第七節 初撃
三体、しかもガメラの進路先!
こんなにセイリュウの見逃しがあったなんて。セイリュウにとってギャオスの誘導は生存の必須条件じゃないの?それとも単純に誘導していたギャオスが少なくて見落としていた?
なんにしろこれは完全に研究所の失態だ。最悪という最悪のパターンまで考えたつもりだったのに、現実にそれ以上の最悪を突きつけられてしまった。
こうなったからには最終手段、シラミ潰ししかない。
研究所メンバーはさっきから目を皿のようにして、ドローンやヘリからの熱環境分布映像とGPS映像からセイリュウ三体の位置特定と新たなセイリュウの探索を続けてる。いわき付近は元々大きなコロニーがない上にギャオスもかなり駆除されているから、位置割り出しは研究所の職員が勘を頼りに大体の座標をこちらで示して、作戦地を低空飛行してるドローンに映像を撮ってもらう余りにもアナログな戦法だ。
もっと準備に時間が掛けられれば誘導されてるギャオスの軌道から自動的にセイリュウの座標特定をできるソフトが作れそうだったんだけど、今更文句言っても仕方ない。まずは今この状況を切り抜けないと!
予想もしなかったところからガメラとセイリュウ三体が立て続けにコンニチワしてきたもんだから、センターの中はもう大騒ぎだ。
今回の作戦の目的は旧大穴鍾乳洞付近のセイリュウ三体の駆除だったけど、いわき北東に出現したセイリュウのうちのどれかが最初の自衛隊の攻撃を逃れた作戦目標の可能性もあって、お偉いさん方はこの事態を作戦と同列と捉えるべきかどうかで最初ちょっと揉めていた。でも話し合うことが多すぎてうやむやになったのか、とりあえず今は事態が鎮静化するまでここから自衛隊に指示を飛ばすよう決めたらしい。いきなり厄介ごとに巻き込まれたせいで、お偉いさんたちはみんなちょっとノイローゼ気味みたい。
「海自の報告では、ガメラは六時三十分に豊間海岸付近に上陸するとのことです」
「市街地を通り抜けちゃうじゃないの!海自の攻撃でもっと逸らせないんですの?」
「ダメに決まってんだろ!ミサイル護衛艦を洋上に出すだけでも散々周辺国からガンガン言われてんだ!頼むからもうこれ以上動かさないでくれ。総理、海自はダメだぞ!」
「外務大臣の言う通りだ、外交上これ以上海自は使いづらい。上陸させてから陸自で遅延させるしかない。セイリュウはどうだ」
「いわき市内に向かって直進していますが、ヘリの射撃に反応しています。進路操作は可能かと」
「総理、知事から衝突地点の決定を早くしてくれとせっつかれてます。見物人と避難者が入り乱れて混乱しているらしく市内全域の避難完了は不可能だそうです。局所的に人員を割いて住民を移動させませんと」
「勧告に従わないバカなんかほっとけばいいだろ!」
「聞き捨てなりませんよ外務大臣!総理、立ち入り禁止区域にして法的拘束力を強めるようにしてはいかかですの?」
「いや、それより衝突地点だ。防衛省、どうだ」
「ガメラ側をかなり遅延させる必要がありますが、市街地手前の県営公園を第一、陸上競技場を第二候補とする案が挙がっております」
「地図に出してくれ。皆、第一候補が県営公園、第二が競技場でどうだ。異論があったら言ってくれ」
財務大臣がさっきから貧乏ゆすりしてて五月蝿いけど、異論を挟む人はいないみたい。
「ガメラ浮上、目視確認。映像出ます!」
え、ガメラ?見たい!
でも索敵が優先、耳だけモニターに意識を向ける。センター中が息を飲むのが聞こえる。
「ガメラ、豊間海岸に向かって直進」
「上陸して砂地を抜けると二足歩行に移行すると思われます。立ち上がった段階で左足下と右側面に砲撃し転倒を狙います」
「セイリュウはどうだ?」
セイリュウが森を抜けるまでもうすぐだ。
セイリュウ三体は密集したまま、さっきからいわき市に右に回り込むように接近してる。森林地帯が途切れて目視できるようになれば、あとは監視任務を自衛隊に任せて周辺捜索に集中すればいい。身を隠す場所のない市街地内を素直に誘導されてくれるかは、ヘリの射撃精度に賭けるしかない。
「セイリュウ目視確認、いわき回廊美術館に向かって南下。映像出ます!」
林の中をギャオスの大群が、そしてそれに紛れるようにセイリュウ三体が走るのを、ドローンがバッチリ捉えた。三体ともIZ個体より少し大きくて肩や腰が強く隆起してる、何となく大人びたというか、成熟している感じがする。
もう日が出てるせいで、周りを取り巻くギャオスは皮膚のところに紫外線を過剰に受けた中毒症状が出てる。普通なら錯乱状態になるほど重度なのに、セイリュウの誘導はそれほど強力なのか。
林を抜けても、セイリュウは戸惑う様子も見せずに真っすぐ市街地に向かおうとしている。庭坂の時のセイリュウは気味が悪いほど合理的で、なるべくギャオスたちを失わない行動を徹底していたのに、今回は弱ったギャオスを無理やり引き連れて市街地に突入していってる。知能に差がある可能性もあるけど、やり方が違い過ぎるのが気になる。
「ガメラ上陸!」
オペレーターが叫んだ瞬間、画面が航空からの大写しになった。ああ、遂に出会うのか!ガメラか、どんな奴だ――
――おぉ、うおぉ。す、すごい……。
鳥肌が立って、思わず小学生みたいな独り言が漏れた。そりゃあ世界がひれ伏すわけだ。とんでもないなコイツは。
人間の英知を結集した兵器を悉く弾き返してきた背甲は、骨っていうより地形とか陸みたいだ。皮膚も有機物とは思えない質感で、海水が滴る部分だけ拡大したら河原や海崖を眺めてるような感じで、なんだか地球そのものみたいな雰囲気がある。
でも大きな目と、異常に発達した犬歯と、呼吸し拍動するたびに波打つ筋肉や血管が、確かにコレが生きていることを伝えてくる。ほんの数秒前まで私はガメラ機械論者だったけど、そんなちっぽけな思想とか吹っ飛ばすぐらい圧倒的だ。
たぶん私がただの長谷部真琴なら、ガメラを見た瞬間に涙を流しながら駆け寄って行って跪いて命乞いでも崇めでもしたんだろう。
でも私は研究者で、ここは日本国家の中枢だ。このセンターにいる人間は、これからこのとんでもない巨大生物とセイリュウを羊のように誘導して衝突させて、弱ったり死んだりしたところを制圧しなくちゃいけないんだ。主導権を得たいなら、気圧されるわけにいかないんだ。
「砲撃開始!」
センターに号令が響いて、転倒を狙った砲撃がガメラの足元に命中した。もうもうと上がる土煙の中、ガメラは地面に手をつく。被弾によるダメージはなし、寧ろこの場合は与えてはいけないんだ。
「砲撃は進行の妨害程度に抑えてください、飛ばれると計画が頓挫します」
「長峰先生、ガメラとセイリュウは衝突しますか?」
「確証はありません。これまで日本にガメラが上陸したケースでは、必ず陸上に攻撃対象がいましたが、セイリュウが対象なのかは未知数です」
「話にならんじゃないか!ガメラの専門家は呼んでないのか?」
「いや、それはな……」
「期待しない方がよろしいかと。ガメラが生物か機械かでは今なお論争が続いていて、生物系と工学系で研究分野が分裂しております。ここで出る疑問に満足な回答が出せる人材は手近におりません。過去のデータから予測するまでです」
「潰し合いしてくれなきゃ困るんだ!潰し合った後処理もあるんだぞ」
「ガメラは好戦的ですし、通常相と言えどギャオスを無視することはあり得ません。ガメラは火球こそ放ちますが、基本的には近接戦闘を好みます。過去のデータから見ても必ず接近してきた相手に攻撃します」
珍しく先生の論が希望的だ。
先生は昔何度かガメラを直接見たことがあるらしいんだけど、あんまりガメラのことを話さない。ガメラについての分析も聞いたことがない。ギャオスに対する先生の視点は一貫しているけど、ガメラに対しては研究対象というクールな視点じゃなくて、もっとフワフワした感情を持ってる気がする。
「ガメラ、減速しつつなおも進行。第一候補地まで食い止められません」
「第二に変更しろ。避難はどうだ」
「第一及び第二候補を中心とした半径四キロ地点はほぼ避難が済んでおりますが、知事から競輪場地下の避難所にいる避難者を半径四キロ以外の区域に移動させるべきか問い合わせが来ております」
「六時四十七分に第二で衝突予定!」
「今から移動は無理だ、周辺の避難に人員を割け。野次馬はどうだ、本部長は署名したのか?軽犯罪でバンバンしょっ引いていい、とにかく人を動かせ!」
セイリュウは夏井川を越えてもスピードが落ちない。もうそろそろ位置によってはガメラが目視できる距離のはずだけど、もう誘導するまでもなくガメラの方向に猛進している。戦闘する意思があるなら好都合だ。
「ガメラとセイリュウの距離、二キロを割りました!」
衝突するんだ、そう思うだけで手が震える。
セイリュウが引き連れてるギャオスは標準的なサイズの通常相だけど、数は百を優に超えてる。セイリュウ自身だって攻撃する手段を持ってるかもしれない。
でも相手はあのガメラだ。ギャオスももちろん、巨大な怪獣との戦闘でも人間の採算の攻撃にも屈しなかった防御と、一瞬にして渋谷の街を灰にできる程の火力。
「セイリュウ三体、衝突予定地に侵入しました!」
ガメラの背甲は六十メートルぐらいだ、画面越しでもすごく大きい。でもどんなに大きくても一体は一体、第二衝突の時は、小型レギオンと呼ばれた生物に取り囲まれて皮膚からかなり出血しながら撤退したって聞いてたことがある。今回も意外に苦戦するかもしれない。
「距離一キロ!」
ああ、緊張で耳たぶが脈打ってるのがわかる。ぶつかり合った衝撃で市街地に倒れ込む?それとも火球で一網打尽?
「距離五百メートル、ガメラ予定地点前で停止!」
「停止?どういう意味だ」
「歩行を停止しました!進行する気配がありません。セイリュウ三体なおも前進!」
「ヘリは安全のため避難します、ドローンの映像来ます」
「百メートル、衝突します!」
衝突地点手前で仁王立ちしたまま一歩も動かないガメラに、セイリュウとギャオスが飛び掛かっていく。あっという間にガメラがギャオスに覆われて見えなくなって、分厚い皮膚にギャオスの爪が、そして喉元には這い上ったセイリュウの牙が食い込む。でもガメラは動かない。
「なに?どうなってるの?」
「おい、ガメラの様子は?どうなったんだ!」
「ガメラ依然停止、ギャオス攻撃中。ただ、吸気音らしきものが聞こえると報告が入っています」
「吸気?」
正直言うと、このとき私は期待してたんだ。私の周りのみんなも、テレビで中継を見てる日本のみんなも、きっと同じだったと思う。
ガメラは火を吐く。
渋谷を火の海にした火球、レギオンを爆散させた大火力、人間にはるか及ばない圧倒的な力で敵を木っ端みじんにしてくれるはず。
それに振り返ってみれば、みんな侮ってもいたと思う。
火球なら、今までのガメラのやり方なら、この状況なら大した被害は出ない。街は吹っ飛ぶしインフラはボロボロになるけど、人はほとんど死ななくて済む。きっと後始末は大変だけど、歴史に残るような瞬間が見られる。マスコミ対応が大変だけどオフレコで「やっぱりガメラは凄いねぇ」なんて記者と笑い合える、って。
だからあの瞬間、画面に突然現れた「アレ」が攻撃だって判った人は、きっといなかったと思うんだ。
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