0453:クリスナ公国異変②
「正直。私たちにはその判断は出来ない」
「……そう……ですよね」
「穴開け」ボンダが口にしたのは……提案というか、依頼だった。
そもそも。とボンダは思う。
あのメールミア王国出兵がケチの付き始めだったのだ。兵を出すと言い出したのは公弟殿下だったハズなのに。なのに兵を率いて出発したのは姫様だった。上手いこと押しつけられたのだ。
さらに、にも関わらず、負けて帰ってくればその責任は全て、姫様のせいにされた……。
が。姫様は現在も軟禁状態で城の地下に囚われている。このままでは文字通り圧殺されてしまう。助けるのを手伝ってくれないか?
というボンダの願い、懇願だった。
(ただ……)
(多分……お館様なら……助けるような気がする)
目でパルメスを見る。パルメスも同じ事を考えたのかもしれない。確かに頷いた。
「この騒動の中なら、地下から連れ出すことは出来るかもしれない」
「あ、ああ、すまない、それで構わない。お願い出来ないか」
言った瞬間にパルメスが動いた。あっという間に見えなくなる。
「なら、もう少し目立たない場所で逃げる準備をしておいて」
「わ、判った。城の地下にはそれなりに警護という名の監視の騎士がいるはずだ……確かに、もしかしたら今は外へ出ているかもしれないが……俺は公都の北……街外れに馬車屋がある。そこで馬車を確保しておく」
頷くとモルエアはパルメスの後を追った。
混乱の真っ最中にある城。そんな喧騒の中であれば、潜入に向いた術の使える二人は誰一人に誰何される事無く、目的の部屋の前に辿り付いた。扉は硬く施錠され、さらに魔術的な結界も張られている様だった。
ここまで歩哨の騎士はおらず、数名の小間使いが慌ただしく移動している姿を見かけるのみだった。見回せば、鍵束が目の前のテーブルの上に置かれている。
(不用心というか……まあ、通常時であればここ以上に安全な場所は無いのか)
モルエアはパルメスにその場の見張りを任せて、奥へ向かう。鍵を開け、結界をすり抜けられる護符を持ち、扉を開ける。中は……暗かった。
「ミルビネット閣下……」
小さい声で囁く。人はいる。暗い部屋の奥、多分ベッドの辺りに誰か居るのが見えた。モルエアは、いや、ノルドは暗いところでも目が効くので何の障害にもならない。
「「穴開け」ボンダ様から依頼を受けて参りました。ミルビネット閣下で間違いは無いでしょうか?」
「……あ、ああ」
風に吹き消されそうな小さい細い声……が返ってきた。
「……すまない……動けぬのだ……」
汚臭。若い婦女子であれば閉口せざるを得ない……さらに腐臭。強く締められた金属製の手枷足枷が鎖でベッドに繋がれている。この部屋をあつらえた者はよほどの趣味をしていると思える。魔術封じも施されているようだ。
自分がこういう暗い部屋に押し込められていた時期もあった。が。排泄に関してはちゃんと便所で用を足せていたし、食事も食堂で取っていた。何よりも。鎖に縛られてはいなかった。モルエアは自分はまだマシだったのか、と思ってしまった。
思ってしまうともう、身体が止まらなかった。短剣を抜き、鎖を断つ。魔力を這わせたガギル製のミスリルの短剣は、普通の鉄など紙のように斬り裂く。汚物まみれの身体を見られるのは屈辱だろうと、広間に戻り、監視の騎士が使っていたであろう毛布を持ってくる。
「少し苦しいけど我慢して」
「あ……ああ、我慢……するのには馴れた」
身体から顔まで……公女を包んでグルグル巻きにして抱え上げる。思いのほか軽かった。
(これは……もう、死が近いのでは無いか?)
と思い、瞬時に癒しの術を掛けてしまう。
「おお。そなたは……癒しの術を……かなり楽になった」
毛布越しに公女が呟く。
(思ったよりも……この公女は重要人物らしい。落ち着けば必ず追っ手が掛かる……そうなると……)
「パルメス。急いでここを離れた方が良い……多分、私たちの全速力で」
広間に戻る。
「さっきのボンダに伝えてくれる? オベニスに来いって。安全な場所を……私たちはあそこしか知らないから」
パルメスが頷いた。その瞬間、二手に分かれ、警戒しながら城を後にする。地上ではまだ「黒い戦士」が暴れていた。王城はボロボロに崩れ、壊れている。
(この姫を連れて帰ると……お館様に迷惑を掛けるだろう……でも……怒られはしないハズだ。きっと。うん。多分。逆に……見捨てた方が悲しい顔をすると思う)
モルエアは自身に「はやかけ」を使い、全速力で駆け始めた。辛いだろうが、癒しの術を併用して、途中休憩は無しでオベニスまで直行する。
(早くお館様に診せないと……でないと、多分、この姫は死ぬ)
直感がそう囁いていた。
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