第四節 開戦

『福島市でギャオス獣害・死者二十六名負傷者多数!』

『庭坂獣災!恐怖に包まれた一夜!』

『二十七年ぶりの死者 怯える日本』

『徹底討論・対獣害防衛システムについて考える』


 三十日の一件は政府決定により「庭坂獣災」と呼称され、同時に世間が存在をウワサしてた未確認生物も、呼称を「セイリュウ」として政府は正式に存在を認めた。

 数十年ぶりのギャオスによる死傷者、しかも日本が世界に誇る避難システムが破られた社会的ショックは大きくて、最初はニュースキャスターもお得意の困り顔で『心配です』とか『庭坂に支援を』とか言ってたのが、一晩たって自分たちもヤバいかもしれないと分かると『今こそみんなで声を挙げよう』『オールニッポン』みたいな論調に切り替わり始めた。


 アクティブな方々は早速プラカードを作ってSNSで呼びかけた仲間と列を作って『NO MORE 白井』『共生派排除!』『国民の命を守れ』とやり始めている。でも毎年この時期は軍拡反対派や自然保護団体も活発にデモをやるから、ここ数日国会前は厳重封鎖。その近くで血の気の多いデモ隊同士が殴り合いをして、最終的に全員まとめて機動隊に引きずられていく様子をワイドショーが中継するのが最近のトレンドだ。


 騒ぎは海外にも飛び火した。

 今回の一件で日本が戦略的ODA事業で世界各国に売り込んでいた二段階避難システムの根幹が揺るがされたから、外務省・経産省・防衛省はもちろん振興支援で協力関係にあった研究室のほうにもジャンジャカ苦情が入ってきてる。


 まあそういうわけで、政府は何としても今回の作戦を失敗するわけにはいかない。

 対策臨時会議での先生の主張は速やかにくみ取られて、旧大穴鍾乳洞付近に潜伏する三体のセイリュウの駆除作戦実施が決定した。

 開始日時は八月二日午後八時。作戦地を中心とする半径十キロに避難勧告、半径二十キロに避難指示が出されるという第三次衝突以降最大規模の作戦行動。内容は、研究室が収集した情報や航空写真を基に目標位置を特定し、陸海空の同時攻撃で一気にせん滅するという、シンプルかつド派手なものだ。


 この作戦が発表されてから日本中はパニック、というよりお祭り状態だ。

 株価は乱高下、保険の営業マンは電話をかけまくり、焦土になるはずの作戦地の土地権利書が特定の不動産屋の間で闇売買されて、それを週刊誌がすっぱ抜いて炎上。お堅い番組は作戦中継の特番を組んで軍事アナリストと軍事専門家を呼び出して、兵器の種類だの配置だの、やれ火力が足りないだの他国を刺激する作戦展開だの、顔は真剣だけど楽しそうに討論する様子をお茶の間に届けている。


 でも、一番忘れちゃいけないことがある。

 それはこの作戦が二八年ぶりに行われる対ギャオス全面戦闘で、日本政府にとっては初めてしかける大博打ってことだ。


 第一次衝突で現れたギャオスは、今世界中にいるギャオスと形こそあまり変わらないけど、サイズは翼長一八五メートルで体重一五〇〇トンという超巨体。しかも飛行速度は毎時一〇〇〇キロ、喉から発生する三〇〇万サイクルの指向性衝撃波でほぼすべての物体を切断する『超音波メス』という武器を持ったとんでもないバケモノだった。

 更に、第三次衝突以降ではGH(ギャオス・ハイパー)という新たなギャオスも現れた。翼長一五〇メートルに体重七五〇トンと第一次衝突の時より一回り小さいけど、

 ・体重に対する翼面積が増加

 ・下半身が以前に比べ貧弱で重心が前寄りに変化

 ・新たな肘の形成

 ・三指のうち一番体側にある一本が他の二本から離れ親指のように生えるよう変化

 と、こんな感じの違いがあって、飛行能力が上がったGHは世界中に生息域を拡大し世界中大混乱に陥った。

 考古学的・生命科学的研究から、ギャオスが古代文明によって人口調整を目的として作られた『対人用生物兵器』だということは、現在ほぼ決定的と考えられてる。でもそれを踏まえると、当時現れた彼女たちは対人兵器という点でとてもヘンテコな姿をしてたんだ。


 理想兵器三則というのがある。

 一:使用が簡単であること

 二:得られる効果が高く、かつ効果を操作しやすいこと

 三:使用者の安全が守られること

 この三則により強くあてはまるほど理想的な兵器なんだそうだ。更にその中で生物兵器は、予測不能性・環境適応性・長期効果性がある点が兵器として優れていて、そう考えると数千年を経ても効果を失わないギャオスは理想的な、拍手したくなるほど完璧な兵器と言っていい。


 でも、こんなミス・パーフェクトが人間の前に初めて姿を現した時、その姿は完璧とは程遠かった。だって、ただ人殺すならあんなに大きくなくていいし、身体能力も高すぎだし、超音波メスなんか絶対要らない。蚊を殺すのに戦車持ち出してくるようなもんだ。対人としてあまりにハイスペック、いや、オーバースペックだ。

 兵器は大きいほど使用にリスクがあるし維持も大変。だからその点で第一則と第二則に抵触するし、巨大な生物は大暴れするだけで破片が飛んだり建物が崩れたり、使用者が想定外の事態が起きうるから、その点では第三則にも反する。現代の技術でも到底作れっこない生物兵器を完璧に仕上げた古代人が、兵器デザインでこんな初歩的なミスするわけないんだ。

 

 世界で初めてその疑問を抱いたのが長峰先生だった。

 先生の疑問は研究を進める度に膨れ上がって、第一次衝突の大型個体とGHの個体に遺伝子ゲノム的に差異がほぼないということを知った時、ある閃きに変わった。

 目の前で暴れ回る巨大なギャオスたちは、異常な環境を乗り越えるために発生した『変異相』なんじゃないかって。

 

 『相変異』っていうのは一部の昆虫で見られる現象で、同じ遺伝子でも環境の変化によって姿かたちが一定の変化をする現象のことだ。

 有名なのはトノサマバッタの群生相、飛蝗って呼ばれる変異だ。ある生息環境でのバッタの数が一定以上になると、次に生まれるバッタの体つきが飛行に特化した相に変化して、彼らは群れとなって目の前のあらゆる植物を喰いながら死ぬまで飛び続ける。荒野と化した大地からは元の相のバッタが生まれてきて、めでたくバッタは領土拡大が成功するってわけ。


 第一次衝突の大型ギャオスとGHをそれぞれ相と考えると、先生の疑問は解決できた。

 大型ギャオスは大敵ガメラとの交戦のための局地戦用の相、GHは生息域拡大用の相。彼らは元から人間を殺すためのデザインじゃないから、対人生物兵器として矛盾がある。そして、もしこの相変異という仮説が正しいならば、本来あるべき人口調整兵器としての『通常相』が存在するはず。

 これが、一九九九年に長峰先生が発表した『長峰プレディクション』だ。でも当時の先生は研究室もない動物園の職員、しかも女。長峰プレディクションは大して注目されなかった。


 風向きが変わったのは、二〇〇〇年六月のことだった。

 比較解剖学の世界的権威であるエジプトのアフメッド・ハサン教授が、GHの腎臓・肝臓サンプルの比較研究から、彼らは長くても五年ほどで金属中毒による腎肝機能障害で寿命を迎えると予想して、長峰プレディクションを支持したからだ。

 大型ギャオスやGHというのは通常の生物を構成する有機物ではその体型が維持できなくて、骨格には金属桁構造、つまり、空洞の骨の中に金属の細い支柱が無数に張り巡らされた構造を作って骨の強度と体型を維持してるんだけど、この金属自体がギャオスの身体にとって有毒で、特に金属中毒の影響を受けやすい腎臓と肝臓が音を上げてしまうんだ。

 生き物って、基本的に身体が大きいほど代謝が低くて寿命が長い。逆に言えば、寿命を長くできることが身体を大きくする利点なんだ。だから、せっかく大きくなったのに五年で死んじゃうなんて矛盾してる。わざわざ短命のリスクを取るのは、大きな体のギャオスは本来の姿じゃないから、っていうのがアフメッド教授の主張だ。


 この二つの予想を合わせた『長峰アフメッドプレディクション』は大論争を巻き起こした。とにかく国防や対ギャオス政策に大きな影響を及ぼすから、この予言を受け入れるかどうかどの国もすごく悩んだ。さっき言ったように大きい生物は代謝が低いから、アフメッド教授の短期的サンプル分析だけから結論を出すのは性急だっていう批判も多かった。


 でも、当時の日本の沼田内閣は真っ先にこれに飛びついた。

 政権交代で与党になったは良かったものの基盤は貧弱。どんどん増えるGH相に対して世界中が徹底抗戦を始めてるのに、日本は自衛隊出動に関する議論がまとまらなくて対応が後手後手。解散目前だった内閣にとって長峰プレディクションは最後の切り札だった。


 政府は国民に積極的避難・積極的団結・積極的非戦闘という『三つの積極』を呼びかけた。

 夜は第一避難所に引きこもり、昼は地道にT2作戦でギャオスを殺しながら休眠個体を一体一体発見しては駆除する毎日。とにかく正面から戦わずに戦闘相とGH相の息切れを待って、存在するかも分からない通常相の出現を信じるという、大人しく災害慣れした国民性を利用したギャオス頼みの戦略だった。


 結局、日本は賭けに勝った。

 相変わらず凶悪でタチは悪いけど、手に負えないわけではない通常相が二〇〇一年九月に長野で初めて確認されると、その後の復興はあっという間だった。いたずらに正面から戦って大量の国防費を消耗した大国を置き去りにして経済指標を急回復させると、外資は母国に背を向けてジャブジャブ日本に資金を流した。今では軍事力が十分でない発展途上国ともODA事業でコネを作って、日本のサクセスストーリーはまだまだ終わりが見えない。


 そんな日本が今日の八時、後数分で、初めてギャオスに正面から攻撃を仕掛ける。


 研究が進んだ今、ギャオスがどうやって戦闘相・GH相に変異するかも解明済みだ。

 ギャオスは生命にかかわる強いストレスを受け続けた場合、例えば捕獲したり攻撃したりすると、共喰いしながら巨大になって死ぬまで破壊を続ける。だから今ではどの国でもギャオスを追い詰めたり刺激したりしないし、国際的にそういうのは極力避けましょうという取り決めも交し合ってきた。


 でも、セイリュウの出現で猶予は無くなった。今日、森林地帯のコロニーを攻撃した瞬間、戦闘相・GH相発生のカウントダウンが始まる。国際的な反発も巨大ギャオスとの交戦リスクも政府はもちろん分かってるけど、もう背に腹は代えられない。


 官邸地下の危機管理センターは高級感あふれる四階と違って武骨で殺風景だ。

 昨日四階で見た大臣その他が中央に偉そうに座って、その周りを若手官僚がせわしなく動き回っているけど、皆の表情に焦りとか戸惑いみたいなものはない。誰もが予定されたとおりに動いて、責任と仕事量と罪悪感を分配して、ただセイリュウの寿命が機械的に短くなっていく。


『定刻通り作戦は開始されました。自衛隊による攻撃は目標三体のうち二体に命中した模様、詳細確認中』


 抑揚のない室内放送で、日本の博打が始まった。

 セイリュウごと一帯のギャオスコロニーを全滅させるか、戦況がエスカレートするかの大勝負。一応下着の替え持ってきたけど、こりゃしばらく徹夜だなぁ。


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