第六節 デート
〇Makoto.N――『ゴメン、その日は仕事長引きそうだからパス!また埋め合わせするよ』
飲み会の断りは簡潔かつキッパリと、が鉄則。
終電ギリダッシュしたせいで酸欠で視界が狭いし座席にシャツが張り付いてるけど、まずは全力で推敲に意識を集中する。うむ、問題ない。送信。
今返信したチカなんかは中学時代の友達だからあんまり肩ひじ張るような相手でもないけど、これが丸の内とか永田町繋がりのお歴々となるとそうはいかない。特に最近、同期の飲み会が殺伐としてきている。
二十九歳はまさに節目の年、『二十代』のラベルがはがれかかった勝負の年だ、お母さんの頃はクリスマスケーキだとか言ったらしい。
かたや人生の一大イベントを成功させるべく共闘関係を構築し、かたや自分の容姿・才能・運・コネのすべてを駆使して手に入れた人生最大のオモチャを多角的に比較し、マウント大会で悦に入る。死線がめぐる中に不用心に入っていけばあっという間にハチの巣だ。幹事・メンバー・季節・場所・開始と終了の時間・気候・近々の時事問題などは最低限押さえておかなければならない。
特に私の場合、十年超の遠距離恋愛中、しかも相手は泥臭い陸上自衛隊員ということで、字面だけ見れば紙ナシ金ナシ命ナシの格好の踏み台に見えてしまう。だから初心者だったころは言われるままにホイホイ参加していた。でも、これが良くなかった。
失敗の原因は主に、恋人である内田昭一の容姿のせいだ。
小学校からの付き合いだからカッコいいのに気付かない、なんてウソだ。小さいころからショウが好きな子はクラス内外に沢山いたし、人気はあるのに増長はせず、小学生の段階でいじめられっ子を庇ってしまえるようなデキた奴だった。
私が中学受験して暫く見ない間に、そのサラブレッドは身長一八五センチに鳶色の眼を持つサッカー青年に成長した。彼女なんて選び放題だったはずの人気者は、何を血迷ったのか友達のツテで私を放課後の勉強に誘うようになった。
高校卒業直前に告白されたときは目の前がぐわんぐわんして気分が悪かったのをよく覚えてる。
自衛隊に入隊してからも、イケメン街道は終わらない。
入隊後しばらくして、自衛隊の広報から写真を撮らせてくれと連絡がきたらしい。よくわからないままOKしたその写真は東北方面の自衛隊勧誘ポスターに使われて、それ以降ショウは『毎年自衛隊のポスターに写ってる隊員』として東北ではちょっとした有名人だ。怖いから調べたことないけど、自衛隊公式の隊員グッズの売り上げランキングでも上位で、ネットで名前を検索すると非公式ファンサイトもあるらしい。
そんな男とのツーショット写真が、前座でつるし上げようとした芋女のボロいスマホからわんさか出てくるから、お局様たちの酒は途端にまずくなる。イケメンは公共の財産、私有化しては世のためにならないことを、若い頃は理解してなかった。特に理系社会はコネがモノを言う社会構造だから、オフの粗相は仕事に支障が出てしまう。それは困る。
よって現在は、以下
一:飲みは極力一次会、リスクがある飲みは後日面子ごとにサシ及び少人数対応
二:高級官僚との飲みはグループ飲みオンリー、『彼氏います』アピールも怠らない
三:女性との会話では、情報統制で『男への不満』に論点すり替えを試みる
この三訓を持って行動すると結論したのである。
〇砂川チカ――『はーい😢たまには顔出せよー、チビが遊んでってさ』
阿武隈急行も丸森の辺りはザ・山奥って感じの車窓風景だけど、福島駅に近くなると平地が多くなってきて田んぼが広がる。スマホで化粧が崩壊してないか確認して、稲穂の伸びた水田に夕日が反射するのを眺める。
時々、あぜで子どもが駆けている。友達同士だったり、大人に追いかけられていたり。きっともうすぐ夜間だから、きかん坊が親から逃げてるんだろう。
そういえば私も夏休みの自由研究でサギの種類別の捕食データの取得に夢中だった時、夕暮れ前に父が迎えに来るのが憎くて、太ももを思いっきりパンチして大泣きしたことがあったな。今度帰ったら謝ろう。
〇砂川チカ――『おい、今日デートだろ』
〇Makoto.N――『あ、そうだよ。もしかしてまたやってる?』
〇砂川チカ――『うん、駅前にできた台湾デザート屋の前で予行演習してる☺』
〇砂川チカ――『ウロついてるけどネタバレなるからやめとく』
〇砂川チカ――『相変わらずショウちゃんかわいいなwよろしく言っといてね』
さっきも言ったように、ショウは街中で顔を知られている。
普段はロードバイクだったりBBQだったりが趣味のアウトドア派であんまり繁華街には行かないらしいけど、唯一例外になるのが私と会う前だ。
その日のデートコースはショウが決めるわけだけど、彼は予行演習のため予定のルートを何度も歩きまわる習性がある。顔も知られた高身長男がショーウインドウに張り付いてパンケーキやら新作スイーツやら吟味する奇行は目立ってしょうがないんだけど、本人はバレてないと思ってるらしいからそっとしておいている。
きっとお互いが仕事を続ける以上、遠距離の関係もショウの奇妙な習慣も変わらないんだろう。
告白にOKはしたけど、ショウは私の身に余るという思いはずっと残り続けていて、心のどこかにある申し訳なさが消えない。きっと私がいろんな形で身を引けば、ショウは結婚して可愛い子どもができて、もっと普通な幸せな家庭が持てる。でも、そんな恐ろしいことができるほど私は強くない。
もう少しだけ、ショウの優しさに甘えたい。
こんなことをグズグズ続けているせいで、ショウの将来をダメにしてるのは自分でもわかってる。でも、もう少しだけ一緒にいさせてほしい。好きな人が自分を好きだと言ってくれる奇跡みたいな時間を、もう少しだけ……。
――ガクン
都内じゃなかなか味わえない荒々しさで電車が減速した。空ももうだいぶ暗い。
ショウは多分今日もいろんなところに連れて行ってくれるんだろうな。台湾スイーツは店名的に多分チェーンなんだけど、都内と食べ比べって意味じゃ良い経験になる。
そしてきっと最後はいつもと一緒。本当は良くないけど、ショウお気に入りの緩衝地域の高台に上って街の灯を一緒に眺める。
「あの街の点滅が、この街の鼓動みたいに見えるんだよ」
でも、私にはそれさえあれば十分なんだ。私はその言葉を喋っている時のショウの横顔が一番好きだから。
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