0461:ミルビネット・オウン・クリスナ

 気がついた時には……既に白い部屋にいた。明るい……ここは……どこだ? 


 私は……地下の独房に入れられて……手枷足枷を付けられ、食べるものもろくに与えられず、最終的にココで死ぬのだ……と意識を失った……のでは無かったのか? 


 ふと、自分の腕が視界に入る。ああ、やはり。ガリガリで細くなった腕。そこには枷が食い込んでいた跡が若干残っていた。


 ん? 跡? つまり、枷が無いということだ。動く? 指が、身体が動く? どういうことだ? 

 

 ここにいる私は……あの地下にいた私で間違いが無い。それは絶対だ。


 だが。ここはドコだ?


 明るい白い部屋……と思ったが、天井や壁が白いだけで、床は木の床だった。大きい窓から……光が差し込んでいる。


 穏やかだ……さらに……臭いも無い。


 はっ! そうだ……私は……私は、自分の排泄物にまみれて……いたハズだ。意識を失い始めてからはあまり気にすることもできなかったが、常に臭っていた記憶が……ある。


 なのに。今の自分からはそんな臭いは全くしない。それどころか、着用している衣服? 寝間着からは非常に良い匂いが漂ってくる。


 どういうことだ……現実として、私は死ぬところだった。いや、死の寸前まで行っていた気がする。それが何故、このような場所で……休んでいるのか。


「あら? 気付かれましたか?」


 自分でも判るが、イチイチ反応が遅い。ゆっくりと目をそちらに向ける。見かけない小間使いがこちらを見ていた。


「あ……あ」


「無理なさらなくて結構です。お目覚めになったら伝えるようにと言われております。事情を知る者を呼んで参りますね」


「耳は聞こえてますか? 痛いところはございませんか?」


 耳は聞こえている。頷く。痛いところはない。と首を横に振る。


 それを確認した小間使いが部屋を出て行った。


 私は……上手くしゃべれなくなっているようだ。それも仕方あるまい。あそこに入れられて……何日経過したことか……。覚えているのは最初数日……くらいか。どれほどの日数が経過したか判らない。地下で日の入らぬ場所だっただけに、時間の経過の感覚が無かったからな。


 しばらくするとドアが開き、男が入ってきた。服装からすると執事か使用人の長だろううか? 


「おはようございます。目覚めて早々申し訳ありません。事情を説明させて頂いてよろしいでしょうか?」


 私は頷いた。多分、ホンの少し、頭が前後に動いたはずだ。


「まず最初に。私たちは、貴方様が何方なのかの最終確認が出来ておりません。うちの者によれば、先程の紛争で、我が君、オベニス領領主、イリス・アーウィック・オベニス様に「戦場で見逃された」「なんとかという姫」だということなのですが。相違ないでしょうか?」


「!」


「荒れ狂う鬼」だと? いつ彼女の軍勢に攻め込まれた? 我が国はあの脅威的な暴力に為す術無く破れたのだろうか? 


 とりあえず頷く……しかない。言葉は悪いが私が捕虜だったとしても、その通りだったとしても、我が君? イリス? 相手は「荒れ狂う鬼」だ。今の自分に何か彼女に対して出来るコトがあるとは思えない。


「ということは貴方様は「閃光姫」ミルビネット様、クリスナの第五公女、ミルビネット・オウン・クリスナ殿下で相違ないでしょうか?」


 内心、焦りながら頷く。よりによって……あの……化け物中の化け物の元に捕獲され、連れ攫われたとは。


「了解しました。今の情報を持ち帰り、少々打ち合わせをして参ります。それまでは体力回復にお努めください。弱っていた身体も癒しの術で治っているハズですが……血が、肉が、栄養が足りません」


 そ、そうなのか? そう言われてみればそうかもしれない。


 扉が開いて、食事の載ったワゴンを押した先程の小間使いが入ってきた。


「食事を用意させました。内臓の修復も済んでいます。大丈夫だとは思いますが最初はゆっくりと、少しずつお召し上がりください」


 食事は美味しかった。ほのかに甘い……パンをスープに浸して柔らかくして潰したような食べ物。更に柔らかく煮込んだ野菜。水すらも美味しかった。


 食べたことのない食事だったが、何度かおかわりを頼んでしまった。癒しの術によって身体自体は治っている……というのは本当のことだろう。でなければ、この状態でお腹が空いて、身体が食べ物を求めるハズが無い。


 食事をして、お腹がいっぱいになると、そのまま眠ってしまい……目が覚めれば次の日の朝のようだった。


 ああ……私は疲れていたのだな。兄たちの命令通りに各地の反乱を抑え、他国にも出陣し、勝利を得ることだけを考えて生きてきた。


 城に居ても、女風情で後継の座を狙っていると言われ続けた。


 なのに公女としての継承権を破棄したいと言っても、受け入れられなかった。それをすると、私が虐げられた……と反逆する民や貴族がいることを判っていたからだ。


 嫌がらせは……続いた。


 正直、私にはどうする事も出来なかった。そのせいで、私を庇ってくれた何人もの騎士が無謀な命令を命ぜられ、死んで行った。


 強ければ。そう、あの「荒れ狂う鬼」くらい、私が強ければ。どんな困難も切り抜けられたのではないだろうか?


 更に言えば。男なら。昔からよく言われた「貴方様が男であれば」という言葉通り、男であったなら。皆を率いて内乱でも起こし、兄達の首を刈って、私が王位を継ぐ事も可能だったのだろうか?


 もう、私は、生きていてはいけなかったのでは無いだろうか? この部屋に来て、考える時間が増えたからか、泣くことが多くなってしまった。


 ただただ私はこんなに弱かったのだ……。








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