第六節 ガメラ

 政府主導の巨大作戦に伴う全域避難とあって、始めこそ混乱をきたした避難誘導であったが、二日目ともなると住民もだいぶ落ち着きを取り戻してきた。

 天井の低い公民館の室内は圧迫感があるためどうも気が滅入りがちだが、夕刻前から地元の小学生が壁に画を張ったりシルバー会が幼児向けに朗読会をしたりと、非日常に適応しようとするたくましさが芽生えつつある。しかし、空間的・精神的余裕の無さからくる体調不良や住民同士の衝突も多く、我々避難支援の隊員が心を砕く問題の一つだ。

 そんな閉塞感が募る避難生活の中でも皆が等しく笑顔になる瞬間がある。温食の炊き出しだ。

 原則的に第一避難所は地下にあるため調理は屋外で行い、見張りが警戒するなか炊具機材で食事を用意し、運搬カートで地下に運び込む。温かいご飯に溶け出した鮭の脂の香ばしい香りが湿っぽい避難所内に広がり住民の鼻をくすぐると、子どもたちが寄ってきて「今日は何?」「お腹減った!」「後入りしちゃダメなんだよ」と明るい声が周囲を飛び跳ねる。

 順番に配るから待っててねと残し、十キロ以上あるカートで往復する。まだ周辺コロニーのせん滅完了には至っておらず、外部にいる間にギャオスの襲撃にあう可能性もあったが、忙しくしていた方が隙あらば背に這い寄ってくる「あの日」の亡霊を意識せずに済んだ。

 取り分けを急いで済ますと、続く歓声を期待してカートを押す。しかし戻り道の搬入通路には違和が漂っていた。

 人の声がしない。

 訝しみながら室内に入ると、彼らの関心の対象は別の事柄に置換されていた。炊き出しの確保に関心を払うものは僅か、殆どの目線はスマホに注がれている。

 任務中スマホの使用は禁止だが、一人間としての興味関心は変えられない。ひっそりと聞き耳を立て画面を覗きみて、無秩序に飛び込む雑音をそれらしき単語のフィルターに透過させる。

「キョダイセイブツ」「ショウタイフメイ」「カイジュウ」「ウミ」……。

 カートを空にして駆け戻ると、隊員たちの間にも既に情報が出回り始めていた。

「武藤、何か聞いてるか?」

「正体不明の巨大生物が見つかって、いわき市に避難勧告が出たらしいです」

「いわき?作戦地は南相馬周辺じゃないのか」

「報告を上げたのは海自です。いわき市の南東五十キロの太平洋沖で正体不明の物体が航行してるらしいんですが、とりあえずそれしか」

 続けて頼むと告げてカートを押すが、武藤の知らせに気もそぞろとなった。なぜ作戦地と離れた場所に巨大生物が?作戦に関係があるのか?そもそもなぜ政府は、高速航行する正体不明の物体を早い段階で『生物』と断定して発表しているのか?

 避難所では住民も市の職員も食い入るようにスマホを見つめ、手に入れた情報を口上している。つみれ汁に入った根菜の香ばしい匂いが鼻をくすぐっても、カートに気を向ける者はもういない。そして恐らく子どもだろう、甲高い声が叫んだ。

「『ガメラ』だって!」

 ゼロ戦やガンジーほどモノクロではないにしろ、平成やビデオカセットのような色褪せと共に、そのイメージは立ち昇った。

 ガメラ。

 自分が生まれる数年前、まだスマホはおろかカメラ付きケータイさえ満足に普及していない時代に現れたという巨大怪獣は、鮮明な映像も少なく社会科の資料集にある写真を見た覚えが僅かにあるだけだ。三度の巨大衝突で日本各地を破壊し巨大怪獣と衝突し続けた災害の中心であるのに、それについて我々の知識は不自然なほど乏しい。『守護神』とも『諸悪の根源』とも呼ばれ、その実態は殆ど解明されぬまま人々の記憶から消えつつあった大いなる力。それが、突然血肉を得て現れたというのだ。ほどなく後追いの緊急速報アラートが鳴り、文言の『正体不明の巨大生物』は『ガメラ』に置き換わった。

 反応は様々だった。

 小学生はガメラとはなんだと両親にたずね、恐竜や怪獣に詳しい同級生が親代わりに教えてやっていた。中高生には好奇が、社会人には不安が、そしてまばらに引きつったような恐怖が浮かび上がった。そして一人また一人と手を合わせる姿が見えた。

 祈りは何のためであろう。事態の鎮静化、セイリュウの撃滅、ギャオスの撃滅、日本の守護、そして「こちらに来るな関わるな」。自分の、家族の、日本のため、千差万様の願望が渦巻き、ガメラという一つの焦点に向かって凝縮される。姿かたちこそ違えど、それはかつて管理隊であったころの我々に向けられていたものと同じではないか。

 軽くなったカートを押しながら、意味もなく尚も考える。

 海自は第一報から生物と断定した。おそらく発見時点でASWシステムのライブラリで検索結果が一致していたのだろう。日本のライブラリは過去日本国内を航行したあらゆる物体の音響データを記録している。正確には過去のガメラと似た形・似た駆動で進む何かが観測されたわけだが、その特殊性から考えてほぼ間違いないとの判断だろう。

 文献で字面を追った程度だが、ガメラは過去複数回日本の海岸に接近した全てで、その後上陸をしている。目的など知る由もないが、今回も直進するいわき市周辺に上陸する可能性が高い。おそらく即応でスクランブルがかかっているはずだ。

 第三次衝突以降、大型怪獣の上陸時対処フローは怪獣そのものの駆除を目的としない。地形を破壊することで進行速度低下と進行ルート変更を引き起こし、国民の避難時間の捻出や、より経済・人為的被害の少ない区域への誘導を狙うのが国際的セオリーだ。いくら未知の能力を持つ怪獣が出てきても、地を歩くならばそれを砕いて変形させれば影響は免れない。

 ガメラの場合は過去のデータがあるので体重や進行速度は既知のそれに似通うだろう。いわきは大きい、十分に避難時間を作れるかは疑問だが、誘導いかんでは被害が大きく異なり作戦指揮の評価に大きく関わる。

 通路を抜けると、炊事中の隊員たちもかなり動揺していた、武藤が駆け寄ってくる。

「隊長、セイリュウが新たに出現。いわき北東部に三体!」

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