0438:館

 静寂と安寧……深い森の中、なんていうか、落ち着いた空気で満たされた集落は……既にほとんどが朽ち落ちていた。


 ここにノルドが生活していたのだな? と感じられる程度には痕跡が残されている。だが、そんな中、集落の中央に……イーズ森域、森都で見たハイノルドの館……が、朽ちず建っていた。前に見た物よりも大きい気がする。


 集落には誰も居ない。周囲は完全な廃墟、遺跡状態だ。というか、この状態で誰か住んでいるとしたら、それはそれでスゴイ。


 なのにこの館は……。


「我が祖父は帝国建国の際の始帝王から数代に渡り仕えていたらしい。なので、帝都があの場所に作られた際に、月夜の森も作られたという」

 

 何かスゴイ単語が含まれていた気がする……。


「祖父? んーと。ハイノルドの寿命ってどうなってるんですか?」


「ハイノルドは……人によって寿命も大きく変わる。最低でも千五百年。過去には、長ければ四千年近く生きる者も居たようだ。平均値は知らん。そもそも、数が少なくて信頼性のあるデータにならんのだ」


 そういえば……ハイノルドの出生率はもの凄く少ないと聞いた。


「それでも。私の前の世代、父や母の世代はそれなりの人数が存在していた。大きな森域には森都があり、そこには複数のハイノルドの家族が暮らしていたのだ。それが……いまや、たった千年足らずの間に、ハイノルドは絶滅の危機に瀕している」


 何もしないでいたわけでは無いハズだ。オーベさんのことだ。


「調べたが……理由は分からない。生まれる子の数はさほど変わらなかったハズじゃ。死んでいく者の多くが寿命だった。純粋に老衰で死んでいったのじゃ。にも関わらず、ここ最近、千年弱という短時間で種として絶えようとしている。これが偶然に起こる事象なのか……? 判らないままじゃ」


 オーベさんが館に足を踏み入れた。それまで閉ざされていた扉は当り前の様に自動で開いた。


「私……や親族にしか扉は開かないようになっている」


 館の内部は埃ひとつ落ちていない。オーベさんがここを去ってからどれくらいの時間が経っているのだろうか?


「館には常に「清掃」が発動しておる。まあ、イーズの館の様にハイノルドが立ち入らないでいると魔力が枯れてグズグズと崩れて行くのもいっしょじゃな。ここには魔道具を含め、幾つか大事な資料を保存してある。なので、百年に一度は戻る様にしていたからな。未だに屋敷の道具は稼働しておるな」


 オーベさんが……ここに住んでいるかの様に普通に、気軽に奥へ進んで行く。百年位来ていなかった……とは思えない自然な仕草で。壁を操作して、隠し扉っぽいのを開け、その奥の階段を降りる。俺とアリエリはついていくしか無い。


「この倉庫には……様々な魔道具が納められている。稀少な素材を使用して作られたモノも多い」


 さらに奥へ進む。幾つかの扉の奥。別格な扉が立ち塞がっていた。


「この奥は……正直、私も入ったことがないのじゃ」


「この奥に……叔母さんが?」


「ああ。そう聞いている。これで……」


 オーベさんが脇にあった端末を操作すると、重厚な扉がスライドし、開いていった。


「スゴイ冷気……じゃな」


 開いた隙間から白い冷気が溢れ出した。


「寒いですね」


 部屋の中は真っ暗……だった。オーベさんがどこかをいじったのか光が灯る。あ。いや。魔道具を付けたのか。壁のスイッチで電灯の様に壁の一部が発光していた。


 部屋は……十畳くらいだろうか? それなりに広い。両側に様々な資料? 素材? のような物が並んでいる。そして奥に……陳列棚というか、形は違うがよく見れば黒い棺が置いてある。


 また、オーベさんが横の端末を操作した。アレだな。暗証番号を入力している感じなんだろうな。


「よし。これで……しばらく待つことになるな」


「そうなんですか?」


「この魔道具なんだが……作った本人にしか仕組みが判らないのじゃ。なので、起こすべき時が来たら、それを知らせる。すると、自分で起き上がって出てくる……ということらしい」


「それはスゴイですね……」


 俺の知ってる冷凍睡眠とかって目覚めた後は、衰弱して入院状態とかそういう感じだったハズなのに。というか、技術としてキチンと成立してなかった気もする。

 まあ、癒しの術とかが仕込んであれば色々大丈夫、ちゃんと回復するのかな? 魔術や魔道具は俺の知ってる科学を遙かに超えてる部分が多々あるからなぁ。


「よし。それでは、ようこそ我が家へっていうことで、滞在する準備でもしようか。……というか、叔母様はどれくらいで起きてくるのかのう」


「……それは聞いてないんですか?」


「ああ。自分で起きてくるとしか伝わってないな」


「この館に滞在するのに必要な……食糧とかって?」


「保存食でいいのならいくらでもあると思うぞ? 但しあまり旨くない。味は二の次じゃな。あと、この館自体に保管の術が掛かっているからな。食材や調味料も大丈夫じゃろ。我が主の収納と同じ仕組みじゃな」


 保存食と聞いた途端、アリエリの顔色が変わった。え? 明らかにヤバい反応だよね、それ。あの、パン焼き機みたいな食糧を産み出す魔道具の保存食と違う? のかな。違うみたいだね。ノルドの保存食って……。


「念のため、魔物か動物を狩ってきます」


 はやっ! あっという間に森へ向かった! アリエリ! 頼んだ!


「とりあえず、何が出来るか考えて見ますから、台所を案内して下さい」

「判ったのじゃ」





 


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