0416:一対多掛かり稽古
「キツイな、これは……」
「か、会長がそういう、なんていうか、弱音を吐くのを初めて聞いた気が……」
体育館の板張りに会長、宇城が転がっていた。その横にはいつも通り副会長の三野瀬も転がされている。
彼女達が薙刀部、その他には……刃のついていない刀を持っているのは元剣道部……先の潰れたレイピアを持っているのがフェンシング部。片手棍を持っている娘もいるが全員満身創痍状態だ。倒れているか……ギリギリ構えているか。
その中心には「荒れ狂う鬼」が……素手で立っていた。まあ、何が行われているのかは一目瞭然だ。ここにいる全員との無制限組手……である。
「私を魔物だと思って一斉に掛かってきて良い」
そんなことを言うから、さすがにそれは舐めすぎだろう……領主だからって遠慮は出来ないとか、考えていた者はあっさり意見を覆した。
(なんだこれ……)
八頭未来は、オーベが西へ行っているため、ここ数日は訓練に明け暮れている。元々彼女は薙刀や剣道等の様に格闘系の運動部に所属しているわけではない。
クライミング部、昨今では一般的となったフリークライミング、ボルダリング競技の選手なのだ。戦うという根本的な素養が少ない。城壁登りなんかはかなり巧いと思われるので、忍者的なジョブかなと考えていた。
ゲームでよくあるファイヤーボールを思い浮かべていたら、魔術も使える様になった。忍術的な〜と苦しい環境下で唯一ほくそ笑んだ覚えがある。
そんな中、彼女もこちらの世界に転移したことで基礎能力は上がっているので、金属製の剣を振り回すくらいは可能だった。なので、一般的と思えたショートソード、片手剣を手にした。
戦場では自らの命を守るために最低でも護身用の武器を身に付け、使える様になっておく必要があると考えたからだ。
それなりには必死に。剣道部やフェンシング部のメンバーに教えを請い、剣を振った。残念ながら西洋剣、短剣の扱いに長けている者はいなかったが、そこは過去に見たファンタジー映画やアニメ、自慢の頭脳とそこから算出される論理的な訓練方法から、かなり効率よく成長出来ているハズだった。
(なんだこれ……)
再度頭に浮かぶ。相手は素手だ。だが合気道ともまた違う。此方の力を利用して……ではない。引き込まれ、戻され、さらに一撃を喰らうのだ。何もないところに何かを生み出され、その上から強烈な力で抑え込まれる。
自分でも何言ってんだか良く判らない現状に大きく戸惑っていた。
ズダンッ!
また、副会長が投げ出されてきた。
「こっちは……得意な武器を持ってるのに」
そう。未来の持つ片手剣は短く、いわゆる短剣だ。慣れてないし、間合いも狭い。
が。
今また弾き飛ばされた
彼女は筋金入りの武術一族の出身で……この中で唯一、この世界に転移する前に人を斬った事があったというから凄まじい。
そう……全員がこっちの世界で人殺しを経験した後で告白された。
何でも、三年前の興福寺駅前三十人無差別通り魔殺人事件の犯人を、通りすがりに、今持っているのと同じ様な刃引きの居合刀で「斬り捨て」たという。
本当はマチェットを持つ腕を狙ったらしいが、初めての経験に焦ってしまい肩口から斜めに刃が入り、心臓に達してしまったのだ、と本人は言っていた。
当然、そんな刺激的な話題がマスコミに流れたら大騒ぎになることは目に見えているが、実際に彼女の名前、姿が表に出ることはなかった。現場が閉鎖された工場脇の近道で……目撃者が限定された監視カメラくらいしか無かったことも大きいが……。
事件後、この犯人がストーカーとして再三相談、通報を受けていたにも関わらず、地元警察署が無視していた事実が判明する。
警察当局及び、時の内閣はこの事実を完全には隠しきれなかったが……居合いを学ぶ警察官が偶然犯人を捕らえ、その際に自己防衛でやむなく殺傷、「斬り捨てて」しまったという
未成年の人権を守るという大義名分の元に警察内にヒーローを生み出し、マスコミからの追求を弱める事にしたのだ。
その作戦は見事成功し……雪の正当防衛行為自体が、無かったことにされてしまった。本人も「大事にならなくて良かった」と安心したらしいので良かったのだろう。
その。転移してきた紅武女子の中で唯一の実戦派とでも言っていい、羽倉尾部長が……。手も足も出ない。文字通りぺしゃんこにされている。
この体育館の床は板張りで……学校の体育館と同じ様な造りになっているため、若干クッションがある気がするが、それでも板は板である。飛ばされて転がされれば痛い。
「あたしたち……「戦乙女」……勇者とか言われて……どこか天狗になってたのかな?」
転がってる誰かが呟いたのが聞こえた。
確かに。さらにその前から……インターハイ、国体で上位にいるからといって、思い上がっていたのかもしれない……と誰もが思い始めていた。
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