護要請、出てるか」


 一瞬石塚の目が泳いだ気がした、ビンゴか?

 一気に勇気が湧いてきて充電コードからスマホを引っこ抜くと、手帳に書いてあった直通の電話番号を入力して耳にかざす。電話はワンコールで繋がった。

「はい、いわk――」


 ――バシッ

 スマホを取り上げられたって気づいた時には、中野はもうひったくったスマホの通話を切っちまってた。俺も松尾も石塚とかいう男も、中野の顔を見た。


「うーん、穏便に済ませたかったんだけどなー」

 中野は首のアトピーをボリボリ掻きながら松尾の後ろに回って両肩に手を置いた。

「悪いけど、お二人にはついてきてもらうよ」

「あんたら、誰なんだ」

「彼女の正体を知っている、とだけ言っておくよ」

「何?」

「我々は『巫女』を探していてね、何人か候補がいるんだよ。その中でも最重要候補がキミだ、松尾浅緋さん」

 オイオイ、マジかよ!コイツホントのマジで巫女なのか?

 っていうかどうやってこの二人は松尾を突き止めたんだ、俺だって松尾に話聞いてから数時間しか経ってねぇぞ。


「『巫女』の力は距離に影響されるんだよ、必然的にいる場所は限られる。きっと君らも初めての体験だろうからビックリしたんだよね?沢山検索したみたいだね、『ガメラ』『巫女』『交信』などなど。GPS切ってても基地局とIPアドレスから場所は大体絞り込めるからね」


 なんてこった、警官のほうがマシじゃねぇか。基地局ごとのIPアドレスと検索内容同時に調べるなんてマトモな組織のはずがねぇ、何なんだコイツら。さっきから緊張しっぱなしで心臓ごとゲロっちまいそうだ。


「さ、下まで行こうか。お友達も待ってるからね」

「テンが!」

「松尾さん以外の二人は関係ないんだけど、ここで開放して騒がれても困るからね。松尾さんに用が済むまで一緒に来てもらうよ」

 こうなった以上ついてく以外選択肢はない。中野と石塚は受付にも警官として通ったらしい、二人を保護すると受付に伝えて病院を出た。


 病院の前をしばらく歩くと、六人乗りセダンの扉を石塚が開けた。テンはあの中にいるらしいけど、あの大ゴリラを車に詰め込むとは二人とも相当腕が立つみたいだ。ここは大人しく――


「おぉ!来たかお前ら!遅ぇぞ!」

 ハァ?


「秘密警察の手伝いだってよ、ヤバくね?中野さんそうっすよね、俺らに協力して欲しいんすよね?」

 中野は満面の笑みでうなずいた。さっきまで鉄仮面みたいだった石塚も、生まれたての子犬を見守るような穏やかな笑顔してやがる。

「マジでチンパン以下だなコイツ」

「もうお前死んじゃえよ」

「何ブツブツ言ってんだよ、さあ入った入ったァ!」


 スモークガラスかと思った後部座席の窓は真っ黒なプラスチックの板だった。運転席の間もプラ板で区切られてて、俺ら三人と中野が座ってる後部座席は完全密室らしい。

 最初の二分ぐらい、スパイ映画みたいに車がどっちに曲がったか覚えようとしたけど、車が徐行し始めた辺りからよくわかんなくなって諦めた。その後テンに今の状況を説明しようと五分ぐらい頑張ったけど、結局よくわからないらしいから諦めた。もうやだ、俺疲れた。


「我々のことを信用してくれというのは難しいと思うが、松尾さんが非常に重要な人物だということは本当だ。少し不自由するかもしれないが丁重におもてなしさせてもらうよ」

「あたしになにしろって言うんだよ、ガメラは別にあたしの言うこと何でも聞くわけじゃねぇぞ」

「君は我々のところに居るだけでいいんだ、君の能力そのものには期待はしていない」

「お前ら政治犯か、身代金目的か?」

「答える必要はないね」

「所属は何だ、過激派団体か?宗教団体か?」

「答える必要はない」


 押し問答になりそうなタイミングで、中野の後ろのプラ板が叩かれた。中野は開けられないと叫んだのに音は鳴りやまない。何度かやり取りした後、中野は舌打ちしてプラ板をわずかに開けた。


「おおっ……」

 中野が露骨にうろたえて息を飲んだ。その隙にテンがプラ板の引き戸を全開にする。

 俺も一瞬ギョッとした。


 車はちょうど三車線の十字交差点の最前列だった。目の前は青信号、どの通りも車の数が多い。でも、車は一台も動かない。隣の車線も対向車線も、左右折車線の車も皆止まってる。


 それに、皆こっちを見てるんだ。

 交差点中の全部の車の運転手、その家族とか恋人とか子どもとかジジババとか、皆こっちをただ見てる。何の表情もなくて、強面も優しそうな人も真顔で。石塚はテンパって「中野さんどうするんですか」って言うだけだし、中野の方はウーウー唸るだけだ。


 そんなのが一〇秒ぐらい続いてると、交差点の向こうで動きがあった。

 四人ぐらいの大人が車から出ると、信号が赤なのも気にしないで歩いてこっちに来る。


「あーなんてこった……」

 中野が大きくそう叫んだ瞬間、俺の沈んだテンションが一気に復活した。四人のうちの一番奥、ロングヘア―の女性はよく知ってる!

 女性は運転席のドアをノックすると、開いた窓の向こうで明るく喋り出した。


「お久しぶり中野さん。悪いんだけど、その子たちはこっちで預かるよ」

「あんた……、こんなことしといてコッチがこのまま黙ってると思うのかい」

「怖いこと言わないの!ね?高校生の前なんだし、教育上良くないよ。さあ、三人とも!降りて降りて」

 ブンブン手招きする女性にテンと松尾は顔を見合わせてるけど、俺が二人の脇を小突いた。

「大丈夫だ、行こう」

「セイ知り合いか?」

「この人は大丈夫、よく知ってる」

 セダンの扉がゆっくり空いて、女性が差し伸べてきた手を握り返した。

「みんな初めましてだね。あたし草薙浅黄、宜しくね!」


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