第五節 御殿の子
テンも俺も、松尾浅緋のことなんて何も知らないと思ってたけど、ありゃウソだ。松尾は俺の地元で知らない奴はいない『御殿の子』だった。
三十年前にギャオスで色々ゴタゴタしたし大地震とかもあった関係で、今の福島市内の土地の価値ってのは災害への耐性が一番の指標だ。だからギャオスにも津波にもやられない海から程よく離れた高台はすごく地価が高くて、俺の親父は高台の権利書のファイルだけは特注の金庫にしまってたらしい。
実際、福島市内で高台になってるところはどこも高級住宅が並んでて、地元の奴らはその辺を御殿って呼んでた。。
御殿住まいって言っても、百年以上前に私費で鉄道引いてきたとかいう家系のガチもん豪族から、俺の母親の実家みたいにステータスでどうにか嚙り付いてる奴とか、当然成金みたいなのもいる。
その中でも、松尾家は悪目立ちの度が段違いだった。松尾の母ちゃんは福島市エリア担当じゃ有名な徴収代行会社の取締役だ。
徴収代行ってのは、死んだ国民の内臓と髄液を取り除く手続きを請け負う奴らのことだ。ホントはギャオスを殺す罠のためにやることだから公務員がやるべきだけど、手が回らないし誰もやりたがらないから民間委託してるってわけだ。
まあそりゃそうだよな。「ご臨終です」って言われた瞬間、徴収員がズカズカ入ってきて定型文早口で喋って、処置室でさっきまで生きてた身内の脊髄と内臓吸い出しちまうんだから、どうしたってヘイトがたまる。
そんな仕事だから、大量に補助金が入ってきて異常に給料はいいし、引っ越すのも何するのも経済補助がつく。でも基本的に人に恨まれるから精神病になる割合も自殺割合もダントツに多い職種だ。松尾の母ちゃんは、ストレスをギャンブルと酒と散財で紛らわせるタイプだった。家も車もギラギラしてて、問題起こしても札束叩きつけて帰ってくタイプのトラブルメーカーだった。
「セイめっちゃ詳しいのな、いつそんな喋ったん?」
「さっき救急隊のおっさんが住所確認してたじゃん?あれすげぇ近所」
「近所なら会ったことねぇの?」
「外壁にしょっちゅう落書きあったから何となくヤバい感じしてたし、親戚の奴らは『ハゲタカ屋敷の親子と喋るな』って言われてたしな。多分色んな店出禁だから近所で買い物もできないぜ」
自殺かぁ。死んだほうがマシなんて小学生から口癖みたいに使ってたのにな。
「まあでもラッキーじゃん。とりあえず松尾ちゃん平気そうだし、救急車でタダでいわきまで来れたしよ」
「頭打ったわけでもねぇのにCTとかレントゲンとかずっとやってんだから平気じゃねぇだろ。今何時?」
「六時チョイ前、オレ朝飯とコーヒー買いに行くわ」
俺達がちょうど立ち上がったタイミングで、検査が終わった松尾が出てきた。ただでさえ人相悪いのに、頭痛が引かないせいでデコのしわが増えて感染したてのゾンビみたいな顔してやがる。医者によると検査結果が出るまで一時間ぐらいかかるらしい。
「松尾ちゃんもコンビニ行く?」
「てめぇら……、郡山戻って、クリームボックス、買って、コイ……」
「バカ言うな、俺らちょっと出てくっから、何かあったら連絡しろ」
院内の軽食コーナーはロクな食い物がなかったから外に出ることにした。まだ日も出てねぇのに、ワールドカップやってる時みたいに町は賑やかだ。
「セイリュウってもう全滅したん?」
「さっきと同じだろ、あと一匹ずっと探してんじゃね」
「最初めっちゃ盛り上がったのにあれだけじゃん。オレ速攻飽きた。ミサイルボンボン撃って全部燃やせばいいじゃん」
「俺が知るかよ、ミサイル代ケチってんだろ」
スポーツバーの前の大型ビジョンは森しか写ってない。居酒屋の前で店員が売れ残ったおつまみに半額シール張ってて、コンビニ店員もちょうどスナックフードの外売りブースを片付けてるところだった。
居酒屋のポテトはふやけててマズそうだったから、テンと二人でコンビニに行くことにした。こっちも菓子パンとか弁当はほとんど無くて、悩んだ挙句インスタント麺とカニパンとスポーツドリンクを買った。
外に出ると、大型ビジョンの前を通りかかった何人かの酔っ払いが「死ねぇ!」とか「コロセ!」とか「黒焦げにしやがれ!」とかいいながら、画面に映ったギャオスの群れに向かって汚ぇツバ飛ばして叫んでた。俺もテンも暇すぎて、おっさん達が叫ぶのを遠くから見ながらインスタントをすすった。
でも、ラーメンを食い終わってカニパンの封を開けたタイミングで、俺もテンも跳ね上がった。ビジョン前のおっさん達もコンビニ店員も跳ね上がった。俺達のスマホもおっさん達のスマホも、派手な警告音をピロンピロン出して振動してる。
『避難警報』
なんでだ?ここいわきだぞ、南相馬からどんだけ離れてると思ってんだ。でも、避難警報の下にはさらに文字が続いていた。
『第一次避難警報・対象地域:いわき市 巨大生物接近』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます